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本の雑誌社25年史

☆本誌は2000年4月に創刊25周年を迎えた。
創業25年ともなれば、出版社によっては社史を作るところもあったりするが、
そんなに大仰なものを作るほど当社に濃いドラマはないので
(あるいは面倒だったり、覚えていなかったりするので)、
簡単な「本の雑誌史」を掲載することで社史に代えたい。
それなりにいろいろなことはあったのである。
この間、お世話になった多くの人に感謝の意味をこめて、
25年間を振り返りたい。


1976年4月
本の雑誌創刊。冒頭は、椎名誠〈泣き叫ぶ地球 人類破滅物語のカタログ〉。 他に、沢野ひとし〈絵本と写真を結びつけた新しい科学メルヘン〉など。
本の雑誌創刊号は、48ページ、定価100円。刷り部数は500部だった
7月
  第2号の特集は〈極私的出版恍惚大論評 第一位岩波書店・基礎数学全五段広告にすばらしく圧倒されたのである〉。他に、北上次郎〈いま西村寿行が鍵を握っている〉、本多健治〈舟橋克彦は天才だと唸ってしまった〉など。
10月
  第3号の冒頭は、椎名誠+本の雑誌実験班〈文庫本をテストする〉。この号から3回連続で、めぐろこおじ編〈ブックカタログ/ザッツ・ エンターテインメント〉を掲載。


1977年1月
  第4号の冒頭は、椎名誠と本の雑誌実験班〈読みかたの研究〉。他に、田村雅之〈愚者の逆説〉、菊池仁〈チャンバラ活劇はどこへ行ったんだろう〉。
4月
  第5号に、椎名誠〈さらば国分寺書店のオババ〉掲載。
7月
  第6号に、国分寺泰介〈伊丹十三と6冊の本プラス1〉。
11月
  第7号に、椎名誠〈もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵〉掲載。他に、藤代三郎〈阿佐田哲也のギャンブル小説 冊プラス1〉。

1978年2月
  第8号の特集は〈まんがをちょっと再点検してみようか〉。
6月
  第9号に、嵐山光三郎〈小林信彦の本がメッタヤタラと面白い三つの理由〉、中島梓〈ダメ本にも生きる権利はあるのだ〉、飯田耕一郎〈すこしまとめてマンガの悪口を言います〉、麒麟児研〈相も変わらぬ血腥い《破壊》と殺戮が大藪春彦の活性源だ〉など。
10月
  第10号に、椎名誠〈文藝春秋 月号四六四頁単独完全読破〉掲載。他に、長谷川卓也〈松山俊太郎編『小栗虫太郎傑作選』のスゴさ!〉、 亀和田武〈劇画評論バトルロイヤル時代に突入〉、西脇英夫〈またドキュメント犯罪ノベルに帰ってきた〉、新保博久〈ミステリの話・マニアに捧げる犯罪 プラス1[日本編]〉、三橋アキラ〈七〇年代前半の 翻訳ミステリ雑誌から忘れかけられた好短編を選択チェックしてみた〉、有川優〈楠勝平をなつかしむ〉、小林司・東山あかね〈名誉棄損で告発にふみきったシャーロック・ホームズ氏〉。 この号の特集は〈いま日本の雑誌はどうなっておるのか!〉。
〈事務所が出来る前の配本について、もう少し書いておこう。
七号までの新刊配本はレンタカー一台、運転手とぼくの二人だけで都心に関する限り十分だった。
各地区分担制を敷いていたからだ。椎名もこの間何回か配本している。彼は昼間勤めていたので原則的に配本はしないことになっていたのだが、土曜日などふらっと現れ「手伝おうか」と何回かカバンに詰めて運んだことがあった。『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』の横浜配本が彼の最後の配本だったと思う。自分の著作を自分でかついで売りに行くのがおかしかったのか、彼のほうから「手伝うよ」と言いだしたのを覚えている。その後、彼が忙しくなったことや学生たちがふえるにつれて、椎名は編集に専念することになった。沢野も同じように何度か配本に参加している。沢野の場合、主に土曜日が中心だった。都内、八王子、横浜と、沢野の運転する車でよく配本した〉目黒考二『本の雑誌風雲録』


