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| ■4月28日:第20回 |
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ちょっと古めの話題になりますが、2時間15分25秒という異次元の世界最高タイムを計時した、ロンドン・マラソンのラドクリフについて触れないわけにはいきません。 以前、「マラソンが人生に喩えられなくなった」云々を書きました。今回も深夜のテレビ中継を見ながらこのフレーズを思い出し、もうマラソンじゃなくて別競技のタイム・トライアルだよなあ、すごいけどつまんないし、ぶつぶつ、と文句を言ってました。 呆然とする数字を紹介しましょう。 33分00秒〜33分30秒〜33分00秒〜33分00秒。 なんだか分かりますか。今年のロンドン・マラソンで2位になったヌデレバの10kmごとのラップ・タイムです。ここにラスト2.195kmの7分24秒を足して、2時間19分54秒が合計タイムになります。 なんですか、これは? 33分30秒を一個はさんで、あとは全部33分ジャスト! どうして40km以上走って、10kmごとのタイムが1秒の狂いもなく全部きっかり同じなんですか!? だってマラソンですよ。計量スプーンで砂糖を計るのとは訳が違うんだから。 ラドクリフのラップも付記しておきます。こちらも相変わらず正確でマシーンみたいです。5kmごとを載せておきます。 15:58〜16:02〜16:15〜16:13〜16:06〜16:02〜15:58〜15:55〜06:56。 ランナーが時計を確認しながら走るようになって、マラソンのおもしろみは半減したのではないか。以前からそう感じていました。 この場合の「時計」とは、腕時計をはじめ、ペースメーカーという名の時計や、中継車に表示される電光掲示板など、広く「タイム」のことを指します。と書いてみて、今回のヌデレバさんにペースメーカーが付いていたかどうかの映像の記憶がないぞ。 マラソンというのは、ほれ、先の見えない長い旅路を、不安を抱えながら、このくらいのペースでいいのだろうか、周りの人たちはどうなのかしら、あらお隣の高橋さんが飛ばしているわ、私も苦しいけど付いていかなきゃ、予定通りにはいかないものねと、なんで急に女言葉になっているかよく分かりませんが、本来はそういう競技のはずじゃないですか。だから人生に喩えられるわけで。 しかも、ヌデレバは2位ですよ。自分より前をラドクリフが走っていたのに、なんの関係も干渉も駆け引きもなく、黙々と正確無比なラップを刻み続けたことになります。そんなんだったら部屋でルームランナーに乗っているのと変わりません。 「おおーっと、ラドクリフさんは設定時速19.5kmのルームランナーでついに42kmを走り切りました! 一方、ヌデレバさんは時速19kmの設定で完走、こちらもすごい記録です! 以上、足立区健康センターから中継でお送りしました」 これでいいじゃん。 そもそも今年のロンドン・マラソンは、競技規定をめぐって大会前からすったもんだが伝えられていました。今回、ラドクリフには男子のペースメーカー(正確にはガードランナーだけど、ここでは同じ伴走者という意味で区別しないことにします)が付けられましたが、これが面倒な議論を呼んだらしい。 男女別々のスタートで行われるロンドン・マラソンで、女子選手に男子のペースメーカーが付くのはいかがなものか→今さら何を言っとるか、ペースメーカーなんて常識じゃないか→いや、それはあくまでも男女混合マラソンの話であって、男女別々マラソンの場合はおかしい。記録が出ても公認しないぞ……。 それで調べてみたんですが、どんな条件のレースを公認するかは、IAAF(国際陸上競技連盟)とAIMS(国際マラソン・ロードレース協会)でも見解が異なっていて、さらに各国の陸連の見解にも差がある。ちなみにAIMSのホームページを見てみたら、女子マラソンの世界最高記録は「男女混合ループ・コース」「男女混合ポイント・トゥ・ポイント・コース」「女子単独ループ・コース」「女子単独ポイント・トゥ・ポイント・コース」と、4種類のコース別に表示されていました。なんじゃそりゃ。 えっと、ポイント・トゥ・ポイント・コースというのは特に制限がなく、直線が多くてもOKなコース。ループ・コースというのはカーブがいくつ以上あって、スタートとゴール地点を直線で結んだ場合になんたらかんたらと規定が定められているコース、ということのようです。 これでいくと今回のラドクリフのタイムは「男女混合」なのか「女子単独」なのかよくわかりません。確かなのは、伝統的に男女別々だったロンドン・マラソンが、今回ラドクリフのために特別に、男子のランナーが女子と一緒にスタートしたということです。こんなところにも、今まで守られてきたマラソンという競技の聖域ぽさがどんどん崩れていく様子を感じてしまいます。 あと、片道コースにも難癖をつけたい。まず競技場からスタートし、一般道路に出て、折り返し地点をぐるっと回って、また競技場に戻ってくる。これこそが正しい姿であり、だからこそ「人生の折り返し地点」という比喩もあるのだし、マラソンにおける競技場のトラックは母親の胎内みたいなものではないか。そこから出て最後もそこへ帰っていくのだ……てなことを書く予定だったんですが、字数の関係上、忙しくまとめてみました。本の紹介も次回にします。 「折り返し地点のない片道コース」が主流になったのも、マラソンの趣をずいぶん変えたように思います。 今回の結論。マラソンは時計の所持禁止。ペースメーカーも禁止。できれば折り返し地点を設けること。だって人生には時計がないんだから。なんちて。 |
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