
出版業界がマイナス成長にあえいでいる中で、ひときわ元気な出版社があると聞いた。その名は英治出版株式会社。社員わずか数名の小出版社ながら、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の山田真哉さんのデビュー作『女子大生会計士の事件簿』シリーズのヒットをはじめ、ビジネス系を中心に数多くのベストセラーを排出。いまや国境をこえ、韓国でも出版活動を行っているという。
その英治出版が、出版のハードルを下げるために「ブックファンド」という仕組みを提唱、数多くの成功を収めているという。コンテンツ制作に対しファンドを組んで資金を募る、というのは欧米の映画などでときどき聞くが、日本、しかも出版ではまだまだ馴染みが少ない。いったい、どのようなものなのか? 同社代表取締役の原田英治氏に話を聞いた。
(取材日:2005年12月)

――まず「ブックファンド」というモデルがどういうものかを説明していただきたいのですが。
原田 : まず、普通の出版モデルを考えてみましょう。本を作る場合、制作費や宣伝費などの費用は出版社が出します。完成した商品を市場で販売し、売り上げを得る。著者には印税という形で部数等に応じて報酬をわたす。これが一般的ですよね。
――ええと…たしかにそうですね。
原田 : このような「出版社が出資をして読者から利益を回収する」モデルしか、出版業界にはなかったんです。ですが、これは著者の側から見ると、必ずしも使いやすいモデルというわけではないんですよ。
――え? なぜですか?
原田 : 私どものように小さい出版社でも「本を出したい」といって企画を持ち込まれる方は数多くいらっしゃいます。すべてを自社の企画で採用できればいいですけど、発行計画の問題や資金の問題などがあって、すべてをかなえることなどできないですよね。
――売れない、すなわち「出資しても回収できない」と思ったら、その企画を採用しませんしね。そりゃ当たり前です。
原田 : でも、著者は必ずしも全員が、出版社に「出資してほしい」とは思ってないんですよ。たとえば、起業家のようなビジネス系の著者だと、「自分の考えなどを世間に広めることで、自分の夢や目標を実現させたい。そのために本を作って出版の流通に乗せたい。そのための出資は自分がしてもいい」と考えてる人もいるわけです。
――そうですよね。小説家の場合は「本が売れないとメシが食えない」でしょうけど、そういう本業がある人の場合は、本を出すことは宣伝みたいなもんですよね。
原田 : そんな人にとっての本を出すことの価値というのは何でしょうか。売れることによる金銭的価値よりも、本が出ることで取材や講演の依頼が増えたり仕事の幅が増えたり、という付加価値のほうが重要なんじゃないでしょうか。じゃあそういう場合、出資するのは誰が一番良いのだろうかと。そこに出てくるのがブックファンドなんです。
――その例で言うと、たとえば著者が出資するんですか。
原田 : ええ、たとえば、ファンドの出資額が300万円だとして、その中から初版発行に要する費用(著作権料、制作費、ファンド管理費、営業経費、制作人件費など)を差し引き、結果で6000部作って4000部強売れれば元本が回収できますよ、という目論見書を立てるわけです。
――著者がお金を出して本を作る、というと「自費出版」と同じじゃないですか?
原田 : 自費出版というのは「本にするための制作費用を著者からもらう」ための仕組みですが、あちらは完全な請負業務でパターン化されており、たとえその本が売れたとしても、出資者、すなわち著者への配当というのは非常に少ないんじゃないでしょうか。ブックファンドというのは、どんなモデルでも組める、自由なフリーボックスと考えてください。一例として言うと、『女子大生会計士の事件簿』を書いた山田真哉さんは、ブックファンドをうまく利用した人といっていいでしょう。

▲『女子大生会計士の事件簿』シリーズは現在第4弾まで刊行
――昨年は光文社新書の『さおだけ屋はなぜつぶれないのか?』で大ブレイクを果たしましたよね。何が上手だったんですか?