1979年2月
  第11号に、新保博久〈打倒ジローズ 赤川次郎・北上次郎をブッ飛ばせ!〉、伊藤昭〈平岡正明が一部識者の間でのみ評価されているという現状は歯がゆい〉などを掲載。
5月
  第12号の特集は〈輝け! 第一回全国ウスバカ的無価値的チリガミコーカン的ガリバン誌コピー誌熱血コンテスト〉。他に、藤代三郎〈涙と感動の痛快丸かじり野球小説、海老沢泰久『監督』に拍手拍手〉、糸井重里〈小説「本の雑誌」〉、槌田満文〈献辞本綺譚〉、伊藤昭〈本格的恋愛小説論序説〉、西脇英夫〈再版してほしいハードボイルド〉、香山二三郎〈本屋に臭きウンコ本の薫り〉。なお、この号から長谷川卓也〈念入りガイド〉連載開始。
7月
  第13号から、鏡明〈連続的SF話〉連載開始。他に、村松友視〈粗大ゴミとまぜこぜ本〉、マッド・アマノ〈アメリ カブック情報@〉、木村万里〈神輿の本を作って下さい〉、橋岡修一〈一九六〇年《東京》を走りぬいたレーサー浮谷東次郎の本〉掲載。
9月
  第14号に、北上次郎恪綜Y冒険小説の時代揩ェスクラム組んでやってきた〉、隅田川乱一〈スタンド・アップ・コミックではドラッグ・ユーモアの花盛りだ〉掲載。
11月
  第15号に、小林信彦〈書評の真贋〉、堀晃〈ブラックホール関連の解説書を整理し、科学読物の面白さについて考察するに至る〉、植田康夫〈「旺文社文庫」を見直す〉掲載。

・四谷三丁目に事務所を借りる

〈本の雑誌は初期の頃から読んでいましたが、自分が書く機会があるとは思っていなかったんです。たまたま何かの仕事で一緒になった関口苑生さんに紹介してもらって書いたんですが、ほんとに一回だけだと思っていたんですよ。ところが掲載された雑誌を見たら、「翻訳うらばなし@」と連載タイトルがついている(笑)。あわてて何かネタを探さなきゃと、いろんな人の話を思い出しながら始めたという具合です。いつまでの連載にするかという話もなくて、そのままずっと今に至っています〉青山南





1980年1月
  第16号から、平岡正明〈この本はこう読め〉連載開始。他に、中島梓〈私のオールタイムベストテン〉、隅田川乱一〈日本の若者は瞑想をしないからだめだとアブドーラ・ザ・ブッチャーは語った〉、田家秀樹・征木高司・亀和田武による座談会〈70年代のサブカルチュア・マガジンをふりかえる〉掲載。
3月
  第17号に、沢野ひとし〈国立市・谷川書店の親父は、その時なぜ首をしめられていたのか〉掲載。
5月
  第18号に、筒井康隆〈私のオールタイムベスト 〉掲載。他に、花田紀凱〈週刊誌タイトルのベストスリーは「微笑」「週刊ポスト」「週刊新潮」――なのだ〉。
8月
  第19号の特集は、鏡明、北上次郎、沢野ひとし、亀和田武、椎名誠による座談会〈バトルロイヤル雑誌論〉。 他に、倉本四郎〈型合わせみたいに《型》を読んでみる〉、千本健一郎〈報道のフルコースとしてのルポルタージュ〉。
10月
  第20号に、安西水丸〈少年時代の気分〉、
横田順彌〈いま問題なのは戦腹中派の人々なのだ〉掲載。

1981年1月
  第21号に、菊池仁〈哀愁の春陽文庫を発作的に考察する〉 掲載。他に、群ようこ〈「りぼん」とか「なかよし」のこと〉。
4月
  第22号に、早川義夫〈気分はなんとなくコスモス〉、荒木経惟〈吉川英治ってダレぇ?〉。
8月
  第23号に、和田誠〈私のオールタイムベストテン〉掲載。
11月
  第24号に、山下洋輔〈私のオールタイムベストテン〉掲載。他に、佐野洋子〈やらしい本とか、そういうこと…〉、ブックカタログは皆川正夫編〈空を飛ぶ人と乗物の本〉。

