12月5日(水)
前の会社に就職して、数ヶ月のときだった。上司からお得意様や読者プレゼントで使う「会社のテレホンカードを作れ」と言われた。デザインは好きにしていいと。しかし自由にして良いと言われたって、僕自身がデザインが出来るわけはなく、それどころか僕の仕事はその頃も今と変わらぬ営業マンだったからデザイナーなんて一人も知らなかった。
参ったなぁと呟きつつ、NTTに行き、デザインテレカの作り方を教わった。さてデザインは…と思った時、ある人の顔が浮かんだ。その顔は親戚付き合いしているおじさんで、そういえば母親が「今は引退しちゃったけど、有名なデザイナーだったのよ」と話していたっけ。おじさんは引退しているから無理だとしても、息子もデザイナーになったとか言っていたよな。家に帰って母親に話を聞くと「いい話ね。あんたが頼みにいったら、ケンちゃん喜ぶわよ」と連絡先を教えてくれた。
その翌日、連絡を入れ、午後にはデザイン事務所に向かった。センスの良い家具と大きな机が置かれ、一番奥にはおじさんが座っていた。デザイナーは引退しても経営者として残っていたのだ。手元でバードカービングをしていた。そのおじさんに挨拶しつつ、息子であるケンちゃんのところに行く。
「うーん、大きくなったなぇ。前に会ったのは、確かツグくんが小学生のときで、熱海の海に旅行に行ったんだよな」
そしてすぐに仕事の話となった。
「できれば可愛いマスコットを作りたい」こちらの思いを伝えると「歯科の出版社なんだよね」としばらく悩んだあと「歯といえばビーバーかな?」とサササと可愛いイラストを描き出した。
それがとっても可愛かったので、その線で進めてもらうことにした。
打ち合わせも終わりの席を立つと、おじさんが「ツグくん、こっち」とコーヒーを煎れて、待っていた。
応接室のソファーで向かいあうと、おじさんが聞いていた。
「今、何しているの?」
「あっ、いちおう営業をしています」
「いちおう? じゃあ他にやりたいことがあるの?」
「いや、別に……。本が好きなんで、何か書いたりしたいとは思っているんですけど……。」
そういった瞬間おじさんの顔から笑みが消え、真剣な顔になった。
「本気で何かを書きたいと思っている人は、今この時間も書いているよね。もし働いていたとしたら寝ないで書いているよね。おじさんもそうやってデザイナーになったんだもん。朝から晩まで絵を描いてさ。」
そして「あっ、何でこんなこと言っていっちゃったんだろう」という表情をして、その後「お父さんお母さん元気?」とあわてて、世間話に戻った。
僕はそのデザイン事務所を出た後も、おじさんの言葉が頭のなかをずっと廻り続けていた。
「本気なら今もやっている。」
10年以上前のそんなおじさんの言葉を思い出したのは、先日地方小出版流通センターのKさんと搬入打ち合わせ後の雑談をしていたときだった。
Kさんは一年前から山登りを始め、今は雪山に挑戦しているのだが、それを聞いて「僕も子供がもうちょっと手を離れたらやりたいんですよね」と呟いた。するとKさんは、あのときのおじさんと同じ真剣な表情をした。
「いつかってないんだよね。やるなら明日、今日から始めないと」
★ ★ ★
通勤読書は、先日お会いした有隣堂恵比寿店のKさんがイチオシしていた『みなさん、さようなら』久保寺健彦(幻冬舎)。
こちら↓ではそのKさんが著者インタビューしております。
http://www.yurindo.co.jp/izumi/izumi.html
この作品は第1回パピルス新人賞なのだが、同時期『ブラック・ジャック・キッド』で第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞しているから、主人公が団地から出られないという設定や友達が団地から消えていくというのをファンタジー的なものだと読み進めたのは間違いだった。『みなさん、さようなら』は至って真っ直ぐな成長小説。
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