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| ■8月25日:第28回 |
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「甲子園の高校野球が終わったと思ったら世界陸上が始まり、毎日大変でしょう。ところでどうですか、織田裕二は?」 などと挨拶代わりに聞かれるスティーヴですが、大事なイベントがひとつ抜けています。私、体操愛好家なもので、体操の世界選手権は甲子園より優先順位が上でした。 この世界体操、いつもNHKBSが中継してくれますが、マイナーソフトの宿命か放送時間が中途半端だったり、急に時間変更になったりといつも観戦に苦労します。しかし今回は珍しく放送時間も安定し、万全の体勢で堪能することが出来ました。NHKBSさん、ありがとう! 先日のビージーズの2時間ドキュメントといい、この夏はNHKBSに感謝だ! 今大会で明らかになった事実があります。それは、少女は少女であり、成人男子ほど精神的に強くないということです。 今大会の団体決勝は6−3−3で行われました。各国6人のエントリーの中から、各種目ごとに3人が演技し、3人の得点が採用されるというルールです。 団体予選は6−5−4でした。各種目ごとに5人が演技し、そのうち上位4人の得点が採用されるというルールです。 6−5−4なら、ひとりのミスは許されます。点数に反映されず、仲間がカバーしてくれます。しかし、6−3−3だとひとりのミスも許されません。失敗が即そのまま点数に響きます。 このルールの影響がどう出たか。 ひとりの失敗も許されないという重圧は、男子よりも女子に強く現れました。見ているのが気の毒になるくらい、女子団体決勝はどこのチームもミスを連発したのです。しかも技の難易度を落とした末の失敗に見えました。 ひとりはミスしても平気→難しい技に挑む攻めの姿勢をとれる→前向きの気持ちが成功を生む。 ひとりもミスできない→技の難易度を落として安全策をとる→守りの姿勢が失敗を生む。 そんな悪循環です。 周知の通り、女子体操は十代の選手が中心の競技です。ミドルティーンといって良いくらいの年齢層もたくさんいます。少女アスリートたちは、この6−3−3という精神的に厳しいルールに耐え切れなかったようです。 十代女子が成人男子よりも精神的に未熟なのは当たり前だろう、と言われれば当たり前かも知れないですが、こんなに明確に出るとは予想していませんでした。 もしかしたら成人男子のほうが責任感やら自分の役割やらを意識する分、重圧は大きいのではないか。ミドルティーン少女のほうが周囲を気にせず、自分ワールドで取り組める分、6−5−4も6−3−3も関係ないのではないか。 そんなこともちらっと考えていただけに、やっぱり違うんだなあ、十代は十代なりに苛酷な精神的重圧を受けているんだなあと、我が身の想像力の甘さを恥じ入りました。 ちなみに日本女子は予選14位と敗退し、決勝に進めませんでしたが(アテネ五輪の団体出場権も逃しました)、その責任をひとりで感じているかのような石坂真奈美(17歳)の涙のインタビューを見せられると、こっちまで胸が苦しくなってきます。
本の紹介に行きましょう。体操の本といえばこれです。 『うつみ宮土里のカチンカチン体操』。 違いますか。体操の本なんて技術書しか出ていないもので、つい余計なボケをはさんでしまいました。 佐瀬稔『オリンピック ヒーローたちの眠れない夜』(世界文化社)。 オリンピックを描いたスポーツ・ノンフィクション集です。1996年の発行ですから中古書しか入手できないでしょう。この中にあのモントリオール五輪の男子体操、奇跡の大逆転劇が出てきます。 久しぶりに読み返してみましたが、くー、何度思い出しても興奮するなあ。そういえば6−3−3制になると、このときの五十嵐久人のような「わき役が踏ん張ってチームを救う」という物語も見られなくなってしまいますね。 こんな慈悲のないルールは即刻やめて、早く6−5−4に戻してください。第一希望は6−6−5。 |
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