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この連載が『新・中年授業』と題して単行本になり、その書評が某誌に載った。大変ありがたいことである。小出版社の場合は宣伝にかける費用を捻出できないので、こうして紹介していただけると嬉しい。ところがその紹介の中に、次の一節があったことが気になる。
「なぜか、その多くは濡れ場であるというのは気になるが、これが中年の最大の関心事かと思えば妙に納得もする」
ようするに、私が本を読んで立ち止まるのは、濡れ場が多いとの指摘である。そういう意識がなかったので、本当かよと驚いてしまった。そうかなあ、多いかなあ。
というわけで、今週のテキストは、デイヴィッド・ハンドラー『ブルー・ブラッド』(北沢あかね訳/講談社)だ。映画評論家のミッチと、コネティカット州警察凶悪犯罪班の警部補デズが、事件解決に邁進する新シリーズの第一作である。
この長編のなかに、マンディという人妻が登場する。弁護士バドの後妻だが、こんなふうに描かれている。
「ミッチが最初に会った島の住民は、長身で若くテニス好きのバドの妻マンディだった。間近で見るとさらに印象的だった。長い滑らかなブロンド、大きなブルーの瞳、ふっくらした官能的な唇、眩しいばかりの笑顔。ノースリーブの白い麻のミニドレスは、日焼けした腕や脚を見事に引き立てていた。ファッションモデルのように美しいというのではない。あごはどちらかと言えば男っぽいし、鼻はむしろ平べったい。それでもとても魅力的な女性で、間違いなくまだ二十代だ」
老弁護士が若い後妻をもらったわけですね。こういう場合の常で、女たちには評判がよくない。たとえば、「あんなミニを着たいなら、腿の後ろ側を何とかしたほうがいいと思わない?」と言われたり、「そうそう。十六歳じゃないんだから。でも男性ははっきりとわかるたるみでも気づかないか、気にしないのかもよ」と言われたりする。
で、パーティに呼ばれたミッチが階段を降りていくと、そのマンディが座って、行く手をふさいでいるのである。スカートは腿をずり上がっていて、とても誘惑的だ。ミッチが立っているところから見るかぎりでは、腿に何の問題もない。
もう最初から挑発的なのである。妻を亡くして失意のミッチに、「子供はいなかったの?」と尋ね、「二人ともまだそういう気分じゃなかったんだ」という答えが返ってくると、「あたしはすっかりそういう気分で、もう爆発しそうよ。少なくても二人はほしいわ。三人いてもいいかも。でもバドはもう歳だから今さら父親はできないって言うばかりで」とあけすけに告白してくる。しょっちゅうニューヨークに行っているので、今度一緒に行きましょうと誘ってくるのだ。
そのニューヨークの高級マンションをミッチが訪ねるシーンはこうだ。
「実を言えば、マンディの着ているものはとんでもなくセクシーだった。白の薄いシースルーのサマードレスで前ボタン。そのボタンの上二つと下のいくつかをはずしている。しかもミッチの見るところ、ドレスの下には何も身につけていない。ストッキングをはいていない脚は均整がとれていて輝くばかり。スリッパも履いていない足の爪は新しく手と同じ深紅に塗られている。カットしたばかりの髪は今朝よりさらに滑らかなブロンドになったように見える」
というわけで濡れ場が出てくる。その2連発を引く。
「あたしを助けて。あたしと愛し合って」喉を鳴らすような甘い声になっている。しか もソファの上をすぐそばまでにじり寄ってきて、片方の手をミッチの胸を撫でている。 「本気なの」そして、彼の手を取って、自分のむき出しの脚に持っていった。彼に触ら れると、ベルベットのような肌がピクピクした。「すごくいい」今度は彼の手をサマー ドレスの下に持っていって、上へ、上へ、上へ−−あそこまで。「それに、もういつで もOK」彼女が囁いた。確かにそうみたいだ。
あまりに品がないので、つい身を乗り出してしまう。続けて引く。
「ああ、すぐにして、ミッチ」彼女がうめいた。ミッチの身体に腕と脚をからめて、し っかり抱き寄せている。見事な形の乳房が片方あらわになっている。熱い息がミッチの 顔にかかり、彼女が舌を耳に入れてきた。「して!」
で、このとき、ミッチはどうすると思いますか? 本来なら読書の興を削ぐといけないので、この先は書かないのだが、そうも言っていられないのでこの先の展開を書いてしまう。なんとミッチは、マンディの誘惑を振り払うのである。
たしかに、やばい女性で、しかも島の住民の妻で、手を出したら大変だから、身を引くのは理解できる。それが常識ある大人というものだろう。ミッチの行動に全面的に共感する。絶対にそのほうがいい。ここでマンディの誘惑に乗るやつは、その後どういうことになるのか、その想像力が欠けているとしか思えない。
しかしそうはわかっているのだが、それでも我慢できないというのが男というものではなかったか。そうちらりと思ったりもするのである。
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