信濃町セントラルマンションに移転。

〈二月から三月にかけて本の雑誌社は大引っ越し作戦で大変だった。引っ越し作戦といってもトラックに荷物をのっけて「それ行け急げ」というような段階ではなく、いかにしていい場所を探すか、という問題に翻弄されたのである。
スタッフが手わけして四谷周辺、新宿周辺を探しまわったが、小社のようなチビ雑誌社に似合う適当なところというのはなかなかないものだ。

そして折角みつけた掘り出しモノも仮契約したあとでテキの態度が変わり「いままではっきり言わなかったけど、キミたち本当に入りたいんならあと二ケ月お金をだしてんな!」なんていう黒メガネマスク姿のおっちゃんなんかが出てきて、本の雑誌社は「スワッ」と若いもんを駆り集め、ズルムケ光線を発射したりした。

あるいはまた別のところでは不動産屋のインチキにひっかかり、二十万円も損をした。手付金を打って損ばかりしたのだ。ちくしょう今考えてもむしゃくしゃする!
今月号は表紙にある通り「なんだ文句あっか陽春号」となっているが、実はその背後にこういう怒りがかくされていたのである。


椎名誠『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』刊行。


1982年3月
第25号に、嵐山光三郎〈「コロコロコミック」は少年少女の文藝春秋である〉掲載。他に、筒井ガンコ堂〈池波正太郎『鬼平犯科帳』の読み方〉。
7月
  第26号の新刊ガイドで、北上次郎が足立巻一『虹滅記』を絶賛。他に、岡庭昇〈上野英信を読め〉、尾辻克彦〈本の初体験いろいろ〉、澤田隆治〈テレビマンの出版奮闘記〉掲載。
12月
  第28号から、青山南〈翻訳うらばなし〉連載開始。野田知佑が〈文庫本二冊でメシを炊く方法〉で本誌初登場。他に、長部日出雄〈私のオールタイムベストテン〉。ブックカタログは、朝海猛編〈売春に関する本 冊〉。


1983年2月
第29号に、木村晋介が〈八丈島のロックンロール〉で本誌初登場。 他に、佐野洋子〈恥しいこと〉、群ようこ〈香水と口紅〉、 石川澄子〈ルイス・キャロル生誕百五十年記念出版顛末記〉、赤瀬川原平〈署名の変遷〉、坂本克彦〈お茶の水昆虫記・番外篇 女サンダ ース出動せよ〉。
7月
  第31号の特集は〈最近腹の立った本〉。執筆者は、千本健一郎、有川優、栗本慎一郎、岩菜うに、早川義夫、立川末広、倉本四郎、高橋良平、木戸幹夫、岡庭昇、長谷川卓也、西脇英夫、狐野次郎、笠原貞子、平岡正明、岡留安則、青山南、井崎脩五郎、横田順彌、呉智英、宇佐川英雄、新保博久。
12月
  第33号に、倉本四郎〈ヨコハマ中華街のオバサンと去年の巣に今年の小鳥を求めていた〉掲載。


1984年4月
第35号の特集は〈東ケト会における目ウロコ本とは何であったか〉。 出席者は、椎名誠、沢野ひとし、木村晋介、小安稔一、長谷川智、依田正晴、米藤俊明、上原善二、山本皓一、目黒考二。
10月
  第38号の特集は〈なぜか怒りの秋なのだ〉。
12月
  第39号に、倉本四郎〈お尻の気持ちは満月である〉、中村文孝〈書店便り雑誌たちよ、マイナーメディアの自覚を持て〉、山口文憲〈スーパーマーケットで不快な気分になった日、部屋で雑誌をパラパラとめくっていたらわからないカタカナことばが出てきたので『スタンダード佛和辞典』を取り出し、そして腹が立ったおはなし〉。

