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| ■11月5日:第9回 |
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巨人の4連勝であっけなく終了した日本シリーズ。強いはずの西武ライオンズが、見せ場なくズルズルと敗れてしまった理由は何でしょうか? 1 松本幸四郎の「君が代」を聴いた西武の選手たちが、「そうか、松たか子にちょっかいを出すと、こんな低音の野太い声でラマンチャな説教をされるのか」と、ビビってしまったため。 2 西武のキーマンと言われながら無安打に終わったベンちゃんこと和田が、本物の和田勉とすり替わっていたため。 3 第4戦先発の高橋尚成の顔を見たら、祝勝会のヒョウ柄Tバック尻を思い出し、力が入らなくなってしまったため。 4 策士、策に溺れるの伊原監督が、裏で清原番長に脅されていたため。 5 愛こそすべての原監督が、じつはこっそりと父・貢さんの采配を仰いでいたため。 6 パ・リーグとセ・リーグのレベル差。パ・リーグは普段から大雑把な野球しかしていないため、一歩間違うとあんなもの。 え〜、そんなこんなで日本シリーズが幕を閉じると、プロ野球界の話題はFA移籍やドラフト会議へと移っていきます。 ドラフト会議というイベントは、さかのぼればすべてのドラマやすべての名勝負の源流がここに行き着くんじゃないかというくらい、あらゆる選手の糸を組んずほぐれつさせる、運命すごろく儀式です。 当事者に限らず、これはファンにとっても同じでしょう。野球好きなら一度や二度は「もしも」を巡らせたことがあるはずです。もしもあのとき、A球団がB選手を指名していたら、指名していなかったら、くじ引きが外れていたら……オレの人生もだいぶ影響を受けたのかもしれんなあ、と。
ヤクルト・スワローズの名スカウトとして知られる著者の回顧録です。ヤクルト命のぼくは迷わず速攻で購入しましたが、そうじゃない人でも−−特に上記のような巡り合わせの綾を考えるのが好きな人なら−−ふむふむ、なるほどと、じんわりしてくる一品ではないかと思います。 かつてヤクルトのエースとして活躍した尾花高夫(現ダイエー投手コーチ)は、他球団がノーマークの選手だった。しかし、片岡スカウトは、練習が終わった後もひとりで黙々とランニングを続ける尾花の姿にひかれ、観察を始める。 これほどまじめに野球に打ち込む選手は、広岡監督(当時)がもっとも好きなタイプだ。必ず監督の目に止まり、チャンスを与えられるだろう。新人が成功するには監督との相性も良くなければならない。 そしてドラフトで指名。しかし、先方の新日鉄堺の了解なしだったため、交渉は難航。片岡スカウトは尾花の実家まで出向き、本人を直接口説いて熱意を伝える。最終的には会社側も折れ、入団が成立した。 この話はまだ続く。新日鉄堺から「うちで育てようと思っていた尾花を持っていくなら、お返しをしてくださいよ」と言われた片岡スカウトは、翌年、ひとりの高校生を教える。プロで指名するには荒削りすぎるが、十かゼロかの面白いピッチャーがいますよ、と。 その高校生の名前は野茂英雄という。こうして野茂は新日鉄堺に入社。その後の進路はよく知られるところだ。 あらら、ちょっと待てよ。これ、いい話だなと引用してみたんだけど、なんかヘンだぞ。尾花は1977年のドラフト組。野茂は1968年生まれ、89年のドラフト組です。ってことは、尾花のドラフトのとき、野茂はまだ小学生だったわけで、全然「翌年」じゃないじゃん。なーんだ、引用して気付いた。 まあ、いいや。あんまり深く追求しないでおこう。このような表側からは見えない人のつながりや恩義の貸し借りが複雑に絡み合い、いくつもの物語が生み出されているんだという好例ではないでしょうか。 もしも古田敦也がヤクルトに指名されていなかったら−−という、スワローズ・ファンにとって感慨深い“分かれ道”についてもエピソードが綴られています。やっぱりドラフト会議って、わしらのような部外者の人生も変えるよなあ。 |
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