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WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす
50の寄り道読書エッセイ集。
目黒考二著『新・中年授業』
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目黒考二の中年授業

■第53回
かなしみの場所
『かなしみの場所』
大島真寿美 著
【角川書店】
定価 1,575円(税込)
 
 大島真寿美『かなしみの場所』(角川書店)の、果那と亮輔はどうして離婚したのだろうか。それが気になる。

 この長編は、離婚して実家に戻った果那が、雑貨を販売する「梅屋」に出入りする日々を描くものだ。ヒロインがその店に出入りするようになった経緯は次のように語られている。

「専門学校時代、友だちからグループ展に誘われて、小さなアクセサリーをいくつか出品したところ、それらが妙に評判が良くて雑貨屋に卸すのを薦められ、授業の片手間に作っては、持っていくようになった。そうこうするうちに、人づてに篠田さんからの話が舞い込み、アクセサリーだけでなくいろいろな物を作って梅屋に持っていくようになった」

 篠田さんというのは「梅屋」のオーナーで、いや正確に言うなら、もともとは篠田さんと妹のやえちゃんが、母親の残したものを捨てるに忍びないと始めた店で、やえちゃんが伊豆に引っ越してから、「篠田さんが旅先でアジア雑貨や家具にハマったり、篠田さんの旦那さんが、美術学校で教えている友だちから作品を置いてやってくれと頼まれたり」するようになって、現在の店になっている。「梅屋は商売というより道楽だからつぶれたってかまやしないの」と篠田さんは言うけれど、店を手伝っているみなみちゃん(やえちゃんの娘)は、「だめだよ、おばさんはまったくもう」とぷんぷん怒っている。

 そのみなみちゃんが、どういうわけか果那の作る作品を「かなしいくらいにきれい」と気にいってくれて、アドバイスしてくれたり、奥の三畳間で寝させてくれたりする。不眠症の果那は、「梅屋」の暗い三畳間だとよく眠れるのである。
『かなしみの場所』はそういうヒロインの静かな日々を、丁寧に描いていく。果那は幼いころに誘拐されたことがあり、その犯人に会いたいとずっと思っているという事情もあり、ストーリー的にはそういう方向にも進んでいくが、ここでは亮輔とどうして離婚したのか、という1点に絞りたい。

 冒頭近くに、「天使のおじさん、ってだれ?」と亮輔から質問されたときの回想が出てくる。果那が寝言でそう言ったらしい。そのくだりにこうある。「ある時期から、猛然と彼がいやになり、離婚したいと思いつめるようになって、いやいやながらも話し合うようになったら、そんな恐ろしい告白を始めた」。

 その「恐ろしい告白」を先に紹介すると、それは次のようなものだ。
「果那ってさ、眠っていても答えるんだよ、ちゃんと。しっかり眠っているくせに、寝言について質問すると、むにゃむにゃ答えるんだよ。何を言っているのかわからない場合も多かったし、おおむね意味もよくわからなかったんだけど。それにしたって、きみの寝言は尋常じゃない。なにか悩みがあるんだろ? だから離婚なんて言うんだろ?」

 これを聞いたときの果那の反応を、少し長くなるが、引く。
「誘拐にまつわる気持ちについて、私はずっと誰かにしゃべりたい、誰かと話し合いたいと思っていたのに、いざとなるとからきしだめだった。彼の告白を聞いているうちに身体中がむずむずしてきて、そうか彼を嫌いになったのはきっと、このせいなんだと悟った。全然意識していなかったけれど、寝言に質問されているうちに私の神経がまいってしまったのだ。そういう理由が見つかったらちょっとほっとした。なんといっても、一度はとても好きになって、それこそたががはずれたみたいに夢中になって、ぱたぱたと結婚して、めでたしめでたし、これで幸せを満喫できる、そう信じていたのに、ちっともそうならなくて、気づいたら亮輔だけでなく、生活そのものを嫌悪していて、何が何でも別れなくちゃならないと思いつめだしたあたりで、それにしても、いくらなんでも私はちょっと自分勝手なのではないだろうかと不安になり、せめて嫌いになった理由くらい見つけなければと焦ったけれど、理由というならあらゆるものすべてが理由のような気がして、たった一つ、これだ! というものが見つけられなかった」

 ようするに本人も、どうして彼を嫌いになったのかわからないのである。果那と亮輔の仲がどうして壊れてしまったのかを描くのが眼目ではないから、ここではこの二人がどうして知り合ったのかということについても、何も描かれない。新婚旅行でハワイに行ったことや、「優しかったわよ。何でも好きにさせてくれたし」「何でも彼が解決してくれちゃったし。頼りがいはあったの」という果那の言葉を拾うしかない。

 亮輔のあとを追って、カワサキリュウジ君が訪ねてくる挿話もここに並べる必要がある。カワサキリュウジ君はプログラミングの下請けで、亮輔から直接仕事を請け負っていたのだが、亮輔がいなくなり、途方に暮れて訪ねてくる。亮輔以外とは仕事をしたくないんだそうだ。彼は言う。「武藤さんのプログラミングを手伝っていると、なんかこう、自分がしっくりするって言うのかな。ぴたっと嵌まる感じがあるんですよね。僕はそれだけでうれしいんです」

 亮輔は回想シーン1箇所に登場するのみだから、どういう男なのかよくわからないのだが、仕事仲間に、こういう崇拝を受ける男なのである。つまり、すべてが謎に包まれている。だからどうだ、という話ではない。離婚して沖縄に行き、そこでソフト会社を立ち上げた亮輔にも彼なりの言い分があるはずで、それを聞いてみたいと思ったのである。



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