1985年2月
第40号に〈いまどんな雑誌が売れているか 池袋西武ブックセンター昭和59年1月〜12月の雑誌販売部数による年間ベスト300〉掲載。 特集は〈書店を愉しむ〉。その冒頭は、目黒考二の書店員体験記〈書店員はタフでなければつとまらない〉。
4月
  第41号に〈いま書店界を震撼させる「青木まりこ」現象の謎と真実を追う〉掲載。
8月
  第43号の特集は〈名物コラム、常設コーナーを点検する〉。他に、赤瀬川原平〈私のオールタイムベスト10 〉、天野昭〈マンハッタン・ウソップ物語〉掲載。
12月
  第45号に、座談会〈今年印象に残った本〉(出席者・井家 上隆幸、鏡明、香山二三郎、高橋良平、北上次郎)掲載。

1986年2月
第46号に、田家秀樹〈音楽書の出版状況はどうなっているか〉、村松友視〈川上宗薫さんとオナラ〉、木戸幹夫〈書店開店どたどた顛末記〉、那波かおり〈父タケマツの文学〉掲載。
4月
  第47号に、中野翠〈お嬢様ブームの裏側〉、藤脇邦夫〈いま洋書が面白い〉、酒井道夫〈素人活版所恷井九ポ堂搖J版顛末記〉、東理夫〈アメリカのユーモア本5冊〉、槌田満文〈もう一人の小林秀雄〉。
6月
  第48号に、立川末広〈競馬ハウツー書の愉しみ方〉、黒田清〈シャシュショを使って短文を〉、赤木かん子〈いま女の人が読んだらゼッタイ面白い《子どもの本》おすすめ 冊〉、金平聖之助〈「ナショナル・ジオグラフィック」誌とギルバート・グロブナー〉、関口苑生〈読物として抜群に面白い怏ヒ空事典搦O冊〉掲載。
8月
  第49号に、大塚英志〈現代まんがは恚ニ界の時代揩ナある〉、井狩春男〈本屋通いのビタミン剤〉、松村喜雄〈フランス・ミステリーを見直そう〉、杉山由美子〈赤ちゃん受難時代の育児書〉、佐藤秀明〈十七年前のマンハッタン〉掲載。
10月
  第50号に、徹底討論〈日本読書株式会社〉掲載。
12月
  第51号に、松田哲夫〈ぼくの雑本ライブラリー〉、戸川安宣〈安楽椅子探偵ザレスキーの不幸〉、結城信孝〈カジノ小説コレクション〉、茶木則雄〈ミステリー専門店6カ月奮闘記〉、沢田康彦〈病の午後の紡木たく〉掲載。

別冊本の雑誌「ブックカタログ1000」刊行。

別冊本の雑誌「読み物作家100人集」刊行。

〈事務所が出来てすぐのころ、沢野がやってきては一人で喋りまくり、木原ひろみ(のちの群ようこ)はその相手をしていたのだが、たまたま忙しくて相手をしないでいると、沢野の姿がなく、それまで座っていた椅子に一枚の絵が置いてあったという。そこには胸に「ひとし」と名札をつけた幼稚園児が描かれていて、吹き出しに「木原さん、ぼくのこと嫌いなの?」と書かれていた〉

沢野ひとし『ワニ眼物語』刊行。

新宿五丁目の第2スカイビルに引っ越し。

〈別冊の詰めで徹夜になって、みんなで事務所の床に死体のように寝ていたんです。で、朝になると木原さんが出勤して、床の死体をまたいで席に着いて仕事を始める。彼女はだらしないのが嫌いだったから、この状態を説明して怒られるのがイヤで、みんな寝たふりをしてました。いったいいつ起きたらいいんだろうって、タイミングがつかめなくて困ったのをよく覚えています〉香山二三郎

別冊本の雑誌「活字中毒者読本」刊行。

〈84〜85年の頃だと思いますが、池林房からもらった リットル入りのワインの樽(といってもビニール製の業務用のタンク)が、冷蔵庫に入れてあって、夜になると誰でも自由に好きなだけ飲めるようになっていました。
酒好きな私は、いつも帰りがけに2〜3杯飲むのが日課でした。全部飲んでしまってなくなっても補充されて、結構長い期間この素敵な状態が続いていた気がするのですが、それがいつまでだったのかは覚えがありません〉サン出版編集部・大橋幸久

