そこそこ名の知れたホテルのレストランに、気の知れた友達と行くとする。
平日の夜。一旦帰宅して、ざっくりシャワーを浴びる。それなりの清楚な服装で、地下鉄を使って、ホテルへ向かう。レストランで、スプリッツァーを飲みながらメニューを相談。今日は自分たちへのご褒美だからと腹を決めていたつもりでも、やっぱり翌日からの生活も考えて9千円のフレンチコースとハウスワインをオーダーする。
アミューズから始まってプチフールで終わる8皿のフルコースに、僕たちは満足する。料理には、アラン・デュカスが作る皿のような新鮮みなんて殆ど無いし、グランメゾンのように逸脱した非日常感も無いけれど、フィレステーキのマデラソース、きちんと美味しいなと完食する。丁寧なサービスとホテル特有の雰囲気。「残ったソースをパンに付けて食べても美味しいので、パンはドンドンお代わりしてくださいね」なんて口元を上げるウェイターに、少しだけ笑い声をテーブルに響かせる。
酔い覚ましのタリーズコーヒー。赤座エビのガレットが美味かった、ガレットって結局クレープのこと?、ウェイターの人面白かったね、マカロンが凄く美味しかったから今度買って帰ろうと、二人して煙草を吸う。
風味絶佳はそんな幸福だ。
6つの恋愛短編は、どれもが絶佳。恋愛だけで括るにはもったいない。彼ら彼女ら、その状況が、切なくても親しくても溺れていてもトロけていても「大好き」。登場するものがとてもとても愛らしい。
決して派手な人物たちじゃない。運命や状況のために涙を流すような恋愛でもない。強いて言うなら明鏡止水。人によっては、成人しているのに考えられないくらいに幼い人たちだと、一蹴されそうな無邪気さ。それでも人は歳を取ってもプッチンプリンを喜ぶものなんだから。
また、文章美はやはり外せない。作中のシチュエーション、小道具や人物を完璧に再現した映像があったとしても、それはきっと美しいとは思えないだろう。風味絶佳には、一瞥だけなら通り過ごしてしまいそうな短文に潜む感情や、トントンと弾む段落など、本にしかできない世界をちゃんと持っている。素晴らしい文だ。
最後に装丁。紐しおりまで含めて、ゴージャス。水色だったら台無しだったと思うもの。
トラッシュやソウルミュージックラバーズオンリーをグランメゾンとするのなら、これはホテルフレンチ。クレームブリュレとオハヨー焼きプリンの関係にも似ている。もともと次元が違うのだから一緒にしてはいけない。どちらにも良さがある。
とはいえブラッセリーじゃないのが山田詠美の小説。僕はそう思う。 |