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椎名誠/目黒考二「こんなSFを読んできた」

目黒: 椎名はいまでも現役でSFを読んでいるよね。エライなあ、こんな難しいのよく読めるなあ、といつも感心してるんだけど(笑)。新刊でると必ずチェックしてるじゃない?
椎名: うん。でも、面白くないよ(笑)。
目黒: そう? だって四年前だっけ、本の雑誌の年間ベスト1になった『ハイぺリオン』は椎名が熱烈に押して、これが一位じゃなかったら、もう編集長やめる!って。それで一位になったんだけど、椎名がそこまで言うんだからと、あれから一年後にね、続編が出てから、オレ、正月休みに読もうと思って、読み始めたけど、一巻目読み始めて三十ページで挫折したよ。
椎名: え?ほんとに?
目黒: すごく難しくてわかんなくて。椎名ってすごいなあ、と思った(笑)。
椎名: 昔は読んでたのになあ。
目黒: 昔はSF、読んでいたよね。椎名と知り合ったのもSFだし。周りにSFを読んでいる人間がほかにいなかったんで、二人でこそこそ酒場の隅でSFの情報を交わしたりしてさ。サラリーマンで本を読んでいる人でもせいぜい翻訳ミステリーぐらいで、SF読んでると奇人っていう時代だったから。
椎名: オレもサラリーマンの頃がいちばんSFを読んでいたなあ。目黒と出会う三、四年くらい前かな。ハヤカワのSFシリーズ、銀背っていうの? あれが月に一回一冊出ていた時代で、だいたい月の後半に出るからさ、給料をもらったあとに一冊買うのを楽しみにしていた。「SFマガジン」も毎月楽しみだったなあ。
目黒: 翻訳ものも日本のSFも出るものは全部読んでいたよね。当時は作品の数が少なかったから、新刊を待ち望んでいた。ミステリーは多かったけど、SFは少なかったから。時代的にいうと半村良さんが『戦国自衛隊』を出すまでは、だいたい全部読んでるんじゃないかな、我々は。
椎名: なんで読まなくなっちゃったのかねえ。多すぎちゃったのか。
目黒: 僕がSFを読まなくなったきっかけは、いわゆるニューウェーブ騒動ってやつですよ。ニューウェーブが上陸して、いまでも覚えているけど、トマス・ディッシュの「リスの檻」って短編が「SFマガジン」に載ったとき、その号でわかったのが「リスの檻」だけだったの。それ以外の短編はぜんぜんわからなくて、なんなんだ、SFがこんなに難しくなっちゃったのかと思って。もちろんすぐはやめはしなかったけど、あれがきっかけだったのは間違いないね。当時、伊藤典夫さんがSFマガジンに「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」というコラムを書いていたんですけど、あのニューーウェーブ騒動のときに休筆したんですよ。最近のSFはわかんなくなったって。わかんないから僕はもう休載をするって。そのとき、僕は伊藤典夫さん、一度もお会いしたことのない、ただのファンだったんだけど、すごい親近感を感じて、この人はいい人だなあ、と思ったんだよね (笑)。それから二、三年してからかな、「海」のSF特集で復活したのは。伊藤典夫さんが書いているのを見て、驚いてね、この人復帰したんだとすごく淋しかった記憶がある(笑)。僕はいまだに復帰できないんだけど(笑)。
椎名: そういえば、オレもあの頃、さっぱりわかんなくなってやめたな(笑)。
目黒: あの頃ってすごくマジメに読んでたじゃない。SFを一生懸命知りたいと思っていたし。「SFマガジン」に山野浩一さんの評論が載ったり、荒巻義雄さんの評論が載ったりしていた時代で、すっごい刺激的で面白くて。そういうふうにマジメに考えているときにわかんなくなっちゃったから、これがわかんないと資格がないんじゃないかとどっかで思っていたんだと思う。
椎名: SF雑誌がすごく増えた時期があるだろ。「奇想天外」とか「SF宝石」とか「アドヴェンチャー」とか。一般雑誌もSF特集号をちょいちょい出すとか。あの頃がSFの頂点だったような気がするな。あの頃はうるさかったもんなあ、エスエフエスエフエスエフって(笑)。それで少し辟易したところがあるかもしれない。
目黒: でも、椎名はやめたというけど、やめてなくて、難しいのは読まなくなったけど、あのあともけっこう読んでたよ。
椎名: ああ、読んでたね。
目黒: あの頃はまだ読んでいないSFがいっぱいあったから。どちらかというと椎名が好きなのはハードSF系だよね
椎名: スペースオペラじゃないやつ(笑)。
目黒: だって、椎名がいちばん好きなのはあれでしょ。『地球の長い午後』。
椎名: いちばんってことはないかな。いまは『ハイぺリオン』だな。
目黒: 当時、読んでいたのでいちばんは何?
椎名: 当時はシェクリイなんか好きだったね。あとレムとかオールディス、あの辺りは必ず読んでいた。でも、考えてみたら、いまも必ず読んではいる。昔ほど「わーすげえ」ってあちこちに電話しなくなったってことかな(笑)。『パヴァーヌ』だっけ、昨日まで読んでいたんだけど、あれ、いままさに挫折しそうなんだよね(笑)。改変世界っていうテーマはすごい興味があって、それで飛びついたんだけど。
目黒: オレもいまでもタイムトラベルものは読むな。好きなんですよ。あとは近未来。ちょっと先の話が大好き。
椎名: 宇宙にいくとダメ?
目黒: あと天使が出てくるとダメ(笑)。
椎名: オレはドラキュラが出てくるとダメ(笑)。自分で小説を書くときもそうだけど、いわゆる普通小説っていうのはあんまり興味がないからさ。目黒が好きなミステリーとか恋愛小説とか、ああいう普通の生活の中にあるような話っていうのはね。だから軽蔑はしないけど、絶対自分では書かないだろうな、と思うのは、よくテレビなんかに出てくるやつで、「熱海温泉全裸殺人事件」とか(笑)。小説なんて、所詮ひとりの作家が頭の中で作る世界だから、どのくらい途方も無いウソが書けるかって世界と、どのくらいほんとのことが書けるかっていう、その両極端に興味があるからね。読むときはその両極を読んでいるし、書くのもその両方で、真ん中のものは書かないし、読みもしないというところかなあ。
目黒: 誤解されたくないから言っておくけど、その真ん中はオレも読んでないよ。
椎名: あ、そうなの(笑)。
目黒: 「熱海全裸殺人事件」、読んでませんよ(笑)。いくらなんでも。
椎名: じゃあ、どっちを読んでる?
目黒: うーん。途方もないウソねえ。前に読んだ小説で、作者名も作品名も忘れちゃったけど、アメリカの全郵便物がアメリカの真中の郵便局にいったん集まるって小説があったんだよ。面白い設定じゃない? で、第一部が百ページあって、郵便局員の話なんですよ。え、ここからどうやって始まるんだろうって、第二部を開いたとたんに天使が出てきた(笑)。その瞬間にやめちゃった。だからそれが読めないってことは途方もないウソがダメなのかなあ。もともとファンタジーは苦手なんだけど。
椎名: オレもファンタジーは『夜の翼』くらいまでかなあ。やっぱりオレは目黒よりSFが好きだし、純粋に発想の面白さとか、ああ、こんな世界があるのかと、純粋にエンターテインメントとして楽しみたいんだな。とにかくこの二時間を楽しませてもらえるものとして、SFにはずーっといて欲しい。だから、たとえば筒井さんなんかが、中間小説誌にサラリーマンSFみたいな作品をいっぱい書いていた時期があっただろ。中間SFっていうのかな。あの奇想天外な面白さをすごく楽しみにして読んでいたんだけど、だんだん純文学系の方に入っていっちゃって、少し難しくなってきちゃって。もうちょっと奇想天外な小説を書いて欲しいなと思っていたのと、SFから少し遠ざかっていたのとが同じ時期だったかもしれないなあ。
目黒: 僕ね、思うんだけど、読者って面白いものは何度も読みたいわけですよ。ところが作家の方がエピゴーネンじゃいやだって、同じものを書いてくれなくなる。それがすごく淋しいわけ。椎名が言ったサラリーマンSFは僕も大好きなの。なんでもないサラリーマンがある朝目覚めたらこうなったみたいな、ワンアイデアのショートショートみたいな話、大好きなんだけど、書かなくなっちゃうんですよ、作家って。もっとどんどん違うものを書きたいって思うんだろうけど、読者とすれば読みたいものを読みたいんだから、なんで同じものを書いてくれないんだろうっていうのがあったね。ミステリーの世界だったら同じものを何度も量産している人もいるのにねえ(笑)。
椎名: オールディスの『地球の長い午後』みたいなものを誰かもっと書いてくれないかなあ。いまある一見安定しているように見える世界から何かを引くとどうなっちゃうんだろうっていう、そういう発想を面白いお話にしていくのがやっぱり好きなんだよ。『地球の長い午後』にはどんな格好してるかわからないイマジネーションを刺激する動物がたくさん出てくるじゃない。あれがどきどきするのかなあ。SFにしかできない表現の世界じゃないか。
目黒: 僕はいまでもサラリーマンSFを読みたい。昔の筒井康隆さんの短編とか岬兄悟さんの短編とか、そういうやつ。かんべむさしさんの昔の短編に、朝サラリーマンが目が覚めたら、突然、自分だけ重力が切り離されて天井にくっついてるっていうのがあったの。そのときに何を考えるかというと、どうしてこうなったかじゃなくて、どうして会社に行くかなんだよね。つかまるところがないと空中にいっちゃうから、一生懸命つかまりながら駅に向かうんだけど、駅前に出るとスクランブル交差点でつかまるものがなにもない。我々にとっては何でもないスクランブル交差点が彼にとっては宇宙に空いた穴なわけ。あれはサラリーマンSFと新しいオドロキを与えてくれる僕の理想の小説なんだよ。
椎名: オレはダン・シモンズの『ハイぺリオン』を読んだときに、ひとりの人間がこんなすごい世界を考えることができるというね、そのオドロキがいちばん大きかったな。
目黒: 椎名は作家だけど、作家の前に読者だよね、いまでも。作家でも本を読む作家と読まない作家っているじゃない。椎名は読む作家だよね。
椎名: 面白い本を読んでいるときの幸せ感ってないもんな。何か手元にまだ終わらない長編小説が二、三冊あるっていう、その豊かさは他に替えられない。そこに生ビールがあれば最高(笑)。面白い本に出会ったときの興奮とビールの最初の酔いっていうのは実によく合うね。

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