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『裂けた瞳』
高田侑 著
【幻冬舎】
定価 1,680円(税込)
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高田侑『裂けた瞳』(幻冬舎)は、第4回のホラーサスペンス大賞の受賞作だが、主人公神野亮司は幼いころからある発作に悩まされているという設定である。それは、次のように説明される。
「簡単にいうと、おれの脳は誰かの感情を拾うらしい」
「激しい感情を拾った時にあれが起こるということには気付いていた。ただし、その基準はあやふやだった。強い感情を全部拾うわけではないが、距離は大きく影響するらしい。近い場所で起こった感情の爆発は受信しやすい。例えば大切な誰かを失う瞬間や、誰かを殺める瞬間、命に関わってくるようなスパークする感情を受信して、おれの脳はそついの見たものをおれに見せる。感情のほとばしりが光のようなもので見える軽い時もあれば、今回のようにその刹那に見た光景をつぶさに拾ってしまう場合もある」
で、いろいろなことがあるのだが、例によってここではすべて省略して、部下のOL長谷川瞳とのセックスだけを取り上げたい。
「全身でおれは長谷川瞳の体温を感じながら、おれ自身の姿を見ていた。そして彼女の心の景色さえもおれはとらえた。たしかにおれは彼女に触れているのに。おれに見えているのは一心に愛撫する彼女の指とおれの身体だった」
というセックスなのだが、事が終わったあとに彼女はこんなことを言うので、神野亮司はびっくりする。「亮司課長からの電波、めちゃめちゃ受信しました」と瞳は言うのだ。彼女の言葉をもう少しだけ引く。
「あたしのおばあちゃん、『抜け身』だったんです。つまり、超能力者だったの。自由に身体から出られたんです。身体から魂が抜け出て、別の場所へ行けるの」
その「抜け身」は女に隔世遺伝するのだというが、瞳は最後にこう付け加える。
「誰だって怖いの。見えないものを見るのは怖い。亮司課長はうっすらと白く見える。隙間がたくさんあるんだよ。光がたくさん漏れてる。これじゃあ、いろんな『思い』が集まって、いつかたいへんなことになる。変なものを入れたら危ないよ。だから、思ったの。あたしが守ってあげなくちゃ、ってね。安心して。亮司課長、ここにいるんだからね。あたし、ちゃんとここにいるからね。忘れないで。きっと守るから」
あとになって、亮司は次のように述懐する。
「あの夜、おれは舞い上がっていた。まるで奇蹟の片割れと運命の出会いを遂げたような高揚感にとろけていた。ふたりを心ごとひとつに溶かしたようなセックスと、発作の正体を暴くような神秘的な交信。この女と堕ちるところまで堕ちてもいいとさえ思った」
で、そのまま不倫関係を続けていくのかというと、そうはならない。彼女に会いたいと思いながら、亮司はじっと我慢する。いや、一度だけ我慢できずに電話をして会うことになるが、身体の関係はもたない。それには亮司なりの理由があるのだが、それもここでは省略する。
おやっと思ったことを引いておきたい。この小説のラスト近くに、亮司がブランデーをあおって妻の美津江に挑むシーンが出てくるのだ。その前にこの二人の関係を少し書いておくと、それはこんなふうに語られている。
「美津江とは、合コンで知り合った。/とにかく明るい女で、おれはわけもわからず美津江のペースに巻き込まれていた。胸の開いたワンピースと、煽情的に光る口紅と、濡れたみたいな瞳に、たちまちおれは落っこちたのだ。/最初のデートで簡単に寝て、そのベッドの中で『あたしバツイチなんだ』という告白を聞いたおれは、そういうことには無頓着な自分を発見して驚いた」
「毎日のように会った。そして会えば必ず牡と牝とになって肉の関係を楽しんだ。/思えば、あれはお互いに求めるだけの行為だ。求めるだけで与えない交合をおれ達は繰り返した。心を通わすかわりに、ただ欲望を鎮め合うことに費やした時間をおれ達は『愛』と呼んだ」
結局、亮司は年上の美津江の名字を名乗り、彼女の父親が経営する会社に入社する。で、いまはちょっと冷めている。そういう関係である。ラスト近くのシーンにいたるまでの過程も書いておかなければならないが、ようするに長谷川瞳との不倫がばれ、かなり危機的状況にあると思っていただければいい。そういうときに、この男は下着姿になり、ブランデーをあおって妻に挑むのである。その理由はこう説明されている。
「おれの受信する電波は、負の感情だけなのだと長い間信じてきた。まるで人間には、強烈に放電する正の感情など存在しないとでもいうように。しかし四つめの感情を、おれは長谷川瞳から受信した。/それは『喜び』だ。/その経験がおれの発作を変えた。奇蹟の夜がおれの恐怖を破壊した。/あれはなんだったのだろうと、おれは何度も思い出しては反芻したのだ。長谷川瞳という特別な相手によって生まれた、一時的な発火だったのだろうかと。美津江との交合で、それは起こらないのだろうかと」
妻との交合でそれは起こらないだろうかと考えること自体が、この男の性格を現しているように思える。普通なら、妻にたどりつく前に、別の女性との交合でそれは起こらないだろうかと考えるのでないか。そう考えないですか、あなたは。
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