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トマス・H・クック『蜘蛛の巣のなかへ』(村松潔訳/文春文庫)は、主人公のロイ・スレーターが二十数年ぶりに故郷に帰ってくるところから始まる。余命いくばくもない父親の最後を看取るために彼は帰郷したのだが、そこに弟の思い出が重なっていく。それはこんなふうだ。
「アーチーといえば、すぐに思い出すのは、いつでもジーンズに白いTシャツという恰好で、ギターをかき鳴らしながらカントリーの曲を小声でうたっている姿だ。ぼくの記憶のなかでは、彼はいたるところにいた。ポーチの階段やキッチンのテーブルに坐っていたり、下着姿でベッドに坐りこんで暇そうに漫画本をめくっていたり、ときには、十七歳になったころだったが、裏のドアのそばに立ち、ジーンズのポケットに両手を突っこんで、ゴミのちらかった裏庭をじっと見つめていたりもした。おそらくグロリアのことを考えていたのだろう。彼の頭のなかでは、愛が鞭みたいにビュンビュンうなっていたにちがいない」
その弟アーチーが遠い昔に自殺したことが、徐々に明らかになっていく。再度引く。
「こどものときから、ぼくはアーチーの無邪気な、警戒することを知らない性格に気づいていた。たったふたりの小集団のリーダーはいつもぼくで、ぼくがいないと、弟はなにもできなかった。父はいかにも父らしい情け容赦ない言い方で、こんなふうに言ったものだった。〔あの子がおまえなしにやったただひとつのことが殺人だったな、ロイ〕父がそう言うたびに、その言葉がぼくの脳裏に焼きつけられ、郡道1411号線の坂をのぼっていく自分の古いシボレーのヘッドライトが目に浮かんだ。高い緑色の生け垣のそばに停まっていたアーチーの黒いフォード。そのリア・バンパーがキラリと光り、アーチーはハンドルの上にかがみ込んで、緊張し、途方にくれ、行動を起こす覚悟をしたのにそうできずにいた。彼がささやいた言葉がいまでもぼくの耳から離れない。〔いっしょに来てくれるかい、ロイ?〕」
アーチーはなぜ自殺したのか、なぜ人を殺したのか、その深い闇のなかにロイは入っていくことになる。父親がずっと不機嫌なのはなぜか。恋人ライラがロイのもとから去ったのはなぜか。その迷宮に彼は入っていくことになる。しかし、そのことについては本書をお読みいただきたい。
ここでは、アーチーのことのみを取り上げる。親切で、やさしくて、おとなしく、人生にごくわずかしか期待しなかったのに、それすら手にすることができなかったアーチー。こどもらしい畏怖にうたれた顔つきで、夜空を流れていく星をいつまでも目で追っていたアーチー。若くして死んだ彼のことが読み終えてもずっと残り続けるのだ。
先月、古い知り合いが亡くなった。通夜の会場に駆けつけると、彼女が写真の中で微笑んでいた。享年51歳。癌だったという。
彼女は大学生のころ新宿ゴールデン街の酒場で働いていた。私がその店を訪ねたのは、サークルの先輩が「お前にぴったりの子を見つけた」と言ったからで、その先輩に連れられて行ったものの、酒場の雰囲気を好きになれず、私は二度と行かなかった。すると1ヵ月もたたないうちに先輩からまた電話があり、彼女はそのとき一緒に酒場に行った同期の友人ともう暮らしているという。じゃあ新居に遊びに行こうかということになり、川崎のアパートに行くと、彼女が働きたいと言う。ちょうど私の勤めていた会社が社員募集していたので推薦するとそのまま入社。つまりひょんなことから私と彼女は同僚になってしまった。その後の経緯については、以前も書いたので繰り返さない。ようするに、先輩に言わせると「お前にぴったりの子」で、現実的には私の同僚で、同期の友人の妻だったということになる。
最後に会ったのは20年だ。箱根のホテルに泊まってそこのプールに行くと、突然声をかけられた。振り向くと、同期の友人と彼女が子どもたちを連れて笑っていた。そのときは立ち話だけで別れたが、あのとき一緒にいた小さな子らが通夜の席では立派な社会人になって坐っていた。彼女たちと親しい家族が何組もいて、彼らはこの間頻繁に家族ぐるみで会っていたようだが、私は彼女の家族にその20年間、何があったのかよくは知らない。私が覚えているのは、社員旅行の夜に、「どこか行こう」と誘いにきた彼女のことだ。あとで聞くと、社員旅行の夜は危ないからあいつと一緒にいろ、と旦那に言われていたという。あるいは会社近くの喫茶店でさぼっていると彼女もやってきて、とくに話があるわけでもないのに、ぼんやりとコーヒーを飲んでいた風景だ。私が知っている彼女は、同僚だった、その数年間にすぎない。彼女はそれから子を生んで、立派に育てて、おそらくは山も谷もある人生を送ってきたにちがいないが、それに関してはまったく知らないのである。語る資格は何もない。
しかしおそらく、私はずっと彼女のことを忘れない。それは彼女を好きだったとかそういうことではなく、彼女が先に逝ってしまったからだ。ロイがアーチーのことを忘れないように、私も彼女のことを忘れない。
生島治郎の小説に『死者だけが血を流す』という長編がある。内容はさっぱり記憶にないが、そのタイトルは鮮明に覚えている。死者は生きている者のなかで生き続けるのだ。
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