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WEB本の雑誌これまでのログ倉庫目黒考二の中年授業


当連載がついに単行本に!
人生のワンシーンを呼び起こす
50の寄り道読書エッセイ集。
目黒考二著『新・中年授業』
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『新・中年授業』
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目黒考二の中年授業

■第89回
『夏の力道山』
  『夏の力道山』
夏石鈴子
【筑摩書房】
定価1,365円(税込)
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 そのとき、なぜその部屋にいたのか、よく覚えていない。一緒にいたのは、サークルで同期のN君だった。彼と2人でその部屋を訪ねたのだ。

 大学を卒業したばかりだった。N君と会ったら、ちょっと行ってみようぜ、とおそらく彼から誘われたのだろう。そのマンションの一室にいたのは、N君と同じクラスだった女の子だ。N君は仏文を専攻していて、その仏文の女の子も在学中は時折、私たちの溜まり場である喫茶店ピッコロに顔を出していたから、見ず知らずの他人というわけではなかった。N君の恋人、ではなかったと思う。仲のいい女友達、というニュアンスだった。その仏文の女の子が友人と会社をおこしたので、ひやかしに行ってみようぜと誘われたのである。マンションの一室には、毛皮のコートが幾つもかけられていた。仏文の女の子は、毛皮の輸入会社を友人と始めたのである。その友人を紹介された。小1時間はその部屋にいたと思う。何を話したのか、いまとなっては何も覚えていない。

 大学を卒業したばかりなのに会社をおこすなんてすごいなあと、私はただただ圧倒されていた。こちらは卒業したものの、就職した会社を辞めて大学に戻ったばかりだった。将来の夢も目標もなく、ぼんやりとしていたころだ。それなのに、この子たちは将来に向かって着実に歩いているということが驚異だった。

 N君と2人で勉強会を開いていたことがある。テキストはサークルの先輩の書いた映画評だ。その難解な映画評が私たちにはわからず、理解できるようになりたいと願い、ピッコロの片隅で勉強会を開いた。あるとき別の先輩から、あいつの書いた映画評をテキストにするのは無意味だと批判され、N君が反論したことがある。その先輩の批判には、もっと高名な文学者の作品をテキストにするならともかく、無名の人間の書いたものをテキストにするのは時間の無駄だというニュアンスがあった。いちばん関心のある人の書いたものを理解したいと思うのは当然のことだとN君は反論した。彼は友だ、とそのとき私は思った。私のいいたかったことを彼は言ってくれたのである。

 飲めない酒を飲んだ。一緒に映画を観た。卓も囲んだ。N君とはたくさんの思い出があるのに、しかし今でもいちばん印象的に残っているのは、そのマンションの一室を訪れた日のことであるのは不思議といっていい。おそらく私は、自分の知らない世界がまだ広大にあるという現実に、圧倒されていたのだろう。仏文の女の子の部屋を訪れた日のことを覚えているのは私だけで、N君は忘れているような気がするが、彼は数年前に亡くなってしまったのでもう確認するすべがない。

 夏石鈴子『夏の力道山』(筑摩書房)を読んだら、途端にその日のことを思い出してしまった。これは働く主婦の1日を軽妙に描いた長編で、なんだかむくむくと元気の出てくる小説だ。主人公の豊子は、学生時代の友人である緑と、編集プロダクションを始め、ばりばり働いているが、その編プロ「オフィス・リエール」で働く人間にはいくつか「しなければならない」ルールがある。それは次のようなものだ。

・どんなものでもいいから、腕時計をすること→緑「学生じゃないんだから、携帯電話で時間を見るなんてだめ」

・事務所に来るまでに、必ず新聞を一紙は読んでおくこと→緑「世の中で何があったのか知らずに仕事に出るなんて、こわいでしょ。それがこわくないほうが、こわい」

・電車の中で決して化粧はするな→緑・わたし「常識がない女に用はない」

・長い付け爪はしない→わたし「長い爪でキーボードを打つ、あの音が嫌。おまけにその音に対して鈍感な神経が嫌。そういう人は、何に対しても気が利かないに決まっている」

・ずると意地悪はしない→これは、有名なコピーライターの事務所の方針で、緑が本を読んで取り入れた。

あるいは、人材募集をするときのくだりから少しだけ引く。

今いる職場の嫌な点を、これでもかこれでもかと「志望動機」に書いてくる人もいる。本当に、その職場は「やる気のない人間ばかりが集まって」「仕事も創造性がなく退屈」なのかもしれない。でも、もしかしたら、そう書いてしまう人間のほうが、何に対しても不満に思う癖があるのかもしれない。

緑が「仕事はね、芸だから。どんな仕事も、そうだから」と言う箇所もいい。これはまだ二人が編プロを始める前、一緒にアルバイトしていたころの回想で語られるくだりだが、豊子がやかんを火にかけようとすると、緑が火を止める場面である。で、やかんの底に付いている水を布巾で拭いてから、ガスの炎の大きさにやかんの底をぴったり合わせて、こう言うのだ。

「いつも、どうしたら一番いいかなって考えるようにするの」

 続けてこう言う。

「最初からうまくできる人なんていない。でも、ずっとは待っていられないから、よく見て覚えて。口で説明するより、その場にいることが一番の勉強だから。それから、雇ってくれた人に、損したなって思わせないことも芸だし」

 この緑は「雑用の玄人」を自認しているのである。

「雑用を甘く見ちゃいけないよ。わたしがね、短期のバイトばかりしているのは、たくさんの業種でいろんなコツを知りたいから。どんな仕事でも、相手が必要なことをちゃんとわかる人間になりたいと思って」

 あの仏文の女の子たちも、あのときからすでに、この緑のように考えていたのではないか。その後会社をつくって10年間の悪戦苦闘のすえに私がようやく気がついたことを、あの子たちはおそらく最初から知っていたに違いない。私がぼんやりしすぎなのかもしれないが、すごいよなあとひたすら感心するのである。




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