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目黒考二の夏休み読書ガイド


「夏休み読書ガイド」を書けとの指令だが、ちょうどいま、全国の書店で「夏の名作文庫フェア」とかいうのをやっているはずだ。そのフェアにあわせて文庫版元が小冊子を作っているので取り寄せてみた。この小冊子に載っている文庫から数冊選ぶことで読書ガイドにかえたい。ようするに、新刊ではなく、旧刊の文庫本を読もうというガイドだが、角川文庫が「夏のリラックス120」、集英社文庫が「ナツイチ」、新潮文庫が「新潮文庫の100冊」、講談社文庫が「真夏のミステリーズ」だ。手元にきたのはこの四冊。他の文庫もフェアをやっているのかもしれないが、今回は小冊子をもとにするので、この四文庫にかぎることにする。



 ところが、小冊子をぱらぱらやってみて気がついたのだが、実は私、記憶力に自信がないので、こういう場合、役に立たない。読んだ記憶はあっても、どういう内容だったかなあとすっかり忘れている作品があったりして、頭が痛い。そこで、この小冊子に載っている文庫本の中から、私が解説を書いたものを数えてみた。自分が解説を書いたものなら覚えている。しかも内容を保証できるから、それをおすすめすることでガイドに代えるというのはどうか。おお、それはいいアイディアだと自画自賛。というわけで拾い集めたのが次の七冊。




 (1)椎名誠『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』(角川文庫)
 (2)下田治美『愛を乞うひと』(角川文庫)
 (3)浅田次郎『鉄道員』(集英社文庫)
 (4)夢枕獏『神々の山嶺』(集英社文庫)
 (5)宮部みゆき『魔術はささやく』(新潮文庫)
 (6)真保裕一『奇跡の人』(新潮文庫)
 (7)佐藤賢一『双頭の鷲』(新潮文庫)
                             
  さすがに傑作ばかりだ。問題は、講談社文庫の小冊子に、私が解説を書いた文庫が一冊もなかったこと。どんなに最良と思われるシステムには欠点はあるということだ。それに篠田節子『女たちのジハード』(集英社文庫)のように、すごく語りたいのに自分が解説を書いていないために今回のシステムでは対象外になる文庫もあったりする。困ったね。しかし、ここまできたんだからもう変更できない。この七冊でいってしまおう。名作ばかりで今さら、ですか?

 この七冊をすべて読んでいる人は、この先はもう見ないで結構です。時間の無駄なので新しい本でも読んでください。一冊でも未読の方のみ、お読みください。夏休みたって、そう何日もあるわけではないから、そんなに本は読めない。たった一冊でいい。愉しい本、感動する本、記憶に残る本と、一冊出会えば、「2001年の夏は、あの本を読んだんだ」と今年の夏が永遠にあなたの胸に残るだろう。

 というわけで(1)から。今さら紹介するまでもないが(この七冊、全部そうなんだけど)、本の雑誌社から刊行されて長らく文庫化されなかった幻の名著だ。どうして幻かというと、ずっと在庫はあってずっと販売していたのだが、営業力の弱い極小版元の本なので全国津々浦々までいかず、椎名ファンでもなかなか入手しにくかったというだけのこと。ずっと表にあったのに幻の書と言われたのはそういう理由による。若き椎名誠の力がみなぎる初期エッセイ集だが、表題作は「目黒考二」を多摩の奥地にある味噌蔵に閉じ込める話。当時、関西のNHKで黒沢清がテレビドラマ化し(5話連続だった記憶がある)、「目黒考二」役を額の後退した中年の役者が演じていたのが面白くなかった(これ、冗談ですよ)。でぶの役者でないのはよかったが。
もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵
「もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵」
椎名誠著
 
【角川文庫】 本体 705円

 (2)は、これほどぶっとんだ本はないという書。小説なのだが、内容を要約できない。幼児虐待テーマ、といってしまえばそれまでだが、そう名付けた途端に、この小説の魅力が全部こぼれ落ちる。つまり、何と言えばいいのか、既成の小説とそもそも作り方が異なるのだ。導入部もヘンだし、その後の展開もヘンで、そのヘンなぶんだけ迫力が増している。既成の小説と異なる文脈で書かれた傑作といえばいいか。これじゃあ、何のことだかわかりませんね。すみません。
愛を乞うひと
「愛を乞うひと」
下田治美著

