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WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
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目黒考二著『新・中年授業』
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目黒考二の中年授業

■第67回
オレたちバブル入行組
『オレたちバブル入行組』
池井戸 潤 著
【文藝春秋】
定価 1,750円(税込)
 
 半沢直樹が何も言わないので、わたしが代わりに言っておく。取引先が倒産して、融資課長の半沢は大変なのである。実際に融資をゴリ押ししたのは支店長なのに、半沢が責任を取らされそうなのだ。それなのに、半沢の妻花は、こう言うのである。その三連発はこうだ。

「支店長さんが悪いんじゃない。なんでそうはっきりいわないのよ」
「銀行って、そういうことよくあるんでしょ。自分のミスを部下のせいにしたり、そういう話、しょっちゅう聞くわ。あなたが、詰め腹を切らされないとどうしてわかるの?」
「もう、私たちの人間関係を断ち切って大阪に来てるんだからね、がんばってくれなきゃ困るわ」

 で、半沢はこう述懐する。

「私たち、というのは花と、長男の隆博のことだ。小学二年生に何が人間関係だと思ったが、そんなことをいっても始まらない。かつて大学の後輩だったときにはしおらしかったのに、いつのまにか偉そうになり、いまや子供を人質にして、半沢のことより、自分たちの都合を優先させる女である。半沢が出世して高給を維持し、「あなたのご主人すごいわね」といわれればそれで満足という、浅い考えも透けて見えるから腹が立つ」

 ところが銀行では歯に衣着せぬ半沢も、花を相手にすると歯切れが悪くなる。

「私たちだって、嫌な思いをするのよ。そういうことも考えてよね。最低でも部長ぐらいにはなるっていったじゃない」
 と言われても、何も言えないのである。だから、私が代わりに言っておく。その言いぐさはないだろお前。

 書名の紹介が遅れてしまったが、池井戸潤『オレたちバブル入行組』(文藝春秋)だ。銀行員小説である。バブル・ピークの狂乱が始まる直前に、銀行員となった半沢の、バブルがはじけたあとの苦闘を、巧みな挿話で描いていく長編小説だ。

 上司は責任を取らないし、無能な人間が監査にやってくるし、人事は派閥政治で動いているし、夢を抱いて銀行に就職してきた仲間も、夢破れて去っていくケースが多い。その悲惨な現実を、これでもかこれでもかと描いていくのだ。

「夢を見続けるってのは、実は途轍もなく難しいことなんだよ。その難しさを知っている者だけが、夢を見続けることができる。そういうことなんじゃないのか」

 という半沢の言葉でこの物語は終わっているが、そういう一筋の希望を描くことで本書は辛うじて娯楽小説として成り立っているものの、しかしこれを読むと銀行員になろうと思う人間はいなくなるのではないか。どこの会社も同じだと言われたらそれまでだが、ホント、お父さんは大変なのである。

 それなのに、この妻はこんなことを言うのだ。責任を取らされそうになって半沢が出向されそうになると、たたみかけてくる。その3連発をいく。

「給料はどうなるの。出向したらもう上がらないんじゃないの。家のローンだけじゃないのよ。これから隆博の教育費だってかかる。両親たちだって、いつ病気になって面倒みなきゃいけないかも知れない。大丈夫なの」
「あなたはそれでいいかも知れない。だけど、その結果、私たちの人生が左右されるとしたら、これが考えずにいられる? そうでしょ。大問題よ」
「私はあなたのために、こっちへ転勤してきたのよ。会社だって、骨を折ってくれたのに、そんな言い方はないんじゃない? お茶なんて自分で淹れてよ」

 ちなみに、この妻花は結婚した今も広告代理店に勤めている。しかし、お茶くらい淹れてくれ!

 この長編は、融資した5億円を回収するために奮闘する半沢の苦闘を描いていくのだが、それはどうでもよろしい。問題は、この妻花だ。

 たとえば、支店長浅野の妻利恵がいる。夫の様子がおかしいと子供たちを東京に帰し、「ごめんなさい。だけど、もう一晩だけここにいさせて。お願いです」と、夫のもとに残るのである。で、銀行に訪ねてくる。

「子供たちがどうしても主人に会いたいと無理をいいまして、土曜日から。子供たちは昨日帰しましたけど、私だけは、一度、お店にご挨拶にあがりたくて、今日まで残りました。あの−−最近、お仕事大変なんでしょうか。どうも、主人に元気がないようなので、心配なんです」

 眉根を寄せた浅野の妻は見ていて痛々しいほどに本気で、半沢は言葉に窮する。で、浅野の妻はこう言うのだ。
「こんな人ですけど、よろしくお願いします、半沢さん」               
そのくだりを引く。
「妻は、やおら半沢の手をとって握りしめた。その指先から意外なほど強い力が伝わり、半沢を驚かせた。生真面目そうな顔の中で嘆願するような目が半沢を見ている」

 この利恵も、自分と子供の生活を守るために必死だと言えなくもない。しかし、夫が何も話さなくても、空気を敏感に察知するほど、彼女は夫のそばにいる。小悪党の妻のほうが聡明だというのは皮肉だが、おそらく半沢の妻花は夫のそばにいないのだ。亭主がいま何を感じているのか、この利恵のように考えようとはしていないのだ。結果だけがあればいいのである。

 半沢直樹はどんな逆境もはね返すほどのやり手で、今後もあらゆる妨害にもめげず自分の夢を実現していくだろうが、私生活のほうは不幸のままだなと思うと、この男にかぎりない同情の念を禁じえない。それでいいのか直樹!



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