原田 : そもそも『女子大生・・・』シリーズは、まだ無名だった山田さんがほかの出版社に持ち込んですべてボツになっていた企画だったんです。それを英治出版で発売するに当たって、本人の全額出資でファンドを組んだんです。そうしたら、シリーズで13万部売れるヒットとなった。その結果、彼に戻ってくる配当は非常に大きくて、印税に換算すると30数パーセントに相当したんですよ。
――ファンドの強みですね! ほかの出版社で印税契約で出さなくてよかったんですね。
原田 : もちろんそれもブックファンドの魅力なんですが、「儲かってよかったね」でこの話は終わりじゃないんです。山田さんの場合、ベストセラーになって配当の予測がついたところで、ファンドの運用方針を変えて、そのまま配当金を受け取らなかったんです。
――なんでですか?
原田 : 実はほかの出版社からも山田さんに執筆の話が来て、本が出ることになったんです。でも、残念ながらそちらの会社では新人著者に対して大きく宣伝ができるわけではない。そこで彼は、われわれ英治出版のほうに「新聞広告を打ってください」「その中に自分の顔写真や他社の新刊の情報も入れてください」という依頼をしてきたんです。
――自分のお金で広告を出しちゃうようなもんですね。
原田 : ま、本当は新聞広告の規約上、他社の商品宣伝を混ぜるのはマズイ行為らしいんですが、著者のプロフィールみたいな扱いにしてクリアしてやったんです。そうやって山田さんは、著者配当を減らしてでも、自分の顔や商品をさらにプロモーションしていったんです。そうすることで出版社の編集者に彼の存在が知られていく。やがて光文社の方が声をかけることになって『さおだけ屋・・・』の企画が生まれた、と。
――なるほど! そりゃうまい方法ですね!
原田 : ブックファンドを使うには、著者としての才能もさることながら、プロデュースの感覚とビジネスアイデアがちゃんとないといけません。単に本を発売して売れたのでその分をもらって、というのであれば、一律の印税契約と変わりませんから。
――でも、出資者に多く配当が戻るということは、それだけ出版社が儲からない、ということになりませんか?
原田 : もちろん、出版社としては、ベストセラーになったものであれば、自社企画で出してたほうが一番儲かるに決まってますよ。だけど一方で自社企画というのは、ハイリスクな事業なんです。
――そうですね、今は出版点数が急増して、ベストセラーが生まれにくい環境になってますし。
原田 : 我々の会社にとって、ブックファンドというのは、業務費だけいただく受注産業的要素が強いので、自社企画と組み合わせることで安定した事業ポートフォリオが組みやすいんです。また、資金計画も見えやすい。たとえば、ペンシルバニア大学ウォートン校というハーバードビジネススクールよりも歴史が長いMBAスクールがあるんですが、そこの刊行物で「ウォートン経営戦略シリーズ」というのがありまして。実は英治出版でこの全タイトルの優先的出版権を取得しているんです。
――権利取得にはけっこうお金がかかりますよね。そこでブックファンドを使ったんですか?
原田 : ええ、スカイライトコンサルティングという、本シリーズの監訳を手がけるところが、ブックファンドに半分出資しています。今後2年間で10タイトル翻訳して出版するのですが、単なる自社企画であれば、資金繰りも難しいし、何よりリスクが高いですよね。うちのような小出版社が自分の資産規模に合わない事業に手を出せるのもブックファンドを立ち上げているからなんです。
――ファンドとは言っても、今までの説明では著者や関係者が出資をするケースがほとんどのようですね。お話をうかがうまでは、てっきり出資者を公募してるものだと思ってました。

原田 : たしかに今まではありませんでしたが、実は公募を行う企画が進行中なんです。それは「チャリティーブックファンド」というものなんですけど。
――チャリティー?
原田 : スリランカで恵まれない子供たちのために孤児院を作るというNPO活動をされている方がいらっしゃいまして。これを応援するファンドを作ろうとしているんです。具体的には、絵本を出版しようと。そこに描く絵は孤児院の子供たちが用意したんですが、なかなかこれが日本にない原色感で、本としても非常に面白いものに仕上がったと思います。
――単なる寄付活動とは何が違うんですか?
