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WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす
50の寄り道読書エッセイ集。
目黒考二著『新・中年授業』
発売中!

『新・中年授業』 詳細はこちら
目黒考二の中年授業

■第68回
フライング・タワー
『フライング・タワー』
亀石征一郎 著
【アーティストハウス】
定価 1,680円(税込)
 
 亀石征一郎『フライング・タワー』(アーティストハウス)の中ほどに、唐木慎也が銀座のゲイバーに入る場面がある。中東の某国大使のあとをつけたらその店に入ったので、唐木も入っていくのだが、なぜ大使のあとをつけていたのかは本書をお読みいただきたい。しかし、この唐木慎也がどういう男であるかだけは、少し説明しておかなければならない。

 元俳優である。テレビの刑事ドラマで活躍していたのだが、不倫相手との仲を暴露され、「茶の間の主婦を裏切った正義派」として糾弾され、ようやく軌道に乗った番組からおろされ、いまでは生活費の工面に東奔西走する日々。女房は寝たきりで、二人の子供もまだ幼く、マンションのローンも残っている。不倫相手の産んだ子供の養育費を送らなければならない。そういう境遇にいる男だ。

 そこに、合法的に保険金を遺族に渡す方法がある、と謎の組織が近づいてくるのがこの長編の発端で、組織の用意した宿舎にいくと、唐木と同じ境遇の人間が他に十人もいる。で、奇妙な共同生活が始まるのだが、うーむ、ちょっとわかりにくいですか。実はこの小説、この先はもっとねじれてくる。唐木とその仲間たち、十一人で東京タワーを乗っ取る話になるのだ。まあそれは本書をお読みいただくとして、唐木が銀座のゲイバーに入る場面である。

 大使は、和服の似合う小太郎姉さんにいれあげているらしい。唐木がその大使をずっと見ていると、唐木の席についたエリカは勘違いして、「だめよ、小太郎姉さんは。アラブの王様と勝負したって、かないっこないでしょう、小太郎姉さんには、オイルダラーが注ぎ込まれているのよ」と言う。

 その小太郎姉さんが唐木に近づいて、「お久しぶり」と言うのが次の展開だ。唐木はまじまじと彼女の顔を見るが、知り合いではない。「憶えていないでしょう」。こんな美人なら忘れるはずもないのに、と唐木は遊んでいたころのことを懸命に手繰り寄せる。すると、和服美人はこう告げる。

「赤坂、エレクティオン、どう、思い出した?」

 そのエレクティオンというのは、唐木が十三、四年前にフロアマネージャーをしていたクラブだ。女の子と遊び倒していたころだ。しかしまだ思い出さない。和服美人は付け加える。「私、あの時、十五歳だったのよ」

 途端に、唐木の頭に、さまざまな思いが蘇る。

 エレクティオンのフロアに、女の子に混じって、可愛い少年が一人いたような気がする。黒いサテンのパンツに、白いフレアの入ったブラウスを着た美しい少年が見事なステップでジルバを踊っていた、ような気がする。そして誰かの部屋で大麻を廻し呑みし、
「体の毛穴の全てから入り込んで来るような昂揚感があり、女達が皆、とてつもなく美しく見え出して、そう、あれは少年だった」。
 そのくだりを引く。


  セミダブルのベッドの中で、唐木はなめらかな背中に、そっと唇を押し付けていた。 少年は透き通るような首筋を震わせて、一生懸命苦痛に耐えながら、
 「ねェ、僕のこと好き? ねェ、僕のこと好き?」と何度も聞くのだった。

 小太郎は「貴方のテレビよく見ていたのよ。元気そうでよかったわ。最近ブラウン管でお見かけしないので、心配してたのよ」と言い、「来年になるけど、私、赤坂にお店を出すの。ホラ、あそこの王様がパトロン」と付け加えて、とても男の指とは思われないしなやかさで、帯に手をやると、粗く漉いた、和紙の名刺を一枚取り出す。

 この小太郎が登場するのはもう一ヵ所。小太郎の店がオープンして唐木が訪ねていく場面である。「王様は一緒じゃないのかい」と言うと、「もしかしたら、妬いてくれているの?」と小太郎の目が妖しく光る場面だ。

「多分な」「嬉しい!」といったやりとりがあったあと、小太郎が「抱いてくれる?」と小声で呟くのが次のシーン。「うん」と返事して唐木が顔を赤らめ、「本当! 今、これから?」と小太郎が立ち上がる気配をみせたときに邪魔が入って、結局この小説に二度と小太郎は登場しないのだが(物語は急展開して、それどころじゃなくなるのだ)、しかしそのとき、邪魔が入らなければ、この二人はどうなったのか、なんだかすごく気になる。 唐木と再会するまでの十数年間に、小太郎にどんなドラマがあったのかも知りたいが、もしも唐木たちに東京タワーを乗っ取るという計画がなかったら(つまりその後の物語が急展開しなければ)、はたしてこの二人はどうなったのだろう、と考えると、思いはあらぬ方向に馳せていくのだ。

 だからどうだ、という話ではないのだが、小説で描かれなかった部分が、私はいつも気にかかるのである。




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