荒川洋治がここ2年間に書いた文章をまとめたエッセイ集。文中に登場するのは高見順、加能作次郎、中村真一郎、市島三千雄、草野心平、伊藤整、ガルシン、ヘンリー・ジェイムズ、ブロツキイ、ブッツァーティなど。僕の読書生活とは縁のなさそうな人たちばかりだが、著者の鋭い指摘と熱い言葉の数々に引き込まれる。
「ぼくは加能作次郎の作品を読むたびに、未知の光に顔を打たれるような、新鮮な感じにおそわれる。ときには外国から港に着いたばかりの作品を、潮風のなかで開く。そんな気持ちになるのだ。」「チェーホフの短編のような作品を書きたい。古来多くの作家はそう願った。それが文学の歴史だった、といっても過言ではない。」
「わからないのに心が震える。読者と著者はこのくらい固い壁をはさんでこそ顔を合わせることができるのだ。そのことをぼくは忘れていた。」
伊藤整の文章に対しては「批評は重いことばで書かれる必要はない。適切な記述こそが、重みを持つのだ」と述べているが、荒川洋治氏の文章もまさにそうだと思う。複雑な言い回しを避けて、読者に真っ直ぐに届く言葉が使われているからこそ、本に対する愛情が直に伝わってくる。
「本のなかみに感動するだけでは、本を愛する気持ちは十分には育たない。いずれ本から離れてしまう。なかみとは、はかないものなのだ。物として本を知ると、本への愛情が、生まれたあとも変わらない。持続する。一冊の本を、物として見つめることは、なかみを見つめる以上に、多くのものを与えるように思う。」
僕の机の上には何年も置かれているお気に入りの本が数冊ある。ときおり手に取ってパラパラと読むこともあるが、なんとなく視線を動かして背表紙に目をやるだけのことが多い。それだけで、何かを得ているように思う。本の素晴らしさとは、本の中にあるのではなく、本と読者の間に生まれるのだろう。読者としての自分がどれだけ本と向かい合ったか。本を楽しむためには、きっとそれが大切なのだ。
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