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当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす 50の寄り道読書エッセイ集。 目黒考二著『新・中年授業』 発売中! |
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| ■第77回 |
若いころに勤めていた会社の部下と、久しぶりに会ったのは数年前のことだ。その会社の上司が定年退職することになり、その慰労会に駆けつけると彼がいた。部下といっても、年は1つ下にすぎない。だから気分は同僚に近い。 私はその会社に7年勤めて退職するのだが、彼はその前年に辞めていた。転職したのちは編集プロダクションを作り、いまにいたっている。20数年ぶりの再会なので、昔話に花が咲いたが、おやっと思ったのは、「なんで、あのとき、君は辞めたの?」と尋ねたときの彼の返事だった。 「だって、あんなに上がつかえているんだもの。あの会社にいたら、いつまでたっても編集長になれない」 「えっ、お前、編集長になりたかったの?」 「当然だよ」 実に意外だった。その会社に勤めだしたのは私が23歳、翌年入社の彼が辞めたのは27歳のときだったはずだ。その若さで、将来のことを考えていたのも驚きだったが、編集長になりたいと思っていたことも意外だった。 というのは私、29歳で会社を辞めたときも、将来のことなど、何も考えていなかったからである。目標もなく、ビジョンもなく、ただただぼーっとしていた。でなければ、会社を辞めて、わけのわからぬ雑誌を創刊などしなかっただろう。その雑誌で私は発行人になるのだが、それも行きがかりで、責任ある立場につきたいと思ったことなど、当時はない。友人と雑誌を作ることになり、仕方なく発行人になっただけだ。いや創刊号は私が編集長になっている。発行人になったのは2号目からだ。ようするに、そんなのはただの記号にすぎないと考えていたから、どうでもいいのである。それなのに、ほぼ同じ年齢のとき、彼は将来を考え、目標があったということだ。その事実に驚いてしまった。その驚きは、根本的に異なる人種がいるとの驚きだ。 宇佐美游『柘榴熱』(実業之日本社)のラスト近くに、ヒロイン光希の次の台詞が出てくる。それを引く。 「私、大手の契約編集になれるの。二十年も前から好きだったあの女性誌」 「今のオファーは編集部付きの契約だけどね、結果を出せば処遇は考えてくれるんですって。編集長に企画を何本か買ってもらったの。それで連休前に、うちに来ないかって電話をもらった」 ヒロイン光希は33歳である。10代のころから憧れていた雑誌で仕事をすることになったことを喜ぶくだりだが、目標に対するこの情熱は、私の知人と共通するものがある。そこで、ややこしいことを最初に整理しておく。 光希は、一流商社に勤める夫を持つ主婦である。ジャカルタ駐在の夫と海外で暮らした数年間を、彼女は次のように振り返る。 「郊外の生活に懲りたように、駐在生活も二度とご免だった。右を見ても左を見ても、長年家の中にいて頭の呆けた、自分はセレブと勘違いしているオバサンばかり。その勘違いぶりと競争意識は、馬鹿馬鹿しくも凄まじいものがあった。現地の日系企業でバイトをしていなければ、たぶんノイローゼになって帰国していただろう。仕事があっても死んだ魚のようになって暮らしていたのだから」 だから、こう考える。その三連発はこうだ。 「女が三十代前半で仕事にありつかなければ、チャンスはもう永遠にない。それに、仕事があれば、それを理由に次の駐在は逃げられる」 「男が聞いたら呆れるだろうが、自分の人生なのだ。食べさせてもらっていなければ、断る権利もあるはずだ」 「誰かの妻としてではなく、一人の人間として社会に出たかった。結婚して「こんなはずじゃなかった」の洗礼を受けてから、ずっと願い続けたことだった」 で、面接を受けるのだが、「ご結婚されているんですねえ」とことごとく落とされ、ついに彼女は未婚と偽って面接を受け、小さな出版社に就職する。ところがここもセクハラの毎日で、早く別のところ、憧れの雑誌に移りたいと考えている。 光希はそういうヒロインである。ついでにこういう台詞も引いておく。 「結婚したいなら結婚用の男とつき合うのよ、多香美。女にとって結婚は、食べ物と親戚よ。いくら惚れてものぼせても、そんなものは半年も一緒に住めば跡形もなく吹っ飛ぶわ。夫にする男はね、なんでも食べる、うるさい親戚がいない。まずこれありきよ。次に甲斐性。会社と学歴と身長。顔はその後」 「セックスはもっと後。いつでもできるセックスなんて、すぐに飽きるんだから」 多香美というのは光希の友人で、この紹介では全部省略しているが(光希が付き合う男も省略する)、つまり、ややこしいのは、目標に対する光希の情熱が、「誰かの妻ではなく、一人の人間として生きる」装いを帯びていることだ。だから主婦の自立物語に見えてくる。しかし、小説の評価を離れて言ってしまえば、本当にそうなのかという思いは禁じえない。光希はたとえ独身であっても、不満をいっぱいかかえ、目標に対するゆるぎない情熱を持ちつづけるのではないか。私の知人が若いときからビジョンを持ち、早々と目標に達成したのに比べ、そのスタートが遅れたことこそ、日本の社会における男女の差だとこの小説は主張しているのもしれないが、その種の野心を持ったことのない人間は(別の種類の野心ならあるのだが)、そんなものを持たないほうが楽なのに、とただただ思うのである。 |
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