WEB本の雑誌 TOP
.
.
.
.
.
.
WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす
50の寄り道読書エッセイ集。
目黒考二著『新・中年授業』
発売中!

『新・中年授業』
詳細はこちら
目黒考二の中年授業

■第85回
『血と肉を分けた者』
  『血と肉を分けた者』
ジョン・ハーヴェイ(著)
日暮雅通訳(訳)
【講談社文庫】
定価900円(税込)
  商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 『新・中年授業』の紹介が読売新聞に載った。書評というよりも短い新刊紹介で、無署名のコラムだが、これもまたありがたいことである。ところがまたまた、その中の一文が気になった。「(この著者は)色っぽい話には敏感だが」とあるのだ。「濡れ場の紹介が多い」と書かれたばかりである。これでは私、そっち方面のことしか関心がないみたいだ。とても心外である。けっしてそんなことはない。

  そこで、ジョン・ハーヴェイ『血と肉を分けた者』(日暮雅通訳/講談社文庫)。CWA(英国推理作家協会)シルバー・ダガー賞を受賞した長編である。元警部エルダーを主人公とするシリーズの第一作だ。

  16歳の少女ルーシーを殺した少年ドナルドが13年ぶりに仮釈放されるのが発端。彼を逮捕したエルダーはもう警察を辞めているのだが、その仮釈放をきっかけに、事件当時に失踪していまだに行方不明の少女スーザンの捜査を再開する。

なかなか読みどころ満載の長編だが、私が気にいったのは、エルダーが昔のことを思い出すくだり。彼は、14〜15年前に一緒に働いていたマディという婦人警官を思い出すのだ。いまごろどうしているだろうか。警官をやめて結婚し、郊外のごぎれいな家にでも住んでいるだろうかと思い出し、こう述懐する。

「ある夜遅く、誰かの送別会でかなり酔った二人は、戸口のところで思わず転び、彼の手が思わず彼女の胸に触れてしまったことがあった。一瞬の後、二人は驚きに息を呑んで体を離したのだが、彼女のグリーンの目は向かいの店の照明で楽しそうに光っていた」

 で、モーリーン(この女性もエルダーの昔の部下だが、彼女は自分のことをほとんど語らない。だから、余計に気になる。おそらくシリーズが深まっていくうちに、この彼女の私生活も語られるに違いない)に、「いや、これといった理由があるわけじゃないんだ。今、どこで働いているか、きみなら知っているかと思ってね」とマディの消息を尋ねる。そのときのモーリーンの態度が心外である。顔をのけぞらせて笑い、こう言うのだ。

「フランク、むらむらきてるんじゃないですか?」

  エルダーが何も言わないので、私が弁解する。実はマディという女性はここに名のみ出てくるだけで、本書には登場しない。つまり回想の中の女性にすぎない。むらむらきてるわけではないのだ。エルダーは過ぎ去った昔を懐かしく思っているだけだ。

妻は上司と不倫して、いまは別れて暮らしている。娘とは会っているが、エルダーは一人暮らしだ。警察も辞めて、友達もいない(これは私の想像だけど)。そういう日々に彼はいるのである。昔の、職場の、それもちょっとした夜の出来事を思い出したところで、責められない。まだ自分が若く、職場も楽しく、そうして生きていたころを彼は思い出したのである。それを「むらむらきてる」と言われたんでは立場がない。たとえば、スーザンの母親ヘレン47歳と、キスをして、こんなふうになるシーンがある。

「名前を呼ばれたエルダーは、彼女が自分の名を知っているのに驚いた。その呼びかけに応える代わりに、口づけの場所を頬から首筋へと徐々に下げていく。するとヘレンはまた彼の名を、前よりも大きな声で呼んだ。相手の体に手を這わせるうちに、縫い目がまたいくつかほつれ、今や彼の指先はワンピースの中の彼女をしっかりととらえていた」

 こういう箇所を引用すると、またまた「濡れ場の紹介が多い」だの、「色っぽい話には敏感」だのと言われるかもしれないが、虚心に読まれたい。もっと引くぞ。

「ベッドの淵に腰掛けた彼女は、ブリーフのゴムを陰部のすぐ下までおろすと、そのままペニスを口にふくみ精液の最初の一滴をなめとった。それから再びペニスの先を口に入れると、舌でゆっくりとなめまわす。あまりの快感にエルダーはそこで達してしまいそうな恐怖に襲われたが、彼女はにっこり笑ってペニスから口を離すと、今度はペニスの先から根元に向かって全体を器用になめあげていった。そして両足を開いてベッドに仰向けになると、膝をわずかに持ち上げて彼を待った」

「エルダーは彼女のパンティの湿った生地に舌を這わせると、そっと布地を脇に寄せた。彼女が思わず体を浮かす。彼は黒々したヘアのあいだに息づく、桃色のしょっぱい裂け目を舌で繰り返しなぞっていった。そして、彼女がすっかり開くと、滑らかで塩辛いその味と麝香にも似た香りを存分に味わった」

このヘレンが、10年以上前に娘が行方不明になり、それからずっと一人暮らししてきたことを想起していただきたい。彼女は淋しい日々を過ごしてきたのである。エルダーと同じように、孤独の日々を生きてきたのだ。つまり、このシーンは、淋しさに耐えかねた二人が衝動的に寄り添うシーンといっていい。だから、官能的なシーンだというのに、すごく淋しい。その孤独が、たとえようもない孤独が、静かに立ちのぼってくる場面だ。

 たしかに当欄には濡れ場の紹介が多いかもしれないが、それは男と女が裸になって向き合うと、このように感情が剥き出しになるケースが少なくないからである。だからいつも、立ち止まってしまうのである。そう理解していただきたいと思うが、無理?




| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | インフォメーション | サイトマップ | お問い合せ |

Copyright(C) 1999-2008 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved