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宮脇書店西淀川店/砂川昌広さん

2007年5月2日

『みずうみ』
『みずうみ』

【 河出書房新社 】
いしい しんじ
1,575円(税込)
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僕はいしいしんじを天才だと思っている。寓話的・童話的な世界で描かれていく物語の数々は、いつも僕の胸を打つ。しかも池田進吾(67)の美しい装丁となれば、買わないわけにはいかない。だがこの『みずうみ』は僕のいしいしんじのイメージを覆す傑作だった。少なくとも僕にとっては忘れられない大切な本となった。これは、ひとつの物語というよりも、物語が溢れだすということを描いた物語であり、あるいは現実と物語の境界線が揺らいでいく物語だった。

『みずうみ』は全部で3章からなる。それぞれが独立していながら、どこか繋がっている。

第1章。ある村のそばにみずうみがある。毎朝、水汲みに来た少年は家ごとに定められているという独特の発声法で、みずうみにあいさつをする。「アーエーイー/ウーイー/エーウーアー/オーエー/レーイ、レーイ」。月に一度、みずうみから水が溢れだす夜に、それぞれの家の眠り小屋で眠りつづける人が、「水をコポリコポリ」と吐きだしながら、遠い異国の物語を語りだす。村人はそれに静かに耳を傾ける。

第2章。タクシー運転手は偶然が偏っていた。同じ行き先の客ばかりだったり、同じ客を何度も乗せるのが普通だった。彼からも月に一度、水が溢れる。その夜、新聞と雑誌を積み上げた山のなかから、赤鉛筆で印をされた記事を、故郷の妹へと送る手紙に書き写す。

第3章。松本に住む作家の慎二と園子、友人でニューヨークに住むボニーとダニエルという4人それぞれの視点で描かれる。この章は、今までのどこか寓話的だったいしいしんじが描いてきた世界とは少し違う。著者と同名の慎二という名前がでてくるように、実在の固有名詞が並んで私小説的な雰囲気を持っている。そこでは、厳しい現実と幻想的な世界が混じりあい、様々な事柄が繋がってゆく。

読んでいてずっと不思議な気分だった。それは、目を閉じて水のなかで浮き沈みを繰り返し、漂っている浮遊感に似ている。自分の体の輪郭が消えてしまい、水と一体化してどこまでも広がっている気分だ。終盤では、次々に繋がってゆく物語が広がりつづけて、現実の僕まで飲み込まれてしまい、また現実が物語の中に入り込んで行く感覚をおぼえた。

これは、個人的な偶然が重なった影響も大きいからだと思う。『みずうみ』を読む数日前に、僕は自分の嫁が鯉になって池を泳いでいる夢をみた。物語の中で鯉は何度も登場する重要な要素だった。『みずうみ』の中で園子は9月に妊娠5ヶ月だと書かれていた。僕の嫁は昨年の9月にちょうど妊娠5ヶ月だった。そして、今年の3月に女児を出産した。僕がこの本を読んでいる隣で、生後1ヶ月を過ぎた娘は「アーアー」と声をだしていて、それが僕には物語の中の呼び声と共鳴して聞こえていた。僕はこの本を生涯、大切に持っていようと思っている。

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[みずうみ]
 

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