仕事もせずにテレビゲームばかりしている30過ぎの男。生活費が尽きると彼女の部屋に転がり込んで、少女マンガを読みふける。そんな、どうしようもないダメ人間な主人公の生活は退屈なものではなく、グレートなアドベンチャー(冒険)に満ちていた。
僕は東京に生まれた。
ちょうど魔王のいる洞窟に入ろうとしているところ。
という文章からこの物語は始まる。まるで現実よりもゲームの世界のほうが重要であるかのごとく、冒頭からゲームのことについて熱く語る主人公。彼は自分の将来のことなどまったく考えていない。将来どころか過去の記憶ですら曖昧だ。不確かな過去を抱えるために確固たる自分がなく、未来のことを考えることは積極的に放棄している。主人公にとっては目の前に見えるものと、それについて考えている自分だけが現実のようだ。
そんな世界に生きる主人公にとって、実際の東京はまさに冒険の舞台となる。冒険の醍醐味とは綿密な計画をたてて着実に実行することではなく、未知なる困難と遭遇し、その予測不能な状況をいかに切り抜けるかという部分にあるのではないだろうか。30歳とは思えないほど知識がなく、将来の予測を立てるという意識が欠落した主人公にとっては、生活することが驚きと不可思議に溢れた冒険になる。ゲームのなかに現れる魔王の存在意義について考察をし、少女マンガの人間関係について疑問を投げかけ、はたまた彼女の部屋にあったネコ型の座椅子の座り心地の悪さに苦戦する。目の前に現れた状況に対して思考という武器のみで戦う主人公。なんだか方向性を間違えたドン・キホーテのようでもある。
あまり詳しく書くと読んでからの楽しみが減るのだが、ドン・キホーテに風車という敵がいたように、主人公にも倒すべき強大な敵がいるということだけは記しておこう。深いようで浅く、浅いようで深い物語だ。
併録されている「ゆっくり消える。記憶の幽霊」は、崖から身投げした女性が美しく死にたいと思いながらも、人生を振り返えるのだが、ついついくだらない事ばかりが脳裏をよぎる。ついには「くだらなさの化身」までも登場するという物語。文学的な吉田戦車といった趣になっている。
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