いつものように仕事に行き、文庫本を並べる。僕は棚の前で背表紙を睨みながら、どの本を返品するか考える。いつだって棚には隙間なく本が並んでいるし、1冊を棚に入れるためには1冊を棚から返品しなくてはいけない。ここで立ちどまるから僕の仕事は遅い。何度も背表紙を端から順に見ていくが、どれも返すには惜しい。今日迷わず返品できる本など棚に並んでいない。そんな本があれば、それは昨日返品している。1ヶ月後なら迷わず何冊も選べる。だが、残念なことに昨日と今日はそんなに変わらない。入荷したばかりの新しい本と、僕がこの本屋にきた頃から棚にある本と、読んでみたいなと思っている本と、何度も読み返したことのある本。
僕が星野道夫の本を読むようになったのは、ここ数年のことだ。雑誌の特集で彼が読書家だったことを知り、それ以来、年に1、2冊のペースで読んでいる。アラスカの自然や動物、出会った人たちの素晴らしさを、実感を込めて積み重ねていく文章。星野道夫は自分がアラスカで経験したことを本当に嬉しそうに書く。雄大なアラスカの自然の魅力よりも、そんなキラキラした目のような言葉に、僕は魅力を感じてしまう。なにより、大自然の中で体感した経験や感触を丁寧に描き、それらが書物で語られる抽象的な思考や物語と重ねられ昇華してゆく彼の言葉に、今まで本の世界と日常の世界を分けて生きてきた僕はいつも考えさせられる。
足を止め、腕組みした僕の鼻先を白い影がユラユラと通り抜ける。棚の脇を通って天井近くまで舞い上がる。この至近距離で見間違える訳もない。モンシロチョウが店内にいた。窓は閉め切ったままだから、誰かと一緒に自動ドアを通って店内に入ってきたのだろう。見上げていると、モンシロチョウは天井の蛍光灯のそばから降りてきた。軽く吹いた僕の息が届きそうなところを通り過ぎ、雑誌コーナーのほうへと飛んでいく。その場に立ったまま、モンシロチョウを目で追いつづける僕は『旅をする木』の一節を思いだしていた。
「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。」
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