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WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす
50の寄り道読書エッセイ集。
目黒考二著『新・中年授業』
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目黒考二の中年授業

■第62回
コロラドの血戦
コロラドの血戦
クリントン・マッキンジ− 著
熊谷千寿 著
【新潮社】
定価 900円(税込)
 
 文庫増刊号の原稿を書くために、2004年に刊行された文庫リストを見ていたら、そこに西村寿行『風は悽愴』(徳間文庫)の書名があった。ずいぶん昔に講談社文庫で刊行され、長らく絶版になっていた動物小説の傑作である。私の記憶に間違いがなければ(これがよく間違えるんだけど)、傑作短編集『咆哮は消えた』の表題作の長編化だ。西村寿行は動物小説の名手で、他にも『聖獣鬼』という傑作作品集があるが、その中でも『風は悽愴』をベストにするのは、これが犬小説の傑作だからである。

 私、犬が出てくる小説に極端に弱い。これまでに読んだ犬小説のベスト十でもここに並べれば大変わかりやすくなるのだが、記憶力に自信のない私はさっぱり思い出せないので割愛。最近読んだ犬小説の話を書く。

 いや、正確に記すと、これは犬小説ではない。ただし可愛い犬が出てくるのだ。クリント・マッキンジー『コロラドの血戦』(熊谷千寿訳/新潮文庫)。名前はオソ。可愛いといっても小さな犬ではない。熊のように巨大で荒々しい犬だ。この長編の主人公アントニオ・バーンズは、ワイオミング州検事総長事務局の一部署である犯罪捜査部の麻薬特別捜査官で、麻薬密売人のアジトに踏み込んだとき、虐待されていたオソを発見し、そのまま引き取ることになる。虐待されていたからオソは人間不信で、アントニオが何週間も愛情を注いで、ようやく触っても噛まないようになったところ。それでも他の人間には触らせないし、ときにはアントニオでもあまりいい顔をしない。

 この主人公は謹慎中だが、それも麻薬密売人のところに買われていたオソを、どれだけ凶暴なのかを確かめるためだけに刃の鋭いシャベルでつついていた警官を打ちのめしたからである。そのときの心境を、アントニオはのちにこう述懐している。

「私はその怪物を自分の元に引き取った。潜在意識のどこかで、オソが兄とだぶっていたのだろう」

 兄ロベルトは一般的には薬物依存症の人間だが、アントニオに言わせれば「卑劣な行為の残虐性を許さない」正義派であり、母に言わせれば「あの子は、完全に自由で、完全に野放しの世界で生きてきた。お父さんもむかしその世界に足を踏み入れていたのよ」ということになる。つまり、「首輪をすり抜けた気性の荒い子犬のように、生まれながらにして、両足とも境界線を超えていた。ロベルトの行動は、ほかの者たちが社会に慣らされたり、気後れしたりして表に出さないようなあらゆる欲望と衝動にもとづいていた」ということだ。ロベルトは解き放たれた犬なのである。歩くだけで女性たちが振り返る容姿の持ち主で、自由気儘に生きている自由人。素手でクライミングする姿は自殺したがっているんじゃないのかと言われるほど大胆で、しかし大胆なあまり、世の中の規範にも従わないので、何度も逮捕され、それをまったく後悔しない男だ。

 合衆国空軍大佐の父とロベルトの間には確執があり、その仲をとりもつためにアントニオは父と兄をさそって、親子三人のロッククライミング旅行に出かけるのが冒頭。この親子はロッククライミング家族なのだ。その旅先で思わぬ謀略の渦に巻き込まれていくというのがこの長編のストーリーなのだが、待ち合わせ場所に遅れてやってきたロベルトが(このオートバイでの登場シーンもカッコいいのだが)オソと初めて会うシーンを引く。

「父や私が警告するまもなく、ロベルトが片手を伸ばした。しばらく目を金色の溝のようにすぼめ、歯を剥きかけたときのように唇をあげて、オソがロベルトをじっと見つめていた。そして、黒い唇が、食いしばっている長い牙の上にだらりと垂れた。オソがざらついた舌でロベルトの指をなめた。たまげた。オソがロベルトの手を食いちぎるのではないかと思っていたのだ。私は後ずさり、二匹が互いを見つめているさまを見ていた。オソの耳がうしろに倒れはじめ、笑みが浮かんだ。ふたりは互いを認めているようだった。同じ野獣だと思っているのかもしれない。同じハラから生まれ出たオオカミの子たちのようだった」

 このロベルトが殺人事件の容疑者として逮捕され、その無実の罪を証明するために証人を追うアントニオとオソの活躍が始まるのだが、「どんな犠牲を払ってでも家族への忠誠を優先しろ」という父の教えが物語の中で活きているのがミソ。おお、ラストを書きたい。父親に電話した段階で、そのラストはだいたい推察できるけれど、しかしここではやっぱり控えておこう。ようするにこれは、家族小説なのである。そう書くにとどめる。

 オソはその家族の一員なのだ。訳者あとがきによると、これはシリーズの第一作らしい。アメリカでの出版順序は逆だが、内容的にはこれが、アントニオ・バーンズ・シリーズの第一作とのこと。いやはや、楽しみなシリーズだ。

 散弾銃で撃たれたオソを避難させ、しばらくしてからそのオソのところにアントニオが戻っていくシーンを最後に引いておく。

「私はオソを残してきた細かい砂の浜辺へと、水を飛び散らせて走った。オソはまだそこにいて、横向きに寝そべって、激しくあえいでいた。胸から発している低いうなりがずっと続いていた。ショック状態にあるのだろうと思った。鼻をなでると、オソが私の手をしばらくそっと噛んでいた。そして、軽く力をいれ、痛いことを私に知らせた」

 ね、可愛いでしょ。オソの次なる活躍を早く読みたい。



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