第1回運動会、開催。

4月に『むはの断面図』刊行。

〈神奈川方面に電車で行く時は一日フリー切符を買ったりもしました。二〜三人の配本部隊で、電車にがたごと揺られながら、なんか遠くに来ちゃったなあと揃って窓の外の景色を眺めるようなこともありました。配本マップで予め書店の場所を確認して出発するのですが知らない町に行くこともあり、ちょっとした楽しみでもありました。車の配本の時は時間との戦いでした〉フジサンケイリビングサービス・大木田(竹内)啓子

椎名誠『海を見にいく』刊行。







1987年2月
第52号に、小鷹信光〈『ブラック・マスクの世界』始末記〉、中野翠〈ゴシップ雑誌を守りたい〉、亀海昌次〈ジンの文庫本〉掲載。
4月
  第53号の特集は〈翻訳ミステリー《帯》大賞〉。
6月
  第54号に、北上次郎〈日本冒険小説の 年を総括する〉、嵐山光三郎〈本なぞ読むな〉、中野翠〈私のメロメロ本五冊〉、月田実佐緒〈子供たちを夢中にさせるアーティゾーネの絵本〉掲載。
8月
  第55号に、井狩春男〈ボクがオモシロがっているPR誌たち〉、南端利晴〈まんが専門店ドタバタ改装記〉、荒俣宏〈博物学の本質をめぐる哲学的会話〉、安達史人〈ホーソーン『緋文字』を読む〉、村松友視〈大物作家・十文字美信〉、全刊行リスト付き〈さらば、サンリオSF文庫〉掲載。
10月
  第56号に、戸川安宣〈「大久保康雄」訳書目録をつくる〉、東理夫〈スパイ小説を楽しむための本〉、浦部信義〈社史に憑かれて〉、祖師谷仁〈大杉栄『昆虫記』を読むと気分はスカラベである〉掲載。
12月
  第57号に、大塚英志〈「ビックリマン」への熱狂は物語の呪縛からの解放である!〉掲載。

1988年6月
第60号の特集は〈いま文庫はどうなっているか〉。その内訳は〈作家の色を統一せよ!〉〈なぜ大きさが違うのか〉〈おすすめ絶版文庫〉〈書店用《青春小説フェア 冊》文庫平台セット〉〈この文庫マークを知ってるか〉〈新潮文庫年間ベスト10 にみる古典回帰〉〈文庫パタ ーン表を読む〉〈字詰と行数を比較する〉〈シリーズ文庫〉〈河出市民文庫『海を渡る恋』が読みたい〉。他に、安原顯〈ポール・ニューマンがこんなにすぐれた監督だったなんて知らなかった〉掲載。
8月
  第62号の新刊ガイドで、北上次郎が『透明人間の告白』を絶賛。
9月
  第63号の特集は〈汗をだらだら探検記〉。冒頭の対談は、野田知佑 椎名誠。発作的座談会のテーマは〈茶わん蒸しはおつゆかおかずか〉。他に、松村喜雄〈ソ連の推理小説事情〉掲載。
10月
  第64号の特集は〈出版社の評判〉。その内訳は〈全日本最優秀出版社賞の選考基準を考察する〉〈戦後出版人風雲録〉 〈好きな出版社嫌いな出版社《読者アンケート》〉〈覆面座談会 いま出版社はどうなっておるのか〉。
他に、八角純二〈60年代アメリカを彩った音楽の本〉、金子のぶお〈JR一周年で鉄道本は大収穫〉掲載。
11月
  第65号に〈座談会・出版の現在を考える〉(出席者・見城徹、安原顯、松田哲夫、椎名誠、目黒考二)掲載。他に、月田実佐緒〈社内報全国大会レポート〉、小田嶋隆〈入門書はなぜ面白いのか〉。