原田 : 大きく違うのは、これはファンドだということです。この絵本が売れた場合、最初にこの活動に共感して出資をした人は、ちゃんと配当を受けることができるんです。ただ、このファンドの最大の目的は孤児院プロジェクトの支援ですから、多くの金額がNPOのほうに入ります。それでも、15000部程度売れればちゃんと出資者にも配当が出るようになっていますから。
――なるほど。確かに投資としてはハイリスクかもしれませんが、この場合は「応援企画」ですからね。配当が出ればラッキー、応援したことがリターンという考えでいいんですね。
原田 : そもそも今は、何かに「共感」することに対してお金が集まる時代なんじゃないかと思うんですね。私はそれを「共感資本主義時代」と言ってるんですけど。その共感度合いを測るためにブックファンドというものが使えるんじゃないかと思います。
――でも、英治出版としては、作ったものがちゃんと売れて出資者に配当が出るよう、売るための営業戦略を立てないといけないですよね。書店さんへの営業なんかはどうしてるんですか?
原田 : 実は、うちには営業専任の社員は一人もいないんですよ。
――いないんですか?
原田 : 企画・制作から宣伝・営業まで、すべて著者とのインターフェースは原則として一人の人間がプロデューサーとして行っています。そもそも我々のような規模の出版社が、書店を定期的に回って営業活動をしたからといって、置かれない本は置かれないでしょう。というか、発行点数の多い大手出版社の本こそ全部が置かれているわけではない気がするんですが。
――大手出版社であれば報奨金の額も含めていろいろありますけどね。小出版社ではなかなか。
原田 : もし著者が「書店をどんどん回ってくれ」というのであれば、その分の営業経費をブックファンドの中に組み込んで、一生懸命やりますよ。でも、特にそうでなくても、うちの返品率は業界平均を下回る、せいぜい36%前後ですから。『マッキンゼー式世界最強の仕事術』だって10万部を超えてるし、ベストセラーも出ています。発売1ヶ月の動きにさえ気をつけていれば大丈夫だと思いますよ。そこから先のメンテナンスの営業費用対効果というのはどれほどのものなのか、それこそ出版社の数値を聞いてみたいですね。費用を抑えている分、出資者への還元も大きくなるわけです。
――2004年に貴社は韓国の出版社と合弁でEiji21という会社を設立されていますが、そもそも海外進出をしようとした目的はなんだったんですか?
原田 : 私どもは2002年の株主総会のときに「パブリッシャー宣言」をして、出版事業の再定義をしたんですが、そこでも述べたとおり、われわれの理想は出版したい人が何かを「パブリック」にすることで、それによって夢をかなえていく、それを応援する「パブリッシャー」なんです。目的達成を優先すると、メディアは柔軟に選択すべきだし、言語や市場という枠も広がりました。で、最初はたまたま、ご縁があって韓国となったわけです。海外で出版を始めるようになってから、書店に行ったときの目線が変わりましたね。以前は営業ノリで自分の本がどこに置かれているか、を探していたのですが、今は「何か韓国で出版できそうな本はないかな」と。

▲韓国での出版第一弾となった『考具』(左)と『Good Luck』韓国版(右)
――他社の本を見るようになったんですね。日本で150万部以上のベストセラーとなった『グッドラック』の韓国版を出したのも、そうやって見つけたんですか。
原田 : この本はちょっと違うんですが、日本でポプラ社さんが版権を取得したあとに、韓国語の版権はどうなんだろうとすぐ連絡したんです。韓国版の発売にあたりポプラ社さんには、いろいろとアドバイスいただきました。日本では、書店店頭でもワゴンにたくさん本を積んで大きくプロモーションを仕掛けていたので、そういった様子を写真にとって韓国の書店に送ったんですよ。それまで韓国の書店では、ひとつの本を多面積みする習慣がほとんどなかったんですけど、大手書店で同じように陳列してくれて、向こうでもヒットしました。いまでは韓国の書店でも多面展開が増えましたよ。
――韓国の出版市場というのは、日本と比べるとどう違うんですか?
