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ブックセンターほんだ/高村和宏
2006年8月10日
『ヒステリー研究・上』 『ヒステリー研究・下』
『ヒステリー研究 上・下』
【 筑摩書房 】
ヨーゼフ・ブロイヤー(著) 金関 猛(訳)
1,260円(税込)
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 フロイトの『精神分析入門』を読むと、慎重で丁寧、かつ詳細で分かりやすい進め方に好感をもちます。もっとも一般人の素人に対しての講義録なので、フロイトもそういったところを意識したのでしょうが、この本はまさに最適の入門書ですね。身近なところからはいっていき、あらゆる反論を考慮に入れつつ一歩一歩慎重に論理を積み上げる。頑丈な建築物をみるような見事な論理構築。フロイトに対する偏ったイメージも実際に『精神分析入門』を読めばたちどころに払拭される。現代においてもフロイトを無視することはできない。

 さて、ヨーゼフ・ブロイアーとジークムント・フロイトの共著『ヒステリー研究』はフロイトの著作のなかでも初期のものである。フロイトの著作で一般に紹介されるものは後期のものが多いようで、こういった初期のものが文庫で出版されるのは非常に喜ばしい。「フロイトはいまだ歴史に属しておらず、精神分析の知は汲み尽くされていない。一知半解の愚を避けるには、精緻な再読・三読にしくはない。正確平明な新しい日本語版が必要だ」という頼もしい人たちの手によって実現したようです。詳細な訳注や、50ページを越える解説から作り手の情熱を感じます。

 上巻には5人の患者の具体的な治療過程の報告があり、下巻ではブロイアーとフロイトがそれぞれ理論を展開しています。本書の楽しみ方はいくつもあります。
 まず、具体的な症例の報告は単純に読み物として面白い。それぞれの物語は小説のようで、文学的でさえあります。特にフロイトによる「観察四」はよく出来た短編小説みたいです。休暇中に「医学や、とりわけ神経症のことを忘れ去りたい気持ちに駆られ」たフロイトは山登りをする。そのとき宿泊所で出会った娘に「呼吸困難に襲われる」と相談を受ける。それがヒステリー発作であると見抜いたフロイトは謎の解明を試みます。やがて娘の過去が暴かれていき「謎はこれで解けた」となり、さらに「だがしかし、待て」と最初に提示しておいた大きな謎を最後に明かすというにくい演出(いや演出ではないが)。「観察五」の「総括」の冒頭でフロイト自身こう書いています。「私はこれまでずっと精神療法だけに携わってきたわけではない。他の神経病理学者と同じく、私も局所診断や電気予後診断学の教育を受けてきた。にもかかわらず、私の書き記す病歴がまるで短編小説のように読みうること、そして、そこにはいわば厳粛な学問性という刻印が欠如していることに私自身、奇異な思いを抱いてしまう」
 また、それらのヒステリーの症例が女性たちの受難史となっている点でも興味深い。女性ばかりがヒステリーになってしまうのは、男性中心の社会のなかでいかに女性が生きにくい立場に抑圧されてきたかということがよく分かります。(現在の精神医学でヒステリーという用語は使用されていない)
 そして本書は、まさに精神分析の誕生を告げるはじまりの書です。フロイトがカタルシス法を捨て、自由連想という方法を見つけ出すところから精神分析ははじまっている。そしてフロイトはそれらをすべて患者たちから学んでいる。教科書は常に患者たちであり、そのごく初期の試行錯誤ぶりが伝わってきます。
 それと関連して、ブロイアーとフロイトの人間関係も見えてきます。ブロイアーに惚れ込んでいたフロイトでしたがやがて学問上の見解の相違によって離反してしまう。道端で会っても無視するほどに・・・。このへんの事情は解説に詳しくあります。

一度だけではなく、2,3回読んで理解を深めたい本です。
各方面に多大な影響を与えたフロイト。彼の「天翔る知性」にはまだまだ追いつけない。

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