10月26日(金)

銀座のY書店さんを訪問すると、懐かしいIさんの姿を見つける。Iさんがかつて新宿店にいらしたときとてもお世話になったのだが、その後羽田に異動され、現在は本部で全店を見ている立場になられており、ここ数年お会いする機会がなかったのだ。折に触れて「どうしているかなぁ」なんて思い出していたのである。

「ご無沙汰です」

と声をかけると、厳しい顔で店内を見ていたIさんが笑顔になった。「うわー久しぶりです」それから今の売り場の話や本の話になり、お互い年をとりましたね、なんて話題になる。僕がIさんに出会ったのは恐らくまだ20代で、Iさんもあの頃、30代前半だっただろう。「無理、出来なくなりましたね、徹夜なんて考えられない」互いにそんな話をして別れた。

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前の会社に勤めていたとき、2年目くらいに会社を辞めようと考え、辞表を出したことがあった。今ではなぜ辞めようとしたのか理由も思い出せないから、おそらくゴールディンウィークに出張が組まれたとか、毎週学会の展示販売で休みがないとか、誰もが入社数年に抱える不満のあらわれだったと思う。

辞表を渡した直属の上司であるH課長は、その日の午後になって「ちょっと夜、空けてくれ」と言ってきて、その夜は御茶ノ水とは思えない格好いいバーに連れてかれた。そして公私に渡ってつき合ってくれていた編集部の先輩Yさんも同席された。

「俺はさ、古い人間なんだと思うけど、『石の上にも三年』だと思っているんだよね。だから杉江君が今辞めたら、そういう奴だったんだなって思うよ。済まないけど、もう駒場スタジアムとかであっても口を聞かない」

 職人のように仕事をするY先輩はそういってバーボンを飲み干した。隣でH課長も頷いている。僕は休日をなくすことより、この人たちとの関係を失いたくないと思い、それから約1年半仕事を続けた。その後、本の雑誌社に転職したのだが、そのときは先輩との約束である3年を半年過ぎていた。だから僕の送別会で下手くそな浜田省吾の歌を朝まで歌い続けてくれた。

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最近、やたらこの先輩の言葉を思い出す。

なぜならこの後訪問したK書店のMさんやYさんは、僕が入社以来の付き合いだから11年にもなるのだが、顔を出せばすぐ「杉江くん大丈夫? 働き過ぎじゃない。おいしい大福あげる」なんて心配してくれるし、「娘さん大きくなったでしょう?」なんて話かけてくれるのだ。

あるいは次に訪れたS書店のNさんとは、お互いサッカー好きで、担当が変わっても時間を見つけては顔を出し、レッズがどうしたジュビロがどうしたなんて話をしている。こういう関係は1年や2年ではおそらく築けないだろうし、またその間信用を裏切らないように、それこそ薄い紙を一枚一枚重ねていかなければならない。

仕事で出会った人達と、仕事を越えて付き合えるようになるのはとてもうれしいのだが、その基本に仕事があることを絶対忘れてはならないと思っている。

そういう蓄積が、今を築いていることが、最近よくわかるようになった。そして、あの頃の自分と先輩に言いたいことがひとつ生まれた。「仕事は10年やらないと、面白くならない」ってこと。

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