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| ■3月27日:第18回 |
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「あなた、今日は何を食べたい?」 妻が夫にそう聞く。一般の家庭ではごく普通の、なんでもない会話だろう。 しかし、これがプロ野球選手の場合は事情が違ってくる。 「あなた、今日は何を食べたい?」 元ヤクルト・スワローズの池山隆寛は、引退後しばらくたったある日、妻にそう聞かれた。プロ野球選手は遠征がしょっちゅうだし、食事の栄養管理は妻にまかせきり。だから現役選手当時は、何を食べたいか聞かれることはなかった。 もう気兼ねなく自由に、好きなものを食べられる、食べさせられる。そんな奥さんの言葉から、池山は自分が引退したことを実感したという。
帯には「野村監督との葛藤、古田との相克、若松監督からの屈辱、コーチへの反抗、清原との絆」とあります。ぼくは池山の引退試合にも駆けつけた人間ですが、なるほど、予想していた内容とはちょっと違う本で良かったです。 もっとバリバリに華やかな現役時代の話がたくさん出てくるのかと思ったら、子供時代から始まって、プロ入り、関根監督の独特の指導法ときて、全盛期はさらっと通り過ぎ、あとは上記の帯の内容を盛り込みつつ、後半はケガとの闘い、二軍落ちの秘話、代打要員としてのプライドとのせめぎ合いなどが、綴られていきます。どちらかといえば、日向と日陰のうち、晩年の日陰の部分にスポットがあてられた本ですね。 故障による二軍落ちと発表されていたものが、実はコーチの一言に対する反発だったとか、盟友・広沢克実がFA移籍した本当の理由だとか、知らないエピソードもたくさんあって満足です。背番号36は、ギャンブル好きの父親が「サブロクのカブでいかんか」と決めたものだった、というのも初めて知りました。 ぼくは神宮球場へ行くと、いつも知らず知らずのうちに池山隆寛を目で追っていました。 これは古田敦也との比較でいうと説明しやすい。テレビでヤクルト戦を観戦しているときは、たいてい自分が古田になっています。うむ、ここは初球インのまっすぐから入って、さてこの見逃し方からいくと、次ももう一球インを突こうぜ、おっと外のスライダーかよ、などと完全に古田目線です。 テレビ画面の中心にいるのはバッテリーであり、相手の打者です。配球のコースもよく見えます。 ところが、これがスタジアムでの現場観戦になると、視界は一変します。ぼくはだいたい一塁側内野席ですが、配球のコースだの球種だのなんてことは球場じゃよくわかりません。横から見ているんだから内角も外角も区別がつかない。古田目線は消滅します。というか、そんな細かいことはどうでもよくなります。 球場で圧倒的に目立つのは、飛んだり跳ねたりする選手です。広いグラウンドを駆け回る選手です。 中学生の高校生の頃、学年にひとりくらい抜群の運動神経を持ったヤツがいますよね。走らせれば速い、球技やらせりゃうまい、身体もでかい、でも俊敏。普通の男子というものは、そんな傑出した運動能力を持つ存在を近くで見ているのが、なぜか誇らしく、楽しいものです。 プロ野球というのは、そんな「おらが町の怪童たち」が日本全国から集まってくる場所ですが、突き詰めればこういうことだと思うんですよ。 おまえは運動が特別に出来るんだから、一生スポーツをやり続けてくれ。仕事なんかしなくていい、会社勤めなんてしなくていい。オレたちがちょっとずつ金を出して資金援助するから、おまえは一生、飛んだり跳ねたりしててくれよ。オレらはその姿を見て、元気になったり、幸せな気分になったりするんだからさ−−。 これがたぶんプロ・スポーツの原点ですよね。音楽や芸術もそうだろうけど。 なんだか妙に話が大風呂敷になってしまいましたが、池山隆寛をグラウンドで見るたびにいつもこれを感じていました。プロ野球というのは、どっちが勝った負けたもいいけど、もっと根本にあるのは「こいつだけはずっとスポーツを続けて欲しいとみなが願う特別な運動能力の持ち主を、身体の続く限り飛んだり跳ねたりさせてあげるためのシステム」なんじゃないかってことです。それが日本の場合は野球という種目なのではないのか。 神宮の一塁側内野席で観戦していると、ピッチャーの後方にはショートストップまたはサードが見えます。池山のポジションです。 投球のたびに長身をぐっとかがめて守備の体勢をとり、三遊間へ打球が飛んだ瞬間にその身体が伸びやかに反応し、シルエットが躍動する。草むらに隠れていたネコ科の肉食動物が襲いかかり、ジャンプするときのような、あのシルエットの流線形の違いがわかってもらえるでしょうか。 そう言えば本にも、高校時代に「黒ヒョウ」の見出しで新聞に掲載された話が出てきますが、陳腐といわれようと、池山の動きからヒョウを連想するのは共通の感覚なんだろうだなあと納得しました。 |
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