スポーツ観戦をしていると、競技の本筋とは関係ない部分が頭に引っかかってしまい、ふと余計な思考を巡らせてしまうことってありますよね。
例えば「大相撲の砂かぶりに陣取り、いつもテレビに映っているあのご老人は何者だろう?」といった引っかかりなら、どうでもよい話だから問題はない。「そういえば最近、イーデス・ハンソンさんの姿を砂かぶりに見かけない気がするがどうしたんだろう」も、どうでもよい。
ところがたまに、本筋とは関係なくても、競技の本質と関係あるかも知れないことが引っかかってしまう場合がある。
F1の「タイヤ交換」がわからない。
だって、あれはおかしいでしょう。F1といったら、それこそコンマ何秒の極限の速さを争う世界ですよね。ドライバーは文字通り己の命を賭けて、ギリギリまでブレーキングのタイミングを遅らせ、鈴鹿の第1コーナーへ突っ込んでいく。一歩間違えればクラッシュの危険と背中合わせに、モナコの公道をひた走る。
すべては0.1秒を縮めるためである。ほんの0.1秒でも速く走るために、アイルトン・セナは命を落とし、また、世界中の大金持ちにより莫大な金額が費やされてきた。
それなのにですよ、「さあ、タイヤ交換でピットに入りました。おーっと、ちょっと手間取っているぞ。10秒、11秒……18秒かかってしまった! これは痛い!」
そりゃないだろう、と思う。
命を賭けてコンマ何秒を競っている、その真っただ中に、こっちのチームはタイヤ交換6秒でした、あっちのチームは18秒でしたじゃ、ドライバーが気の毒でならない。いやもちろん、それも競技のうちであることは承知しているが、冷静に判断してかなり矛盾を抱えた競技設定だと思う。あ、F1ファンの方、気を悪くしたらごめんなさい。
もしもこれが陸上の100m競走だったらどうか。タイヤ交換に相当するのは……借り物競走だろうか。
さあ、世界一速い男を決める男子100mの決勝です。勝つのはモーリス・グリーンか、それとも先頃世界新記録を出したティム・モンゴメリーか。
スタートしました! グリーン速い、グリーン出ました。50m地点でトップ。さあ、ここで紙を拾って借り物競走になります。おっと、グリーンのお題は「しま模様の靴下をはいた男性」。グリーン、大急ぎでスタンドへ走ります!
続いてモンゴメリはどうだ。モンゴメリのお題は「ピンクのCカップ・ブラをしたバスト85以上の女性」。ああっと、難しいのが当たってしまった! 頭を抱えるモンゴメリ、これは痛い!
これが世界一速い男を決める競技のルールだったら、大ブーイングが出ること請け合いである。なんのために0.1秒を縮める努力をしてきたんだよ。競技の本質を横っちょにズラすような不確定要素を入れないでくれよ。
F1のタイヤ交換を見るたびに、そんな不条理の匂いを感じてしまう。
今回取り上げるのは、奥田英朗『延長戦に入りました』(幻冬舎)。作家の手によるスポーツ・エッセイ集だ。お笑い系エッセイ、と付けたほうがわかりやすいか。
実を言うと、本書を読んで、ちょっとだけ真似してみたくなったのが上のコラムです。真似するなって。 著者はサッカーのPK戦に疑問を投げかける。どうして延長戦まで死力を尽くして戦った両チームが、あんな単純なジャンケンのような方法で勝者を決めるのか、と。
<例えばベースボールにおいて、「延長12回を戦ったけど決着がつかなかったのでこれからホームラン競争をして勝敗を決めま〜す」などということになったら、観客は黙っていないだろう>
伝統の巨人・阪神戦。優勝を決める大一番がホームラン競争で巨人の勝ちになったら、<御堂筋は大暴動であろう>。 あるいは柔道における審判の旗判定を持ち出し、やはり優勝を決める大一番の巨人・阪神戦が旗の判定になり、巨人の優勢勝ちになったら、<審判は大阪湾に浮かぶだろう>。
ううむ。こういうお笑いテイストの本を紹介するのに、一部だけ抜き書きするのは、あんまり適切じゃないかも。 このほか、ボブスレーの前から2番目の選手は何をしておるのかとか、名字が「あ」で始まる人は子供の頃から切り込み隊長の資質を身につけているからトップバッターに向いているのではないかとか、全体にほのぼのとしつつ、ところどころに鋭い指摘ありという、楽しい本です。
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