1989年1月
第67号の特集は〈なんぼのもんやねん! 文学賞〉。座談会〈文学賞チャンピオン・ベルト制のすすめ〉の出席者は、嵐山光三郎、 村松友視、椎名誠。
4月
  第70号に、松村喜雄〈乱歩・正史合作の謎の小説を推理する〉掲載。 特集は〈雑誌の表紙《好き嫌い》大研究〉。
5月
  第71号から、小林信彦〈小説の秘密〉と〈本山賢司の書店発見〉、さらに横田順彌〈地獄の資料館〉の連載開始。他に、月田実佐緒〈フランスのコミック本〉、井家上隆幸〈類書案内 アライブ族の本〉。
6月
  第72号の特集は〈本棚は人生である〉。
8月
  第74号の特集は〈90年代に期待する出版界の80人〉。小説家、書店員、翻訳家、イラストレイター、ノンフィクション作家、編集者、写真家、装丁家、エッセイストの期待すべき人物を指名!
9月
  第75号の〈90年代ハードボイルドの新しい波〉で池上冬樹が本誌登場

特小号。

ファクシミリ導入。



別冊本の雑誌「本屋さん読本」刊行。

月刊化と同時に、新宿ビプランシアターにて「新宿風雲どかどかセミナー」を毎月開催



ザ・ギンザ・アートスペースにて「本の雑誌どかどか展」開催。



〈あれはおそらく私が大学三年生だったので1988年頃だったと思う。そのころ私は「ようなもの通信」の副編集長で、勝手に誌面を作って、そのせいもあって、隔月刊のペースで発行していた。究極だったのはアイドルの特集をやったとき。それもメインが「ようなもの」編集部による渡辺満里奈をめぐる座談会。そのころの渡辺満里奈といえば、おニャン子クラブ(なつかしー)のなかでも10番目くらいの存在で、マニアックすぎるっ! これが自分で言うのもなんですが、個人的には会心の出来で、意気揚々と目黒さんに見本をみせに行ったら、目黒さん、それを見て一言。「本のこと、やろうよ」その次の号は本の特集をやりました〉角川書店書籍事業部・浦谷俊文





















新宿御苑前のLAND‐DENに移転。









1990年1月
第79号に〈1989年度ベスト 〉掲載。夢枕獏〈乱読・幻書館〉の連載開始。他に、伊藤精介〈青蛙房の本が好き〉掲載。
4月
  第82号に〈日本一の多才作家青木茂の正体に迫る〉掲載。紀田順一郎〈内容見本にみる出版昭和史〉連載開始。
7月
  第85号より〈編集稼業の女たち〉がスタート。
8月
  第86号の特集は〈三段八つ割博覧会〉。他に、畑中佳樹〈ティン・パン・アリーに首ったけ!〉、菊池仁〈甦れ白川渥〉掲載。
9月
  第87号に、坂東齢人〈胸キュン初恋小説はこれだ!〉、戸川安宣〈『探偵作家クラブ会報』復刻版にみる手書き文字の味わい〉、菊池仁〈ごめん!渡辺淳一はただのスケベ作家だった〉、〈レジの金が少ないことにある日突然気が付いた書店の店長は何をしたか〉掲載。編集稼業の女たちは、小出幸子〈私のスランプ克服記 〉。
12月
  第90号の特集は〈書評家人生のヨロコビと哀しみ〉。

佐藤秀明『ガクの冒険』刊行。

野田知佑『ゆらゆらとユーコン』刊行。

〈5月 日に本の雑誌一座は初めて関西に乱入した。一行六人は朝8時というバカ早の新幹線に乗って、まずは神戸の農業会館へ。
ここで東京のビプランでやっているような公開座談会をやった。
五百人収容の会場に二千人の応募があったそうですまぬすまぬと言いつつ目黒の司会で相変わらず人類の役にはまったくたたないような話をさせてもらった〉椎名誠/本誌85号後記

