WEB本の雑誌 TOP
.
.
.
.
.
.
[前へ][次へ]
[バックナンバーへ]

4/28

「いつかパラソルの下で」


【 角川書店 】
森絵都 著
1,470円(税込)
いつかパラソルの下で

 病気の時にしか健康のことを考えられないのと同じ様に、「アイデンティティ」について考え始めるというのはある意味ヤバい状態になっている証拠だ。そういう「病気」な状態の時に読んで、すっと心に入ってきてしまう小説というのは、本屋としては非常に美味しいけれどもイチ読者としては非常に危険だと思っている。


森絵都さんの『いつかパラソルの下で』は、ものすごく低く、身近な視点から書かれた小説ゆえに、読みながら上記の様な危惧の念を抱いた事をここに告白する。だが、主人公が「本当はどこかにある筈の自分」を探す様な人間じゃない事が確認できた時点で、その誤りに気付いた。主人公は様々な面で(特に性的な面で)問題を抱え、それを自覚している人間である。「住居費を折半で安く仕上げようと思っているから同棲している」と同棲相手には思われ、将来のヴィジョンに束縛される事がイヤで人生の見通しが立たず、定職に付かず好き嫌いの感性でバイトを決める様な女性。そんな主人公の父親が事故で亡くなり、離れ離れだった家族が集まるところから物語は始まる。

 堅物で、子供に対しても異常な厳しさを見せた父親には、実は死の直前に不倫関係になった女性が居た、という家族にとって衝撃の疑惑が立ち上がる。その疑惑の真実を追って、主人公とその兄弟は父親がかつて捨てた故郷を訪ねる。同時期に主人公はアルバイトも同棲相手とも上手く行かなくなり、それゆえにその旅は見方によっては主人公の「自分さがし」の旅とも言うべき色合いを帯びるのだが、主人公のルーズさをより派手にした様な兄と、主人公の硬い性格をさらにハードにした様な妹とのどことなく弥次喜多な道中描写もあいまってそうした事を意識せずに読み進んでいけるし、主人公もそれは意識していない。その旅の終わりに主人公はある事に気付いてハッピーエンドを迎えるのだが、それはここでは触れない事にする。

 クール過ぎず、かといってナルシスティックになるでもなく、主人公が自分自身を突き放して捕らえる目線がいい。落ち込もうがなんだろうが、全て結局自分次第、という事を改めて気がつかせてくれる作品だ。


[前へ][次へ]
[バックナンバーへ]

| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | インフォメーション | サイトマップ | お問い合せ |

Copyright(C) 1999-2008 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved