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ソニーマガジンズ刊
バリー・アイスラー=著
池田真紀子=訳
STORY
山手線の車内で男は突然くずおれ、絶命した。それを見届けて、ジョン・レインは電車を降りた―作戦完了。日米ハーフの男レインは、東京で幾度も政治がらみの暗殺を手がけてきた凄腕の殺し屋だった。ある夜、彼は美貌のピアニストみどりと出会い、心を奪われる。意外にも、彼女はレインが山手線で殺した男の娘だった。しかし、やがてレインが依頼されたのはみどりの暗殺。彼女を救う唯一の手段は、政界に潜む依頼主の謀略をレイン自ら暴くことだった!東京の夜に謎と裏切りが輻輳し、愛と悲しみがたゆたう―全世界が注目する究極のハード・サスペンス!
「WEB本の雑誌」編集部はミステリー評論家の茶木則雄さんが京都の丸善で新人ミステリー作家とトークショーを開催するという情報を得た。茶木さんはトークショーが初体験らしいし、相手はなんと新人のアメリカ人作家だという……。

WEB本の雑誌(以下W):茶木さん、トークショーなんてやったことあるんですか?
茶木:ないですね。今回初めて。TVとはまた違って、お客さんの生のリアクションを見ながら作家と話すのはドキドキする。昨日、名古屋でやって今日ここでやって、明日は大阪なんだけど、昨日なんかあがりまくっちゃって、作品の中に出てくるウィットに富んだ描写――「ラブホテルでは、ツインベッドは、聖書と同じくらい場違いだ」――という一文を紹介したんだけど、「ラブホテルっ、ラブホテルっ!」って連呼してたらしい(苦笑)。

W:はぁ。で、今回、茶木さんのトークショーのお相手は?
茶木:バリー・アイスラーっていうアメリカ人。企業弁護士として日本で働いてたことがある人なんだけど、彼が日本の政界の裏事情をテーマに「雨の牙」っていう作品を書いたの。
W:ということは日本を舞台にした小説ですね。
茶木:そう。東京が舞台。これまでも外国人が書いた東京を舞台にしたミステリーって無いわけじゃないんだけど、東京が舞台だってことだけが売りになっていて質が伴わないことが多かった。フォーサイスの「ハイディング・プレイス」なんてその典型(笑)。
W:「雨の牙」はどうなんですか?
茶木:ミステリーの骨格とかストーリー展開はオーソドックスで、日本人としては微妙に「?」な場面もあるんだけど、作家としての筆力を感じる。東京の渋谷や六本木がストーリーの中ですごくリアルに語られていて、外国人にありがちな「東京観光小説」になっていないところがいい。外国人は日本の文化とか習慣とか小説の中で説明しちゃうじゃない。「雨の牙」にはそれが無いんだよね。これは優れた作家の基本なんだけど、説明するんじゃなくて、描写の連続で理解させる。たとえば柔道のシーンとかも、すごく自然に物語の中に溶け込んでいる。日本の小説だから無理やり柔道を出してみましたっていうのと違うんだよね。あと、テーマの選び方かな。ノンフィクションでは日本の政界の裏側を扱ったものがあるけど海外ミステリの題材としては新鮮だよね。疑獄事件のたびに議員や秘書が自殺とか不自然な死に方するじゃない。それって裏に何かあるかも、とみんな思いつつ、誰も書かなかったところを書いた。
W:バリーさんと会ってみてどうですか?
茶木:書いてる作品はハードサスペンスだけど、本人は一言でいうと「いい人」(笑)。彼は日本語がしゃべれるから、僕も日本語で普通に話しちゃうと早口でしょ。でも、バリーさんは「すみません。僕の理解が足らなくて分かりませんでした」って自分から謝っちゃうようなタイプ。日本人みたいな気の使い方をする人です。
W:そろそろトークショーの時間ですね。お客さんも待ってるみたいですから今日はあがらずに頑張ってくださいね。


(2002年1月20日(日)京都丸善にて)
茶木:えー、茶木則雄です。こんなにたくさんお集まりいただいて、もう感激しております。今日は、「雨の牙」でデビューされたバリー・アイスラーさんとお話をさせていただくことになりました。この本は世界に先駆けて日本で刊行されたんですが、読み始めた途端、正直言ってビックリしました。というのも、海外エンタテイメントに登場する日本って、ちょっと笑ってしまう描写が少なくないですよね。フォーサイスの「ハイディング・プレイス」では、主人公の刑事が北朝鮮のテロリストとの対決に向かう前に、神棚に手を合わせて、先祖代々伝わる日本刀を携え、着物に着替えて出かけちゃう。「オマエは高倉健さんか! 殴りこみに行くんじゃないんだから!!」と思わずツッコミを入れたくなる(笑)。取材力に定評のあるフリーマントルでさえ、「暗殺者を愛した女」で『日本随一の歓楽街、千代田区二番町』などと首をかしげる記述があるほどで…。一方この「雨の牙」は、全体的に日本のことが精緻かつ自然に描かれているんですね。今日は、そのあたりについてお聞きしていきたいと思います。バリーさんよろしくお願いします。
バリー:どうも、よろしくお願いします。
茶木:バリーさんは日本に住んだことがあるんですよね。
バリー:はい、3年間住んでいました。
茶木:なんとこの京都の近くの大阪にも住んでいらしたとか。
バリー:はい、2年間は大阪だったので…みなさん、もうかりまっか?(笑)
茶木:うっ、ベタなギャグですが(笑)、それぐらい日本語が堪能な方なんです。この作品は地名もそのままで六本木とか原宿の他にも、なんと下町の千石が出てくるんですよ。主人公はそこに住んでるっていう設定で。それにしてもなんで千石が?
バリー:実は私が住んでいたのが千石の辺りで大好きだったんです。ですから、主人公のジョン・レインを想定した時、自然に千石に住んでいるという設定が浮かびました。
茶木:主人公はプロの暗殺者なんですね。「プロの暗殺者が主人公で、東京が舞台のハードサスペンス」と聞くと、いかにもありがちでお手軽という印象をお持ちになるかもしれないですが、そんなことはない。細部やストーリーはもちろん、文章が実にしっかりしている。この作品は、世界10カ国ですでに版権が買われておりまして、そのことだけでも、いかに完成度の高い小説であるかがお分かりいただけると思います。ここで、バリーさんに好きな作家を伺いたいなと思います。
 
バリー・アイスラー
Barry Eisler

在アメリカ日本企業に弁護士として勤務するアメリカ人。三年ほど日本で暮らした経験があり、流暢な日本語を操り、日本文化にも造詣が深く、柔道は黒帯の腕前である。
現在はサンフランシスコのベイエリアに居住。
本書は彼の処女長編で、世界各国で出版が決定している。


  バリー:子供の頃から、私はサスペンスのジャンルが好きでした。えーっと特に、アンドリュー・ヴァクスとエドワード・バンカーが大好きですね。
茶木:バリーさんから昨日それを聞いて、思わず握手求めてしまいました。私もこの二人が大好きでして、さすがお目が高いと(笑)。
バリー:ありがとうございます。アンドリュー・ヴァクスはニューヨークの裏事情について書いていて、私もこの作品を書き始めた時、当然のように裏事情についてのストーリーを思い浮かべました。
茶木:日本の政界の裏事情ということですね。みなさん、疑獄事件が起こって妙な死に方をする秘書がいたりすると、あれって裏で誰かがヤッてるぜっとか思う気持ちがありますよね。実は主人公は、自然死を専門に手掛ける暗殺者なんです。ですから、ライフルで狙撃したりとかは全くなくて、心臓に持病がある人間だったらペースメーカーを止める方法とかを編み出すわけです。実に自然な、というか事情を考えれば非常に"不自然な自然死"を遂げさせる専門の暗殺者です。そのあたりのディテールは見事なんですが、ご自身でリサーチなさったんですか?
バリー:いやぁ実は大学の頃からの友達にね、心臓病の専門医として活躍してる人がいるんですよ。それで彼に電話して聞いたんです。「えっ、どうしてそんなこと興味あるの?」って不審がられましたけどね(笑)。
茶木:「雨の牙」の中に出てくる場所やお店の固有名詞はほとんど本当にあるところですね。本屋で言えば新宿の紀伊國屋とか六本木の一誠堂書店とか。あと、海外のミステリーで「柚子切り蕎麦」なんて言葉が登場したのは初めてですね。なんと「タコヤキ」まで出てきちゃう(笑)。それから、重要なシーンとして柔道が登場します。それも取って付けたような設定ではなく、ストーリーと有機的に絡んでる。またこれが「アンタほんとに外人かい?」(笑)と言いたくなる詳しさで、聞くところによると黒帯だとか。
バリー:あっ、そうですけど、初段だけですよ。
茶木:ただ、そういう色んな日本文化を紹介します的な"説明"は一切ないんですよ。説明しなくても、ストーリーの中で情景として描かれてることで伝わるんですね。例えば、ラブホテルというのは外国にはないらしいんですが、バリーさんは外国人向けにそれを説明しないんです。「ラブホテルでは、ツインベッドは、聖書と同じくらい場違いだ」という一文で表現するだけ。私もあまり詳しくは知らないんですけど(笑)、この一文を読むと、「なるほどこういう性質のホテルなんだ」とすぐに分かる。一言で言って、小説巧者なんですね。ジャズピアニストのヒロインが登場するジャズのシーンも、これまた音が聞こえてきそうなほど読ませる。音楽のシーンの描写は難しくて、これがうまく書ける作家は力がある作家なんですね。ジャズ自体をお好きなんでしょう、おそらく。
バリー:はい、大好きですね。東京に住んでる時、ジャズ好きの日本人の友達が六本木のアルフィーというジャズクラブに連れて行ってくれて。その時ジャズピアニストの大西順子さんを見て、ヒロイン川村みどりのインスピレーションを得ました。
茶木:これがなかなか、素敵なヒロインでして。後半、登場場面が少なくなるんですが、昨日伺った名古屋の丸善の店長さんは、「なんであの女性がもっと出てこないんだ」って怒ってました(笑)。えー、それでは最後に日本の読者に、これからの抱負を語っていただければと思います。
バリー:はい、できる限りこれからもずっと書き続けていきたいと思っています。そして、日本を舞台にした小説を書くうえで、日本にも何回も来たいですね。日本とアメリカを行き来しながら、意欲的に新たなミステリーを書いていきたいです。
茶木:今日はどうもありがとうございました。
バリー:どうもありがとうございました。

トークショーが何とか無事(!)終了した後、「WEB本の雑誌」編集部はバリー・アイスラーさんに直撃インタビュー。アメリカの「ハンサムで礼儀正しいナイスガイ」な彼が、どうしてまた東京を舞台にした小説を書くに至ったのか、そのあたりを直撃してみました!

W:なぜ、東京を舞台に小説を書こうと思ったんですか?

バリー:8年前東京に住んでいた時、渋谷の道玄坂を歩いていて、なぜかは分からないけどあるイメージが湧いてきました。2人の男が1人の男を尾行するイメージ。すごくはっきりしていたので、その意味を考え始めました。どうして尾行しているのか、2人の男は誰だろうなどなど…。そのプロセスが小説を書くという作業に結び付いていったんです。
W:そもそも、日本に興味を持たれた経緯とは?
バリー:大学生の頃から日本の文化、とりわけ初めは武道に強い興味があり空手と柔道を練習していました。そこから、さらに一般的な日本文化へと興味が広がっていきましたね。10年程前にNicholas Bornoffという作家の「Pink Samurai : Love, Marriage, and Sex in Contemporary Japan」という本に出会ったんです。
W:えっ、ピンクサムライ!?
バリー:そーそーそー、ちょっとおかしなタイトルですけどね(笑)。真面目に書かかれたものなんですよ。その中で「もののあはれ」についての記述があり、ものすごく美しい概念だなと衝撃を受けました。そして「どうして今の日本社会でこの概念はあまり大切にされていないんだろう」と疑問に思いました。それから、ルース・ベネディクトの「菊と刀」をはじめ日本文化についての本を数多く読み、興味も理解も深まっていきましたね。
W:それから日本に来られた?

バリー:はい、武道の本場で練習してみたいという思いから日本に来て、1年間東京の講道館に毎日のように通い、素晴らしい経験を得ましたね。
W:実際に生活してみて、イメージのズレなどはなかったですか?
バリー:アメリカ人が持つステレオタイプなイメージってありますよね。「女性はみんなゲイシャ」とは思ってなかったけど(笑)、山手線の写真を見て「すべての電車がすごく混んでる」と信じてた。そういう誤解は、日本に来て解けました。そして、東京がひと目で大好きになりました。小説の中では出来る限り、東京のダイナミズムとかエネルギーを伝えたかった。それとともに、ヤクザやゲイシャなどのステレオタイプな日本ではなく、住んでいて自分が感じた「普通の日本の姿」を描きたかったんです。私にとって日本は特別な国だけど、同時に普通の人たちが暮らす普通の国でしょう?
W:ええ、だから日本人の私たちも違和感なく読めるわけですね。ところで、弁護士だったバリーさんが、"政界"の裏事情を題材にしたのには何か理由があるのですか?
バリー:実は、フォーブスに「日本の政界についての不正を告発した人は不思議な"自然死"をとげる」という記事が載っていたことがありまして、それがヒントになりました。東京という街は何が起こってもおかしくないほど、いろんな人やモノが集まってますしね。
W:日頃から住んでいるとなかなか意識しにくいですが、確かに、そうかもしれません。最後に、日本という国についてのイメージを一文で言うとしたらどうなりますか?
バリー: Oh my God! ん〜難しいですね。日本は世界の中で貴重な存在感を持つ国だと思います。なぜかと言うと、私の考えではヨーロッパは、何かを表現するために装飾などを「付け加えていく」文化だと思います。イタリアのルネッサンス芸術が代表例ですね。日本は「削ぎ落としていく」ことで本質を際立たせる文化ですね。芸術や文化はその国の人たちが「人生をどう見ているか」の表れだと思うんです。つまり、日本人はまわりの装飾に惑わされず「本質は何か?」を常に見極めようとする姿勢を持っていると思う。その意味で、かけがえのない国だと思います。
W:ん〜、なるほど!!今日はどうもありがとうございました。

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