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ブックセンターほんだ/高村和宏
2006年5月11日
『プラスティック・ソウル』
『プラスティック・ソウル』

【 講談社 】
阿部 和重(著)
1,680円(税込)
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 本作が書かれたのは「ニッポニアニッポン」以前で、著者自身がこの作品を「僕にとって一種の切断線」と言っている。何がどう「切断線」なのだろうか。

 それまで批評性の強い作品を発表していたといってもまだ何かを物語っていたと思うが、本作は物語というものがほとんど何もない。「N出版社から架空の人物のゴーストライターとなることを依頼された」という設定があるばかり。何かが始まりそうな予感は所々でするけど、ずっと曖昧なままで始まらない。N出版社から依頼を受けたのはアシダイチロウ等4人の素人で、彼らが実在しないオノダシンゴのゴーストライターとなる。著者が4人に分裂している。さらにこの小説は話し手が「私」「わたし」、三人称とめまぐるしく変わる。そして「プラスティック・ソウル」自体をアシダイチロウが書いているということが序盤で明かされるが、それも少しでてくるだけで最後までアシダイチロウが書いたものなのかはっきりとわからない。本書はこれまでより批評的な面をより先鋭化したような作品である。

 始まりそうで始まらないというのは陰謀論のこと。N出版社から依頼があった後からアシダのまわりでは(アシダにとっては)不可解な出来事が頻出する。アシダは妄想癖があって些細な出来事もたちまち陰謀論めいてくるのだが、記憶力がなく長続きもしないからそれ以上発展しない。それらがリンクしてくると物語になるのだが。同時にアシダは誰かをペテンにかける、つまり物語をはじめようとさえする。誰かに騙されるのはその文脈に取り込まれることで、騙すのはその逆。つまり「アシダイチロウ」とは陰謀者と陰謀解読者を同時に備えた、それらがせめぎあう場を指す言葉ではないのだろうか。

「もっとも、「記憶の混乱」や「自己自身に対する疑念」を、共同執筆作品の主題として扱おうとは思わない。」

 阿部和重は「ニッポニアニッポン」以降、物語性を重視した小説に変えてきている。そしてそれらはほとんどが「神町フォークロア」としてどの作品も繋がっている。あれもこれもリンクさせて考えるのは陰謀論者のやり方である。

「自分はなぜそのこと(引用者注:妄想癖)をあらためて語ろうと(書こうと)するのか、彼はそれを自らの無意識に訊ねてみたくて仕方がない様子であったが、回答は何も返ってこなかった。だからまた、それについて再び考え、語り、書くようになる。この悪循環が、いずれは自分に有益な未知の何ものかをもたらしてくれるはずだと(略)思い続けていた時期もあったが、いまではそんなふうにも考えなくなってしまった。(略)未知の何ものかは、常に、様々なかたちで、持続的にもたらされている。そしてそれは、妄想によって実像からずれてしまう一歩手前で、捕捉しておかねばならないのだと。」

「未知の何ものか」とは一体なんなのだろう。今後もすべての小説が「神町フォークロア」という巨大な物語(陰謀)の一部として書かれるのであれば、後から別な側面を見せられるかもしれないからどの小説も保留つきの物語になる。この巨大な陰謀は誰を標的にしているのかといえば、阿部和重自身のような気がする。阿部は自身を陰謀に巻き込み、保留つきの物語のなかで具体的に「未知の何ものか」を探っている。物語が保留つきなら、批評性を奥に押しやり物語性を重視した試みもまた保留つきだろうし、(当然のことだが)切断線といっても全く切れてしまってるわけではない。

 そんなわけで次回作も心待ちにしています。

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[プラスティック・ソウル ]
 

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