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藤田宜永『幸福を売る男』(角川書店)の主人公、上條真二郎は54歳である。建設会社の研究所で耐震構造の研究をしていたが、リストラにあって失職。同時に、妻の理美から突然離婚を言いだされ、一人住まいを始めるのがこの長編の発端だ。
大学時代の同人誌仲間で、いまは出版社の重役である石山が、生計を得るために官能小説を書くようにすすめ、やってみようかと思いはじめるところから始まっていく。偶然の多い小説なので、ちょっと人にはすすめにくいが、おやっと思ったのは、村越佐弥香の登場からだ。
漫画雑誌の編集者で、29歳。かなりの美人である。石山の紹介で会うのだが、石山と別れて二人きりになると、
「私、お腹が空いちゃった。付き合っていただけません?」
と誘ってくるのである。さらに、レストランに入ると、
「私が結婚するとすれば、普通に考えたら三十代の男でしょう。でも私の周りの三十代って頼りない奴ばかり。結婚どころかお付き合いする気にもなれない」
と言うので、真二郎が、「四十代だっていいじゃない」と言うと、「その歳で、まともな男は大概妻帯者です」と答えが返ってくる。まあここいらまでは普通の展開といっていい。おやっと思うのは、次の展開である。村越佐弥香はこんなことを言うのだ。
「私、ぐんと歳の離れた人がいいの」
彼女は、妻と別居中の51歳の男と同棲していて別れたばかりだという。で、真二郎を口説きだすのである。こういう積極的な女性がいないわけではないが、驚くのはその先である。石山のほうがずっとカッコいいのに、と思う真二郎に、この若い娘は、「私、素敵な人は趣味じゃないの」と言うのだ。続けて、村越佐弥香の言葉を引く。
「ごめんなさい。そんな言い方、失礼だと思うけど、上條さんに本当の気持ちを伝えるためには、そういう他ないでしょう」
「さっき、同棲していた五十一歳の男がいたと言ったけど、その人も、普通に言ったら、どこもいいところがない人だった。見てくれもよくなかったし、小さな会社の経理担当だったから、お給料も私より少なかったし」
おやおや。思わず、真二郎が「そんな男のどこに惹かれたわけ」と尋ねるのも当然だろう。すると、驚く答えが返ってくる。
「しょぼくれた感じ」
さらに、佐弥香はこうも付け加える。その日、初めて真二郎に会ったときの印象だ。
「その時、私、ビビっときちゃった。こういっては何だけど、石山さんみたいにばりっとした恰好してないし、靴も汚れてよれよれだし、何だか自信なさげな、おどおどした態度を取ってるし」
「私は、うらぶれたサラリーマンが好きなの。朝のラッシュ時や、終電にそういうサラリーマンを見かけると、何か感じちゃうの」
素敵じゃないから好き、と言われても対応に困ってしまうが、本当にこんな女性がいるんでしょうか。「きっと精神的欠陥があるんだと思います。でも、今さらどうしようもないでしょう」と言うのだが、普通に考えれば、理解しがたい女性といっていい。
真二郎は、ダンサーの摩耶に惚れているから、事態は複雑になっていくのだが、それはこの際おいておく。その摩耶が「私と同じ年頃の女は、大概、胸キュンが苦手よ」と言うくだりにも興味はあるのだが、それも別の機会にしよう。真二郎の娘が51歳の男と結婚したいと言いだして、その皮肉が物語を複雑にしていることもここでは触れないことにする。問題は、佐弥香だ。
真二郎が送っていくと、「美味しい日本茶があるの。それ飲んでから帰ればいいでしょう」と誘われ、部屋にあがると「キスして」と迫ってくるし、そうなるともう止められなくなるのも致し方ない。この若い娘はたぶん、しょぼくれ男をいつもこんなふうに積極的に落としているのだ。
「あなたの世代の女の人が、みんなあなたのように考えてるわけじゃないんでしょう。そうだったら、世の中の中年男は、みんな幸せになれる。リストラされた男たちも元気を取り戻せる」と真二郎が言うように、しょぼくれた感じが好き、というのは中年男にとって希望の星といっていいが、だからといって、しょぼくれたままでいいのだと勘違いすると、しっぺ返しを食らうだろう。その特異な性格は、特異であるぶんだけ常識からかけ離れていることもたしかなのだ。真二郎の窮地は、その道筋を示している。別に真二郎が勘違いしたわけではないのだが。
カッコいい中年でなくても、いやまったく逆のほうがモテるというのは、たしかに我々に希望を与えてはくれるけれど、正直に言えば、そういう希望を抱かせないで欲しいのである。せっかくすべてを断念し、平穏な境地にたどりついたところなのだから、いまさら心をかき乱さないで欲しい。そういう生臭いこととようやく縁が切れて、ある意味でほっとしている中年男を目覚めさせないでくれ。わかったか佐弥香。
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