| 東野圭吾が直木賞受賞第一作を出すという一報が入った時、『白夜行』(集英社)よりぶ厚かったらどうしよう? 1ヵ月でそれ1冊しか読めなかったらどうする? とさんざん騒いだのだが、入荷した本がいたって普通の厚みで一安心。しかし、厚さと本の面白さは関係があるはずもなく、やられました。最後の最後に。二段オチです。二段泣きです。一度目はじんわりぐすっと。二度目は体の中心からこみあげてくる何かが目から鼻から溢れます。
仕事からも家庭からも、汚い事、辛い事から目を背け、逃げ続けてきた主人公の昭夫。夫婦仲は冷え切っており、実母の看護も施設へ預けることで済ませたいと考えている。一人息子の直巳は部屋にひきこもり、強く注意をすればキレて手におえない。そんな昭夫の元へ妻から早く帰ってきてほしいと切羽詰まった声で電話が入る。帰宅した昭夫が目にしたのは、庭に転がる少女の死体だった…。というのが物語の導入部。
東野ファンならば加賀恭一郎シリーズという事でヨダレものなのだろうが(もうこの際なので、ない胸を張って言ってしまうが)実はワタクシ加賀物初体験。なので“純粋に読み物として”面白さを味わったのだが、家族物のわかりやすさが良かったのか、『容疑者Xの献身』(文藝春秋)よりもぐっときたのだ。
東野圭吾が上手いと思ったのは、読んでいてイライラすること。主人公の昭夫の優柔不断さにイラっとし、妻の八重子がダメ息子をかばうたびに眉間にシワがよる。その息子のダメっぷりときたら、小学生の女の子にイタズラしようとして殺してしまうくらいなのだから、これ以上ない程のダメさ加減。登場人物に感情移入しているのとはまた少し違うのだけど、自分が昭夫だったらと、主人公の身を自分に置き換えた時に同じ事をするんじゃないか。子供かわいさに、八重子と同じ事をしてしまうかもしれないと、正義や常識で割り切れないものを、自分の中に感じてしまうからこそのイライラなのかもしれない。
それと注目して欲しいのが表紙。読み終わって本を閉じた時に、改めて表紙を見てものすごく考えさせられた。赤地に白抜きの手に透明な手が重ねられている。ストーリーを考えれば単純に昭夫とホニャララなのだが、誰に誰の手が重ねられているのだろうか? 親子なのか、夫婦なのか、自分自身なのか。登場人物のどの組み合わせがあるのか書けないのが残念っ。ただの装丁デザインで、私の深読みかもしれないが、ぜひ、事の顛末を全て見届けてから、表紙のつるつるを指でなぞりながら余韻を味わって頂きたい。
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