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宮脇書店西淀川店/砂川昌広さん

2008年3月6日

『土曜日』
『土曜日』

【 新潮社 】
イアン・マキューアン
2,310 円(税込)
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勤務先の近くに交通量の多い大きな交差点がある。五差路になっていて、反対側に行くのに信号を二回待たなくてはいけない。今では慣れたので、何も考えずにぼんやり立っているが、ここに勤め始めた五年ほど前は、この時間が待ちきれなくてイライラした。僕が落ち着かずに辺りを見回していると、正面の信号機の横に工事の際に置くような看板があった。「テロ警戒中」と書かれたいた。あたりに警官の姿はなく、監視カメラが設置されているわけでもなく、ただ、看板がポツンとある。あれでは抑止効果どころか、何もしていないのをアピールしているようにしか見えない。そもそも、テロが無差別攻撃だといっても、こんな地味な町を標的にするとも思えないと、僕は見るたびに笑いとばしていた。この本を読んであの看板を思いだした。

舞台はロンドン。アメリカのイラク侵攻反対の大規模なデモが行われる土曜日の早朝、脳外科医のペウロンが、自宅の窓から炎上する飛行機を目撃する場面からこの物語は始まる。同僚とのスカッシュに白熱、施設にいる母親を訪問、ライブハウスへ息子の演奏を観に行き、半年振りに娘と再会する。その行動だけでなく、思考までもが細部に渡って描かれているため、読んでいると自分がペウロンとともに土曜日を過ごしているような気分になる。やりがいのある仕事があって、容姿も美しく愛する妻がいて、子供たちは才能豊かで家族思い。ここには満ち足りた日常と幸せな家庭の姿がある。

だが同時に、ここで描かれているのは充実しながらも破綻の可能性に満ちた日常でもある。優秀な脳外科医で現実主義者のペウロンはあらゆる可能性を分析しながら行動する。何か行動するとき、その決断に至る思考までも克明に書かれている。何かを選ぶことによって、選ばれなかったもうひとつの未来を予感させ、それはまるで綱渡りのような行動に思えてくる。ペウロンの感情が昂ぶって判断力が落ちているときなど、読んでいて心配で息が詰まる。ひとつ間違えば、取り返しのつかない事態に陥るのではないか。空気のように蔓延したテロや戦争への恐れが、あらゆる不安を増幅させる。幸せと波乱の予感に満ちた土曜日はゆっくりと進んでゆく。

あの「テロ警戒中」の看板は、数年後、道路工事が始まる際に撤去された。その間、僕は数え切れない程あの交差点を通ったが、気になっていつも看板がまだあるかどうか確認していた。そして、見ればいつも何か落ち着かない気分になって、だから、それを振り払うために笑いとばしていたのだろうか。この本を読み終えて、そんな事を思った。

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