| 最後に紹介する本は、エンデの「はてしない物語」(岩波書店)にしようと決めていた。人生の中で、一冊だけ本を選べと言われたら、私は間違いなくそれを選ぶからだ。タイトルの素晴らしさ、装丁の素晴らしさについて熱く語ろうと思っていたのだが、私は桜庭一樹のこの本に出会ってしまった。
例によって、本の内容をろくに確かめもせずに、赤朽葉が面白かったからという理由だけで手にした「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」。新刊だとばかり思っていたが、以前に文庫として出ていたのでその時に読まれた方も多いだろう。天童荒太が「包帯クラブ」を、「今書かなければ間に合わないと思った」と言っていたのと同じように、今紹介しなければいけないと、私も思ったのだ。
物語は、バラバラにされた少女の遺体が山の中で発見されたという新聞記事から始まる。少女の名は、海野藻屑。うみのもくず、である。このふざけた名前を付けたのは、一世を風靡した後落ちていった元芸能人の藻屑の父親なのだが、殺された少女とは藻屑で、殺したのはこの父親である。藻屑が殺されるのをわかっていながら、私達は物語を進んでゆくのだ。虐待を受けながらも、まっすぐに父親を愛する藻屑。自分を守るためについた小さな嘘がちり積もり、真綿のように自分の首を締めてゆく。藻屑は、20年前の私だった。
子供は、(大人もだが)現実から逃げたい時、目を背けたい時、空想の世界に自分の居場所を見付けようとする。自分を人魚だと言い張った藻屑を、私は笑う資格がない。名前しか知らず、一切の記憶がない父親の事を、母が「アポロンのような人だった」と言った。明るくて素敵な人だった、という意味だったのだろうが、そのきまぐれな一言に、ギリシア神話をモチーフにした少女マンガに夢中になっていた小学生の私は飛びついた。だから、藻屑の虚言癖を私は笑えないのだ。ダニエル・キイスを読んでは、どうして私の精神は崩壊しないのか不思議に思っていたが、今ならわかる。私は、本に守られていたのだ。
私は、本の中へ逃げていたのだ。紙をめくれば、そこには様々な人生が私を待っている。上から下へ(最近では左から右へ活字を追うケータイ小説もあるけれど)字を追うだけで、私ではない誰かになって、ここではない場所へ行けるのだ。閉じこもるのならば、部屋の扉を閉ざすのではなくて、本の世界へこもればいい。そのかわり、パタンと本を閉じたら、必ずこっちの世界へ帰ってこなくちゃいけない。
いつも言っているのだが、絵でしか伝えられないもの、音楽でしか伝えられないものがある。マンガもいい。ゲームも悪くない。でも、本でしか伝えられないものがある。ちびっこ達、本を読みなさい。思春期の青年達よ、君達も読みなさい。日々忙殺されている大人達、あなた達にも読んでほしい。私は画家にも作家にもならなかった。自分で作品を産み出すことはできないけれど、本屋のお姉さんになった今、産まれてきた作品を、お客さんに届けることができる。これって案外、すごいことなのかもしれない。今日読んだ本より、明日読む本の方が面白い本でありますように。素敵な本との出会いが、町の本屋さんで(できれば自分の店で)訪れますように。その一冊の本が皆の心を守ってくれますように。
「今日もニュースでは繰り返し、子供が殺されている。どうやら世の中にはそう珍しくないことらしい、とあたしは気づく。生き残った子だけが、大人になる。」
生き残った子だけが、大人になる。
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