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『天使の背徳』
アンドリュー・テイラー 著
越前敏弥 訳
【講談社文庫】
定価 1,000円(税込) |
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アンドリュー・テイラー『天使の背徳(越前敏弥訳/講談社文庫)の主人公デイヴィッド・バイフィールドが何歳であるのか、本書中にその記載がないのでよくわからない。この男は前作『天使の遊戯』で老司祭として登場していると訳者あとがきにあるので(つまり今回はその若き日の出来事というわけだ)、そちらを見ればわかるのかもしれないが、ただいま本が見つからないので、確認できない。したがってここでは中年ということにしておく。娘のローズマリーが17歳なので、40代前半だと思うのだが。
この男がヴァネッサと初めて会うシーンを引く。
「五番目の客人で真っ先に目を引かれたのは、髪だった。艶やかな栗色で、ウエーブがかかっている。その女性がこちらを振り向いたとき、背後の夕日が揺れて見え、顔のまわりに光の環ができた。襟にひだがあしらわれた、袖丈の長い薄手の綿のロングドレスを着ている。つかの間、落陽のおかげで、ドレスが透けて感じられた。肢体が色濃く目に映り、内股の輪郭が脚の付け根までわかる。身にまとった布など見えないも同然だった」
ドレスが透けて見えるのは、けっして落陽のおかげではなく、この男の欲情のためであることがすぐに判明する。続けて引く。
「握手を交わした。突如として欲情を覚え、ほんの一瞬動揺した。こんな事態には慣れている。幾年にもわたる修練によって、波を乗りこなすサーファーさながらに心の乱れを御する術を身につけてきたから、熱気はすぐにおさまる。感情に溺れるのを避ける方法のひとつは客観に徹することだ。数秒のうちに、相手の面立てのよさに気づいた。美しいというより人好きのする顔だ。血色がよく、鼻筋はなだらかな曲線を描いている」
幾年にもわたる修練、というのは、妻が死んでから十年以上も禁欲を守っていることを指す。ところがヴァネッサを見た瞬間に、その禁欲の決意は崩れてしまうのである。先を急ぐと結局この二人は結婚することになるのだが、結婚が決まってからも、彼女の体を見るだけで、「欲情が飢えに似た感覚を呼び起こし、満たされぬ空虚が悲鳴」をあげるから、デイヴィッドの欲求はすさまじい。牧師といえども人間であるのだから、この欲情が悪いわけではない。しかし、問題はこの先だ。
ヴァネッサと結婚したものの、この彼女はあまりセックスに熱心ではなく、デイヴィッドの要求になかなか応じない。そういうときに隣に越してきたのが、ジョアンナだ。娘のローズマリーよりも少し上くらいの年齢で、つまりデイヴィッドの娘といってもおかしくはない年頃の女性である。そのジョアンナに、この男はまた欲情するのである。
彼女が恐怖におびえて、この牧師の胸に顔をおしつけるシーンから引く。
「ふたたび胸に顔をうずめてくる。わたしは無意識のうちに顔をさげ、彼女の髪のにおいを嗅いだ。ああ、主よ。程度こそ定かではないが、わたしの胸には淫らな興奮がうごめいてさえいる。ヴァネッサと最後に愛を交わしてから、長すぎる日々が過ぎていた」
おいおい、と言うのはまだ早すぎる。その直後に娘のローズマリーと歩く場面も引く。
「わたしたちは途切れ途切れの低木に沿い、大小の木々が生い茂る深緑の塊をめざして進んだ。雨のせいでローズマリーの髪は平らかになり、服が体に密着している。顔は見えない−−見えるのはその肢体と、歩みにともなって軽快に揺れる尻だけだった。欲情のざわめきを感じた。ゆうべジョアンナの体に腕をまわしたときと同じ感覚だ。しかし、今回のほうがはるかに性質が悪い。ローズマリーはわが娘なのだから。いったいどうしたのか。欲情に嘔吐感が入り混じる。わたしは地面を見つめた。ヴァネッサと最後に愛を交わしてから、長すぎる日々が過ぎていた」
ヴァネッサと結婚することで、一度禁欲の誓いを破ると、もう止めようがないのだ。若い娘に欲情し、自分の娘にすら欲情を覚えてしまうのである。困った男である。
ジョアンナからキスを迫られ、応じたあとに、いくらなんでもこれ以上はまずいと身を引くくだりにこうある。「交接は最後の段階であり、あともどりはできない。幾度となく誘惑に屈してきたが、この点についてはまだためらいが−−筋は通らないが強烈なためらいがあった」
そのシーンから引く。
「でもなぜ? あたしが欲しいくせに」ジョアンナの手が両脚のあいだをまさぐった。 体の反応はあまりに正直で、とても否定はできなかった。「どこでもかまわないの。あ なたさえよければ、ここでいい。いますぐに」
こんなことをされて、言われて、はたしてこの男が我慢できるのかどうか。ためらいはたぶんすぐに消えてしまうだろう。
中年というのはまことに難儀な年齢だ。体の欲求を押さえきれないのだから、厄介だ。しかし、その苦しみがいいのだと今となっては思う。老境に入ってしまうと、もうなんだかすべてが面倒くさい。熱い塊が体の中から消えてしまうと、その中年の悩みと苦しみがひどく懐かしく思えてくるのである。 |