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『間宮兄弟』
江國香織 著
【小学館】
定価1,365円(税込) |
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江國香織『間宮兄弟』(小学館)を読むと、とっても複雑な気持ちになる。
これは題名通り、兄弟の物語だ。兄明信35歳、弟徹信32歳。兄は酒造メーカーに勤め、弟は小学校の職員(教師ではない)。2LDK家賃十三万八千円のマンションに二人で住んでいる。一緒に暮らすぐらいだから、この二人の仲はいい。
しかし問題は多々ある。まず、この兄弟の趣味だ。実に多趣味である。すべてのスポーツ観戦が好きで、音楽を聞くのも読書も好き。模型を組み立てるのも得意で、パズルの類も大好き。中でもサイズの大きいジグソーパズルには燃えまくり、いったん始めると徹夜してしまうばかりか、仕事にさえ行きたくなくなる始末。これだけなら何が問題なのか、わかりにくいかもしれないが、実はこの兄弟、それらを二人でするのだ。どちらかがジグゾーパズルを買ってくると、よおし金曜の夜にやろうぜと、その日はまっすぐ帰り、素早く風呂に入り、パジャマに着替えて、二人で取り組むのである。本はもちろん、別々のものを読むが、読書のあとで感想を述べあうから、これも二人の共同作業と言ってもいい。紙飛行機を作ると、夜の公園に飛ばしに行くし、クロスワードパズルはどちらが先に解くか競争するし、レンタルビデオ屋に一緒に行って、映画を借りてくると週末はテレビの前に二人で座りっぱなし。
くどいようだが、お断りしておくと、35歳と32歳の兄弟である。これ、いささか尋常ではない。たとえ一緒に暮らしていても、週末ぐらいはそれぞれの友人とどこかに行くものではないか。30代の兄弟が、友達と付き合うこともなく、兄弟だけで充足しているのは奇異だ。そうなのである。この兄弟は、そういう生活に満足しているのだ。
ご贔屓の球団まで同じで、兄は6時に帰宅すると試合のスコアを付けるのが趣味。たまに遅くなるときは(そういうことはたまにしかない)、弟が代わってスコアをつけるのである。この兄弟が異なるのは、兄のほうには社内に二人だけ飲み友達がいるが(しかし二人だけ)、弟はまったく非社交的であることと容貌の違いのみ。弟は太っていて、兄は貧相という違いだ。あとはことごとく、一致している。
女性と交際したことがないのも一緒。兄は、好きな子を「心の恋人」にするという方法を中学生のときにあみだして、ずっと片思いの連続。誰にも告げなければ誰にも否定されず、礼儀正しくしていれば嫌われることもない、と考えている。その点、弟は無鉄砲で、あたっては砕けてばかりいて(たとえば、「あなたみたいな無神経な人は見たことがない」「失礼なことは言いたくないけど、はっきり言わないとわからないみたいだから」と1年前に振られたばかりだ)、失恋のたびに新幹線を見に行って孤独を噛みしめている。
そういう兄弟が、女性を部屋に招いてカレーパーティをやろうと一念発起するところからこの物語が始まるのだが、その顛末は本書をお読みいただくとして、そのとき招かれた依子の目に、兄明信がこう映っていることのみ引いておきたい。
「なんとなく口元にしまりがないし、どう見てもスーツ用の白いワイシャツを、チノパンと合わせるセンスもへんだ。しかも細いウエストをさらにベルトでしめ上げていて、ベルトの端が二〇センチ以上あまってたれさがっていた。気弱な印象で、語尾がよく聞きとれなかったし、何事につけはっきりしたものを好む依子には、明信の態度はもどかしく苛立たしく、もしももっと親しい間柄ならば、しっかりしなさいと言って背中のひとつでもたたきたくなるところだ」
そう見ているのは依子だけでなく、この兄弟を見知っている女たちの意見を総合すると、以下の通りになる。
「恰好わるい、気持ちわるい、おたくっぽい、むさくるしい、だいたい兄弟二人で住んでいるのが変、スーパーで夕方の五十円引きを待ち構えて買いそう、そもそも範疇外、ありえない、いい人かもしれないけれど、恋愛関係には絶対ならない」
これを読んで、複雑な気持ちになるのは、この兄弟が親孝行であることだ。母親の誕生日には東京に呼んで、食事を御馳走するのだ。だから母親は嬉しい。いい子だと思っている。その母親の回想も引く。
「仕事を離れれば、龍男は子煩悩な父親だった。息子たちを連れて野球場に行くことを楽しみにしていたし、彼らが小学生のうちは、夫みずから勉強をみてやっていた。弟の徹信が自転車に乗れるようになるまで、毎日練習につきあったりもした。順子なら、じれて諦めたところだ」
つまり、両親に深く愛されて育った兄弟なのである。本人たちが満足していて、親もいい子だと思っているのなら、他人が口を出す筋合いではないが、しかしなあという思いは禁じえない。息子が、「恰好わるい、気持ちわるい」という印象を他人に与えているというのは、親として結構辛い。私なら耐えがたい。
兄弟は仲良くあってほしいという気持ちはもちろんあり、その仲がいいのは嬉しいのだが、そのかたちがこういうのは勘弁してほしい。依子同様に、「しっかりしなさいと言って背中のひとつでもたたきたくなる」。野球場に連れていったこともなく、勉強を見てやったこともなく、自転車に乗れるようになるまで練習に付き合ったことのない父親の言うことではないけれど。 |