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WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす
50の寄り道読書エッセイ集。
目黒考二著『新・中年授業』
発売中!

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目黒考二の中年授業

■第64回
ロックンロール・ウイドー
ロックンロール・ウイドー
カール・ハイアセン
文春文庫
定価 930円(税込)
 
 カール・ハイアセン『ロックンロール・ウイドー』(田村義進訳/文春文庫)の主人公ジャック・タガーは新聞記者なのだが、若者関係でわからないことがあると、カーラに聞きに行くことにしている。カーラはジャックの元恋人アンの娘で、彼女とは今でも友好関係にある。で、いつも別れ際に「きみのママはどうしてる?」と尋ねるのだ。つまり、ちょっぴりどころか、まだ大いに未練がある。

 だから、アンが旅行に行くと聞くと、誰と行ったのか、とても気になる。「きみのママが誰とイギリスに行ったのか教えてくれないか」とカーラに迫るのである。「真実が知りたい? それとも嘘のほうがいい? まず最初にどんなひとなら耐えられるか教えて」。 このあとの会話がいい。そのくだりを引く。

「医者、弁護士、大学教授−−もう少し正直に言うと、著作のない大学教授」
「要するに、物書きじゃなければいいってことね」
「基本的にはそうだ」
「じゃ、嘘をつかなくちゃいけない」
「嘘だろ。アンは物書きとロンドンへ行ったのかい。新聞記者?」
「ノー」
「詩人? 小説家? 劇作家?」
「小説家だよ」
「まさか。名前を聞いたらわかるかな」
「わかるかも」
「だったら、名前は言わないでくれ」

で、その作家の本を読み、いろいろ調べたあげく、こうカーラに言う。

「あのバカの本名を知ってるかい。シャーマン・ウィルトっていうらしい。きみのママはシャーマンと結婚しようとしてるんだぜ。作家になるまえは、車のセールスマンをしていたらしい」

 さらに、彼の小説を読んだ感想も述べる。「クズ本だ。とても読めたもんじゃない」

 このジャックのもとからアンが去ったのは、ジャックが死の妄念にとりつかれた男だからで、自分がいつ死ぬのかここまで大騒ぎしたら、恋人に去られても仕方あるまい。40歳で死んだのはカフカとエドガー・アラン・ポー、44歳で死んだのはフィッツジェラルドと、自分の誕生日が来るたびに、著名人の死を引き合いに出して、怯える男なのである。

 もう克服してから大丈夫だとアンに言うシーン。アンはこう言う。

「でも、あなたが四十七歳になる土曜日には、きっと同じことの繰り返しになる。今年はケネディとエルヴィスだった。来年もかならず誰かがいる」

 このあともケッサク。「言ってくれ。おれが大騒ぎしそうな誰が四十七歳で死んでいるんだ」と、ジャックが焦ると、やっぱりねという顔をして、アンが言う。「ジャック・ケルアックよ」。ジャックの反応は、ただ絶句。「うぐぐ」

 ね、いいでしょ。これだけでこの小説の美点が立ち上がってくる。つまり、軽妙で、絶妙なのである。しかしここまでは今回の枕。実はこのジャック、新聞社が買収されて、組織が改悪されたとき、オーナーを公然と批判したために死亡欄担当に左遷された身である。その上司が年下の女性エマ。彼女はこんなふうに描写される。

「エマは若く、強烈な上昇志向を持っている。窓つきの専用オフィスと、押しも押されもせぬ権力の座と、自社株の購入権を手に入れたがっている。/かわいそうに。もっと自分に向いている仕事があるだろうに。たとえば靴屋の店員とか。だが、何をどんなふうに言っても、本人は聞く耳を持っていない」

 このとき、ジャックは次のように考えている。

「エマはわたしが地下牢から脱出する可能性に怯え、うろたえている。それをキャリアの危機と考えている。エマに与えられた任務のひとつは、わたしを徹底的にへこまして、救済の見こみはないと思わせることにある。いちばんいいのはわたしを馘にすることだが、それは不可能なので、次善の策として、わたしのほうから愛想をつかして会社を辞めるように仕向けているのだ。そうは問屋がおろさない」

 ここを読むかぎりでは、エマがイヤな女で、この二人が敵対関係にあると思うところだが、徐々に違う局面が露呈してくる。たとえば同僚は、「ジャック、あんたは誤解している。エマはあんたを破滅させたがってるんじゃない。あんたという人間がわからないので、なんとか理解しようと努力しているんだ」と言うし、別の同僚は、ジャックとエマが恋仲になると予言する。編集室での口論が「必要以上に激しすぎる」というのがその根拠。ようするに、憎からず思っているからぶつかるというパターンだ。いったいどちらなのかこの段階ではわからない。

 おやっと思うのは、エマにぶつかるときのジャックの述懐だ。彼はこんなふうに思う。「どうしてひとの神経を逆撫でするようなことばかり言うのか自分でもわからない。いらだちからか。不安のせいか。それとも自意識過剰なのか。だが、何に対して?」

 こうなると、もう怪しいですね。何かあるたびにエマの家を訪れるのもヘンだ。それはロック歌手の死を調べる過程で、打ち合わせという名目はあるのだが、本当に嫌いなやつなら、そう訪ねていかないだろコノ。

 この二人の仲がどうなっていくかは、ここに書かない。この小説が教えるのは、友情以上恋愛未満の関係がいちばんいいという真実だ。友情だけではつまらない。しかし、恋愛になってもまたつまらない。その過渡期の、ほんの一瞬だけが、一瞬だからこそ、素晴らしいのである。



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