原田 : 大筋では似ています。書籍の定価も制作原価率も似たようなものだし…。ひとつ違うとすると、日本は原則として再販制度で定価販売となっていますが、韓国の場合は1年間の時限再販制となっています。さらに、オンライン書店に限っては、新刊時から10%割引してもいいことになっています。
――さすが、国策としてIT産業を推進しているところは違いますね。
原田 : 韓国にはYES24という巨大なオンライン書店があるんですが、それと教保文庫という、日本で言うと紀伊國屋書店みたいな大型店があって、その2社のシェアが圧倒的に高いんです。だから、その2社に徹底的に営業をかけてランキングで上位になれば、そこから全国に広がっていきます。
――なるほど、効率的な営業が出来るんですね。
原田 : ただ最近では、その2社限定のキャンペーン企画がずいぶん増えていて、過当競争ぎみになっているんですよ。「雑誌を買うと真珠のネックレスがついてきます!」とか「この新刊を一冊買うと、もう一冊既刊本がついてきます!」とか。日本の感覚だとちょっとありえないですよね(笑)
――懸賞法もへったくれもない、すごい競争ですね(笑) 今後はやはり別の国へも展開を?
原田 : もちろん、なるべく多くの言語に展開をしていきたいと思っています。現状では、次に中国への進出を考えています。日本・韓国・中国という東アジアの3大市場を見据えることが出来る出版社を立ち上げれば、ヨーロッパの出版社とも対等にアライアンスを組めるようになるでしょう。
――日本の大手出版社も、今は海外への進出をはじめていますが、まだほとんどはアニメやコミック系のものが中心で、しかも欧米が中心ですしね。
原田 : あ、でも、勘違いしてもらっては困るんですが、僕は別に海外進出だからといって「日本のコンテンツを海外に輸出する」ことだけをやるつもりじゃないんです。そういう視点だと『グッドラック』は見つけられませんから。あれは日本の本じゃないでしょう?
――ええ、たしかにそうですね。
原田 : 経営者が、ドメスティックな考えに縛られる必要はまったくないんです。例えば、カルロス・ゴーンが日産に来たからといって、別に日産の車が買いづらくないですよね? ただ、ディーラーの人が外国人になって、片言の日本語で商談されたらイヤでしょうけど(笑)。それと一緒で、編集者は母国語の人のほうがいいですけど、経営者はちがう。国に縛られる必要はないんです。

――なるほど。良いコンテンツがあれば、国にはこだわらず取りにいけばいいんですよね。
原田 : 話はそれますが、日本の経済産業省が「明日の宮崎駿やピカチュウを作ろう」ってクリエイター育成に力をいれようとしていますが、そこから新たな才能が生まれるまでどのくらい待てばいいんですかね? それよりも、例えば第二のウォルト・ディズニーが見つかったときに、真っ先に契約を結べる会社が日本にあればいいじゃないですか。そのために国としては、才能のあるクリエイターに集まってもらうために、著作権者特区を作って税制面で優遇するとか。著作権料からあがる税額って、そんなに多くないでしょう。著作権の周辺で儲ける企業が日本法人なら、そちらの税収のほうがはるかに魅力的だと思うけど。
――原田さんのお話は、まったく小出版社という立場と関係ないですね。そこが面白い。
原田 : 一番大手の出版社といわれる講談社だって、売り上げ2000億円程度でしょう?トヨタが毎年1兆円以上の利益を元手にメディア産業に乗り出したら、どうなるんでしょう?何も守るものなんてないじゃないですか。それこそ「出版」の枠に収まる必要だってないんじゃないでしょうか。
原田社長は取材中、「ブックファンドはウチだけのものじゃありません。ぜひ他の出版社の方々でも考えてみてほしいですね」と話されていた。実は筆者も、今回のインタビュー中、話を聞きながらも頭の片隅で「そうか、じゃあ例えばこういう企画もできないだろうか…」と考え続けてしまっていた。ブックファンドというツールは、近い将来に多くの出版社で使われていくだろう。そして一方で「本を出したい」という人にとっても、その垣根を下げる役目となるであろう。(取材・文/梶原治樹)

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