デスク浜本茂、フランクフルトに出張。


1991年2月
第92号から、高橋良平〈日本SF戦後出版史〉連載開始。
4月
  第94号の特集は〈同好の士、熱き一冊を語る2〉。
その内訳は、吉田満『戦艦大和ノ最期』・呉智英VS山口文憲、 スペンサー『エンドレス・ラブ』・小沢瑞穂VS斎藤英治、石川淳『至福千年』・亀和田武VS小森収、モンゴメリ『赤毛のアン』・中俣真知子VS古屋美登里、バドリス『ROGUE MOON』・鏡明VS黒丸尚、蔵前仁一『ホテルアジアの眠れない夜』・梅原とめVS椎名誠
6月
  第96号の特集〈古本の愉しみ〉に、出久根達郎インタビュー〈古本屋はドラマ師である〉掲載。
10月
  第100号の記念特集は〈本の雑誌が選んだオールタイムベスト100〉。同号に〈コンピュータ専門図書館に潜入 当編集部にパソコン導入はあるか〉掲載。他に、中野翠〈極私的週刊誌の愉しみ方 この怎Lマリモノ揩ェ面白い!〉、目黒考二〈本の雑誌100号小史  あっと気が付いたら100号だった〉。
12月
  第102号の特集は〈ヒーローを探せ!〉。

〈日本年ということで、ブックフェアの取材に行ったんですが、記憶に残っているのは往きの飛行機。乗り継ぎ乗り継ぎで都合 時間近く乗るはめになって、まあ、ほとんど寝てたんですけど、目が覚めるたびに食事が出てくる。あれには閉口しました。いま思えばあの時、あれを全部食ってしまったのが、今日の僕の体型を決定づけたような気がします〉浜本茂

創刊100号記念パーティ(市ヶ谷私学会館)。

紀田順一郎『内容見本にみる出版昭和史』刊行。


1992年7月
第109号の特集は〈文庫解説目録を読む〉。
11月
  第113号に〈鳩山町立図書館の貸出し回数ベスト はこれだ!〉掲載。

笹塚に事務所移転。


1993年4月
第118号に、フリーライター座談会〈1枚1万円の原稿料をくれえ〉掲載。
5月
  第119号の特集は〈頑張れ、SF!〉。
6月
  第120号の特集〈この伝記を見よ!〉に、井田真木子 関川夏央の対談〈明治四十一年が面白い〉を掲載。

 


1994年7月
第133号に〈同好の士、熱き一冊を語る'94〉掲載。 その内訳は、『倒錯の舞踏』・田口俊樹VS宮部みゆき、『スポンサーから一言』・鏡明VS森下一仁、『坊っちゃん』・関川夏央VS山口文憲、『植物の神秘生活』・北上次郎VS吉野朔実、『パリ・ロンドン放浪記』・石川三千花VS中野翠、『おなら考』・梅原とめVS椎名誠
12月
  第138号の特集は〈トイレは小さな図書室だ〉。その冒頭は、嵐山光三郎 椎名誠の対談〈トイレには歳時記がよく似合う〉。

この年、笹塚駅に「本の雑誌」の看板を出す。

中場利一『岸和田少年愚連隊』刊行。

別冊本の雑誌「活字探偵団」刊行。


1995年5月
第143号は創刊20周年記念号。発行人が昔の助っ人を訪問する回顧録や、創刊号の中で取りあげたすべての書名を掲載。
10月
  第148号の特集は〈この 冊を読め〉。その内訳は〈料理文学〉嵐山光三郎、〈辞書・辞典〉紀田順一郎、〈喧嘩小説〉黒田信一、〈国産カルト短編推理小説〉新保博久、〈ロマンス小説〉羽田詩津子、〈映画批評〉斎藤英治。
12月
  第150号の特集は〈惹句の研究〉。


1996年1月
第151号の特集は〈1995年度ベスト 〉。この年の1位は、ダン・シモンズ「ハイペリオン」。
2月
  第152号の特集は〈悪役の研究〉。匿名座談会にはフリーカメラマンの〈ギャラは30年前と同じだ!〉との証言を掲載。
4月
  第154号に、亀和田武VS山口文憲の〈出版社PR誌読みくらべ対談 〉を掲載。
10月
  第160号に〈坪内祐三ロング・インタビュー〉掲載。

