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第45回目

『警官の血』(佐々木譲)、『果断』(今野敏)、『悪果』(黒川博行)の3作品が『2008年版 このミステリーがすごい!』(宝島社)の国内編ランキングに名を連ねたことは、警察小説ブームの到来を実感させる出来事だった。
大田垣専務の指示を受け、すべての文庫出版社から警察小説の作品リストを集め、各店で警察小説コーナーを展開し始めていた頃、『果断』が、山本周五郎賞と日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を立て続けに受賞した。実力は誰もが認めていながら、なぜか陽の当たらない作家と言われていた今野敏さんが遂に脚光を浴びた。

啓文社をよくご利用くださっているSさんから「今野敏さんは空手を教えに二ヶ月に一度のペースで福山市に来ているのだよ」と教えてもらった。くわしく聞いてみると、今野さんは作家でありながら、空手道「今野塾」を主宰する武道家であった。
空手道今野塾のホームページによれば、東京の中目黒に本部道場がある他、ロシア支部、調布支部、第三新東京支部、大阪支部、岐阜支部、そして福山支部があるようだ。

福山支部が誕生した経緯は、今野さんの自伝エッセイ『琉球空手、ばか一代』(集英社文庫)にくわしい。
ある日、今野さんに「どこで指導を受けることができますか」と福山市に住むOさんからメールが届く。西日本には大阪にしか支部がないことを伝えると、Oさんは大阪まで通い始めたそうだ。あまりの熱心さに「会員を五人集めれば支部として認めて、福山まで指導に行きますよ」と言ったところ、メンバーを集めてしまったという。
今野さんは、当初、毎月、指導に来ていたそうだが、最近はさすがに忙しくて二ヶ月に一度のペースになっている。土曜日に大阪支部で指導し、その夜、飲み会をして、日曜に福山で稽古。そして夜はまた飲み会というのがだいたいのパターンだ。

やがて、Sさんが、今野塾福山支部長であるOさんをご紹介してくださった。Oさんは今野さんの空手の弟子ということになるが、同時に、今野作品の熱烈なファンでもあった。SさんもOさんも、刊行された作品はもちろん、連載のある雑誌や今野さんの特集やインタビュー記事が掲載された新聞、雑誌まで、とにかくくわしい。記事の切り抜きを持って来て、「これを飾って売場を目立たせてはどうか」とアドバイスしてくださる。また、「どうしてこの文庫のコーナーに受賞作の単行本を置かないのですか」や、「今野さんは警察小説以外にも傑作が多いのだから、それらも一緒に並べるべきではないですか」というご意見をいただくこともあった。今野さんにとっても、啓文社にとっても強力な応援団だ。

「今度の日曜の稽古は、今野先生が指導に来られます。よかったら見学に来ませんか」
いろいろとご迷惑をおかけすることが予想できたが、Oさんからのお誘いの言葉に甘えることにした。
稽古場である福山市武道館は、福山城のすぐ近く、護国神社に隣接していた。建物まで長い石段がある。車椅子のわたしを、今野塾の皆さんが数人がかりで担ぎ上げ、登ってくれた。玄関に到着し、ほっとしていると空手道場は三階だという。エレベーターがないので、再び、担ぎ上げてもらってようやく3階に辿り着く。
はじめてお会いする今野さんは、背が高く、やや細身だが、服の上からでも鍛え抜いた筋肉質のからだがよくわかった。
今野塾長が見守るなか、準備運動や基本の型の練習が始まった。真夏の稽古場は窓を開け放っているとはいえ、蒸し風呂のようだ。おまけに、さっき、わたしを担いで三階まで上がってきたばかりだから、汗が瀧のように流れている。
いよいよ、今野塾長の指導が始まる。
竹刀を振り回し、怒鳴り散らしながらの稽古だったらどうしようと心配していたが、今野さんは、アナウンサーのように透き通った声でメロディーを奏でるように号令をかけた。今野塾長のかけ声に合わせ、十人の塾生が何種類もの型を舞うように練習する。それは、力強さだけでなく、流れるような美しさが感じられる。
「この動作の時にはもっと膝を高く上げて。沖縄は草むらが多いので摺り足は適しません。場面、場面で戦い方が違ってくることを忘れないように」
基本の型の練習なのに、実戦に即した具体的な説明がはいる。戦うためのトレーニングなのだとあらためて納得する。すべてが理に適った攻撃であり、防御なのだ。わたしは空手をやったこともなければ、見るのも初めてだが、練習の一つ一つから空手の底知れぬ深さを感じた。わずかな時間、練習を眺めているだけでこうなのだから、いったいどこまで奥が深いのか。

暑くて熱い三時間半の稽古が終わり、塾生の皆さんは、疲れているにもかかわらず、再び、わたしを担ぎ上げ、階段を降りてくださった。
稽古の後は恒例の飲み会だそうで、居酒屋にご一緒した。
稽古の間に塾生の皆さんの名前と顔はしっかり覚えた。一番遠くからの参加は熊本県からで残念ながら稽古が終わると帰られた。唯一の女性塾生は広島市からの参加、その他、岡山から参加している人もいた。年齢も職業も住んでいる場所もばらばらだが、空手を愛する気持ち、稽古に対する真摯な姿勢は皆同じ。強い一体感を感じた。

居酒屋では、途中から今野さんが隣に座ってくださったので、お話しを伺うことができた。
稽古や飲み会での様子を見ながら、思いついたことがあったので聞いてみた。
「今野塾には警察の方が何人かいらっしゃいますよね。空手を通じて警察の方たちとの人脈ができて、いろんな話を聞けるから、それをヒントにして警察小説を書くようになったのですか」
我ながら良いところに気がついたと思ったのだが、
「それは違います。彼らから読んだ感想を聞いて参考にするくらいかな」
と、あっさり否定された。
飲み会での話を聞いていると、実際、警察組織の内情から拳銃の種類や使い方まで一番くわしいのは今野さんで、現役警察官でさえ、今野さんの知識の広さと深さに感心している場面が多くあった。

この日は、飲み会の後にカラオケというコースだったが、わたしはここで失礼することにした。
帰宅して余韻に浸っていると、Sさんからメールが届いた。
「今日はお疲れさま。
今、先生が『兄弟船』の替え歌を歌っています。そろそろお開きも近そうです」
稽古中のかけ声を思い出しながら、今野さんの歌を聞く機会を逃したことを少し悔やんだ。

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