主人公は「あなた」で、「あなたは〜する」と語られるのでまるで自分が何かしているかのような感覚で、すんなりと物語の世界に入っていける。「あなた」については何も語られることはなく、ただ「あなた」がアメリカを旅する過程で出会った人や物事について語られる。
全部で十三章からなるが、どの章もそれほど長くはない。毎回新しい人物が登場し「あなた」との出来事が書いてあるが、とりたてて何かが起こるわけでもない(強盗殺人の話もあるが)。おそらく著者自身が体験したことなのかなと思わせる内容で、一歩間違えば単なる旅エッセイになってしまいそうなところを、全くそうではない多和田葉子にしかもちえない感性で、詩的につづられていく。例えば不機嫌そうな男にマナティを見に連れて行ってもらう話や、妙に不安症のガービーとラスベガスまで車でいく話などがあるのだけれど、どの話も「起承転結」の「起承転」までしか書かれていないような印象をうける。あえて結末まで語らず、物語は大きく余韻を残したまま終わる。そういった断片的な物語が集まってアメリカという国を浮かび上がらせ、アメリカを新しく理解し直すことができる。
私が一番印象に残った話は「真昼の大型スーパーマーケットの駐車場は、夜のガソリンスタンドの次に寂しい場所だ。」という書き出しで始まる第四章の「駐車場」。「あなた」はパーティーで知り合ったクララと毎週火曜に一緒にスーパーマーケットまで買い物にいく。クララは三十年前にドイツからアメリカにやってきた人で、この女性が店内や駐車場でする昔話に「あなた」が耳を傾けるという内容だ。アメリカ的な大型スーパーマーケットの広大な駐車場で、昔話をするクララというイメージがどこか対照的でよかった。
旅というものは自分を消す作業だと思ったことがある。元いた場所から消えるのはもちろん、旅先でも常に観察者であるだけで、受身であり、自己は存在しなくなる。だからずっと旅をしている人は自分というものが存在しなくなっていく。旅先に恥だけじゃなくいろんなものを捨てていく、そしてもう何も残らない。ところでこれは私の単なる妄想である。
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