【角川文庫】 本体 480円

 (3)も今さらだけど、表題作よりも「角筈にて」が何といってもいい。〔泣ける小説〕の近年のベストである。私が父子ものに極端に弱いということもあるが、同好の士は絶対に電車の中で読まないように。涙が滂沱のごとくあふれてきて、大変なことになる。って、これも内容を全然紹介していないことにいま気がついたが、ま、いいか。
鉄道員
「鉄道員」
浅田次郎著

【集英社文庫】本体476円

 (4)は山岳小説の傑作。若き日に新田次郎の山岳小説を愛読していた私は(登山などしたことがないんだけど)、どうして山の小説がもっと書かれないのかとずっと不満を抱いていたが、その飢えが久々に満たされた長編小説である。トレヴェニアン『アイガー・サンクション』や、ボブ・ラングレー『北壁の死闘』など、冒険小説で山を舞台にしたものはあるのだが、純粋山岳小説は少ないだけにこれは貴重。登攀シーンの迫力を存分に堪能されたい。
神々の山嶺 上
「神々の山嶺 上」
夢枕獏著
【集英社文庫】本体724円
神々の山嶺 下
「神々の山嶺 下」
夢枕獏著
【集英社文庫】本体800円

 (5)は、宮部みゆきの美点が全開している初期傑作。この作家は、いつもそうなのだか、どう語るのかという技法にすぐれているのである。そのテクニックは見えにくいだけに正当に評価されにくいが(いや、今や正当に評価されているか)、何度称賛しても足りないほどこの作家は図抜けている。『火車』ももちろんすごいけれど(この長編に対して、ヒロインが最後まで登場しないのはおかしいと言った直木賞の選考委員がいるのだ。信じられますか。その構成こそが『火車』の最大のミソではないか)、この長編もぜひ読まれたい。
魔術はささやく
「魔術はささやく」
宮部みゆき著

【新潮文庫】 本体 590円

(6)は、その年の日本ミステリー・ベスト1に推した長編。この作品については、本の雑誌1998年1月号で書いている(その文章は、のちに『一人が三人』晶文社に収録)が、ようするに人間ドラマを丸ごと謎にするという構成が秀逸だったからである。ひらたく言うと、私立探偵の私生活と事件があるとしますね。その私生活は小説の奥行きを出すためのものであることが多いのだが、『奇跡の人』の場合は、私生活がそのまま謎解きのドラマになっているということだ。余計にわかり辛いですか。つまり、登場人物のキャラクター造形を始めとする人間ドラマが物語の味付けとか背景になっているのではなく、小説の核ともいうべき謎と不可分なのだ。その巧妙なアクロバットに感服。
奇跡の人
「奇跡の人」
真保裕一著

【新潮文庫】 本体 743円


 最後の(7)は、中世フランスを舞台にした歴史活劇。その迫力と興奮は他に類を見ない。デュマと司馬遼太郎を足して二で割らない小説だ、と新刊時に興奮して書いた記憶があるけれど、なによりいいのは主人公のキャラクター造形で、それが突出している。さらにいいのは、この作者の語り口で、まるで講談を聞くかのようにリズミカルなのだ。
双頭の鷲 上
「双頭の鷲 上」
佐藤賢一著

【新潮文庫】本体 781円
双頭の鷲 下
「双頭の鷲 下」
佐藤賢一著

【新潮文庫】本体 781円

  という七冊の中で、もし一冊でも未読の書があれば、ぜひ手に取っていただきたい。あなたの記憶にずっと残るはずだ。おお、そうだ。最後に宣伝をかねてもう一冊。

      『出版業界 真空とびひざ蹴り』(本の雑誌社)

   自社本なのでどこにも書評を書くことが出来ないのが、いちばん辛い。本の雑誌の巻頭ページをまとめたものだが、本や出版、活字文化に関心のある方にぜひおすすめしたい。ここには本の雑誌の、そして私の二十五年間がすべてつまっている。これは私の青春そのものだ。今年の夏休みに、個人的にいちばんおすすめしたいのは、実はこの本といっていい。宣伝で、ごめん。
真空とびひざ蹴り
「真空とびひざ蹴り」
本の雑誌編集部

【本の雑誌社】
本体2000円

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