|
|
|
|
|
||
| ■3月13日:第17回 |
|
「我々はプロレス・ファンであることに胸を張りたい! これが本物のプロレスだ!!」 実況アナウンサーが絶叫する。 「今日、ここに来なかったヤツはアホだな!」 解説の高山までがこみ上げる感情を抑えられない。 3月1日の三沢光晴−小橋建太戦、ノア。 試合当日の夜からネットのあちこちで「泣いた!」「やっぱりプロレスはすごい!」「こんなに感動したのは初めて」という書き込みが飛びかい、熱心なプロレス・ファンでないぼくにまで評判が聞こえてきた名勝負です。興味のない人に説明するのは難しいけど、1年にひとつくらいあるんですよ、怒濤の感動記がものすごい勢いで駆け巡る試合が。 だから日本テレビも、通常は30分枠のところを1週遅らせて特別に1時間枠を確保し、放送したらしい。たぶん「この試合だけはなんとしてもノーカットで放送せねば!」という熱い血潮がたぎったんでしょう。そしてその中継を遅まきながら観た人間が今こうして、わしもなんか書かねば、という思いに駆られているわけです。 でも、今、プロレスを語るのは難しいなあ。前提として、まずプロレスに対する自分の立ち位置を鮮明にすることから始めないといけない、というか立ち位置こそがその人のプロレスへの見解を示す、みたいな状況がある。かといって、そんな話をしてもプロレスに興味のない人には何も通じない。 冒頭の実況アナの「胸を張りたい!」という発言には、ここ最近、胸を張れなかったらしいプロレス世界の住人の鬱屈や、肩身の狭さが透けて見えるし、その種の鬱屈を抱かざるを得なかった人にとっての三沢−小橋戦は、受け取り方が違ってくるはずです。それとは別に、なんの鬱屈もなく、堂々と胸を張っていた人たちにとっての三沢−小橋戦というのは、それはそれでまた別の意味があり……。 ああ、ダメだ。何を書いてるんだか。本に逃げよう。
ターザン山本『プロレスファンよ感情武装せよ!』(新紀元社)。 副題には<ミスター高橋に誰も言わないなら俺が言う!>と記されています。そう、例のミスター高橋本が出た直後に、ターザン山本がその返答をするべく、プロレス関係者7人と対話した本です。7人とは、新間寿、辻よしなり、ウルティモ・ドラゴン、宮戸優光、大槻ケンジら。すでに本書の続編も出ていますが、時期的にこの第1弾がもっともモチベーションの高さが伝わってきてお薦めです。 感情武装せよ! いいなあ、さすが日本一の定義王&コピーライター、ターザン山本。感情武装せよとは、つまり、理論武装するな、理屈は捨ててしまえ、を逆説的に言ったものです。 三沢−小橋戦を観て思い浮かんだのが、この感情武装というフレーズです。言葉やら理屈やらの理論武装を、肉体の力ではねつける試合。脳の前頭葉で解釈されることを拒否する試合。それはジャイアント馬場が理想としたプロレスでしょう。 馬場さんの言葉なき遺言を守り続けて武道館を満杯にするノアと、アントニオ猪木の呪縛から逃れようとして迷走する新日本。 場内騒然となった、あの花道でのタイガー・スープレックス(三沢が小橋を1メートル以上の高さの花道から床に放り投げた)にしても、ビデオで確認すると、なるほど、小橋の自然な反転が、などと余計なところも見えたりしますが、それはむしろ、どうせならあの場所で生で観たかったなあという気持ちにつながります。 若いアンちゃんも、いい大人も、純粋なプロレス好きも、すれっからしの観戦者も、それぞれに胸を熱くした。 プロレスにはそれだけの力があるんだから、それで充分じゃん。堂々と胸を張れば。 |
|||
|
|