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スティーヴ本郷の「スポーツ観戦中毒者にスポーツ本は必要か」
 
■9月12日:第5回

「打球というのはね、時々、空中イレギュラーするんですよ」
 久しぶりに聞いたなあ、張本勲さんの“空中イレギュラー”発言。
 知っている人はみんな知っている。初めて聞く人は何がなんだかわからない。外野に飛んでくる打球は、空中でイレギュラーすることがあるんですよ−−これが張本さんお得意のオリジナル野球言語である。先日のTBSの野球中継の中で、とうとうと解説していた。
 この空中イレギュラー説、どちらかといえば「張本の解説はヘンテコだ」というツッコミどころに使われる。何をおかしなこと言っているんだ、やっぱり天才は常人と違うんだよと、野球好きが集まる酒の席の小ネタになる。

 しかししかし、なんと空中イレギュラーは実在した! 張本解説の数日後、9月5日のヤクルト−巨人戦。ヤクルトのペタジーニが放った痛烈な打球が、センター松井を襲う。松井が前進してキャッチしようとした瞬間、打球はぐぐっと曲がりながらストンと落ちて、松井のグラブをかすめて抜けて行ったのである。あれこそ、誰の目にもわかる空中イレギュラーではないか!
 翌日のスポーツ新聞には、この打球の解説が載っていた。いわく、あれはフォークボールと同じ原理である。神がかり的な確率で打球が無回転の状態になり、高速で飛んでいたライナーが突然失速してストンと落ちた。つまり、バットで打ったフォークボールなのだ、と。
 なるほどなあ。そんなことが起こるんですね。説明されてみれば、たまにはあるかも知れないなと納得できる原理ではあるけれど、ぼくの中ではペタジーニの打球がどうこうよりも、そうか、張本さんが言っていたのは本当だったんだ、ということのほうが衝撃的でした。今まで疑っていた自分に「喝っ!」を入れたい。

 これで思い出したのは故・青田昇さんのことである。
 青田さんも、空中イレギュラー以上に独特の野球言語を駆使する人だった。
「大下が今おったら、ホームラン70本打っとるよ」
「わしは桑田が入ったときから、セカンドにせえちゅうとったろが」
 口の悪い人からはホラ吹き呼ばわりもされたが、あのべらんめえな語り口と、生放送が危なっかしい喋りはたまらなく魅力的だった。ホラ吹き、結構じゃないか。優れた語り部にとって、ホラは必要不可欠な能力だ。
 その青田さんがしばしば口にしていた、伝説めいたエピソードがある。
「中西太の打球はすごかった。わしがセンターを守っているとき、中西の打球が飛んできた。ピッチャーの肩口を抜けるのが見えたから一歩前進した。そしたら打球はグーンと伸びて、わしの頭を越え、バックスクリーンも越え、スコアボードのはるか上へ飛んで行った」
 この話を聞くたびに、また誇張して吹いてるぞ、大げさなオッサンだなあと喜んだものです。ピッチャーの肩口を抜けた打球が、スコアボードの上まで飛ぶわけないやん、と。

 しかし、このエピソードも青田流のホラなどではなく、事実だったのではないか。
 今年5月15日の巨人−ヤクルト戦。巨人松井の打球はライナーで東京ドームの右中間最深部へ突き刺さった。このとき、セカンドの浜名が打球を捕球しようとしてジャンプしたという証言がある。セカンドが捕ろうとした打球が、右中間スタンドの奥まで飛んでいった!? 
 先人の語りをハナから疑ってはいけない。青田さんの語った中西太の伝説もきっと本当だったに違いないと、この松井の打球をきっかけに思い直したものである。 

サムライ達のプロ野球
『サムライ達のプロ野球』
青田昇 著
【文春文庫】
本体 485円
 

 
青田昇『サムライ達のプロ野球』(文春文庫)。94年に単行本として出版され、96年に文庫化された名著である。
 沢村栄治、川上哲治、大下弘、金田正一、中西太、村山実、王貞治、長嶋茂雄ら、戦前戦後の名選手が、青田昇ならではの語り口で生き生きと活写されている。
 たとえば、王貞治の一本足打法は荒川コーチが生み出したものではなく、別所毅彦の発案だったって知ってました? 野球本なら新刊も出ているが、まずはこの本をお薦めしておきます。
 ちなみに、上に紹介した松井の「セカンドがジャンプしたホームラン」、ぼくは映像で確認していません。だから事実かどうかは知らない。映像で確かめたい気持ちはあるけど、でも、確かめなくてもいいじゃないかという思いもある。
 だって、映像なんかなくたって、各自が想像力を働かせればいいじゃないですか。もしかしたら映像なんて存在しないほうが、自由な想像が広がり、偉大な選手たちの伝説は残るのかも知れない。金田正一の全盛期のストレートが何キロ出ていたのか、そんなことを確かめても意味がない。青田さんの本を読んでいるとそう思う。

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