1997年1月
第163号に、緊急座談会〈1996年度の山周賞・直木賞をやり直す〉掲載。
3月
  第165号に、鏡明VS高橋良平の対談〈この10年のSFはみんなクズだ!〉を掲載。他に、柴口育子〈インテリア雑誌11誌読み比べ〉、匿名座談会は週刊誌グラビア担当者の〈オレたちの仕事をなめるなよ!〉。
4月
  第166号の特集は〈さよなら、坂東齢人!〉。 他に〈「藤沢周平」書誌〉、新元良一〈ニュー・ジャーナリズムの旗手が描く"裸"の新聞記者たち〉掲載。読者アンケートは〈こんな友人が欲しい!〉。
6月
  第168号の特集は〈高校生小説は面白い!〉。執筆者は、羽田詩津子 、大森望、斎藤英治、小森収、那波かおり、菊池仁VS関口苑生。
8月
  第170号に、嵐山光三郎、木村晋介の緊急対談/日米不倫対決『失楽園』VS『マディソン郡の橋』を掲載。他に〈風間賢二の読書日記〉、茶木則雄〈暴れん坊将軍の失墜〉。
9月
  第171号の特集は〈最強の恋愛〉。
10月
  第172号の特集は〈この10年でいちばん面白かった本〉。選ぶのは坪内祐三、鏡明、東えりか、斎藤英治、大森望、北上次郎。

新宿の「パークハイアット東京」で創刊 周年記念パーティ。
会費一万五千円という大胆不敵なパーティだったが、「牛肉のカルパッチョが美味しかった。黒オリーブの風味が効いててうまかった」(グッズプレス編集部・渋谷康人)と料理は好評。
おみやげは出たばかりの別冊と、創刊号〜150号の全目次をまとめた小冊子。

3月号の特集は波紋を呼んで、SFマガジンが5月号から五回にわたって緊急フォーラム「SFの現在を考える」を掲載。



●茶木則雄『帰りたくない!』刊行。


1998年1月
第175号に〈1998年のおすすめ本はこれだ〉掲載。
〈坪内祐三の読書日記〉連載開始。
3月
  第177号に〈月の輪書林・高橋徹ロングインタビュー〉掲載。
8月
  第182号の特集は〈98年度上半期ベスト1〉。ベスト1
に輝いたのは、C・パリサー『五輪の薔薇』。
11月
  第185号の特集は〈本の雑誌が選ぶ文庫ベスト100〉。 他に、発作的座談会は〈昔話「桃太郎」の謎〉掲載。

『編集稼業の女たち』パーティ自主開催。

聖蹟桜ヶ丘アウラホールにて発作的座談会「多摩カツ丼篇」。


1999年2月
第188号で、第3回の競馬本大賞を発表。受賞したのは、アスキー刊『金満血統馬券王国』。特集は〈最強の兄弟〉を決めるトーナメント大会。匿名座談会は、ティーンズ文庫編集者。

4月

  第190号の特集は〈中華小説が面白い!〉。冒頭は、伊藤卓 吉野仁 の対談。中華小説《日本版》 冊ブックガイド付き。新刊ガイドでは茶木則雄が『永遠の仔』を、北上次郎が『双頭の鷲』を、それぞれ大絶賛。
7月
  第193号の特集は〈いちばん切ない恋愛小説〉。

4月号から「笹塚日記」連載開始。


当社隣にファミリーマート
南台四丁目店がオープン。


2000年2月
第200号は通常号。特集は面白本棚の有志による座談会〈この1年でつまらなかった本〉。椎名誠の今月のお話〈釧路湿原へ〉は、史上初の8ページ。小特集〈もう一度、あの本を〉の執筆者は、青木るえか、柿沼瑛子、日下三蔵。
3月
  第201号の特集は〈怒濤のパソコン雑誌〉。
4月
  第202号の特集は〈最強のろくでなし〉。
田端到〈科学書をめぐる冒険〉連載開始。

別冊本の雑誌「図書館読本」刊行。



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