私は山登りが大の苦手だ。
登り始めて10分もしないうちに「何が面白くてこんなことを…」と文句を垂れる人間だ。
沢木耕太郎『凍』を手に取った時も最後まで読み通せるか内心不安だったのだが、読み始めるとページを繰る手が止まらなかった。
精緻を極めた雪山の描写には身も心も凍えるような寒気を覚えた。
それなのに読み終わった後は温かい気持ちで胸がいっぱいになった。
数週間経った今でも熱い思いが身体中に漲っている。
私にとって『凍』は迷うことなく今年のベストワンだ。
本書は、山野井泰史・妙子夫妻が2002年秋、ヒマラヤ高峰ギャチュンカンに登攀した際の壮絶な死闘を描いたノンフィクションだ。
壮絶な死闘なんて、また大げさな…と思われる方もいるかもしれないが、泰史は手の指5本と右足の指全てを、妙子は両手の指の全てと足の指8本を、凍傷で失っている。
これを死闘と呼ばずして何と呼ぼう。
数日に及ぶ絶食、悲惨極まりないビバーク(露営)、酸素不足による一時的な失明。
中でも、下降の最中、雪崩に直撃され、崖下にロープで宙吊りになった妙子が命からがら乗り切る場面は、読んでいて手が震えた。
とにかく圧倒されるのは、クライミングに懸ける二人の情熱だ。
―「なにより、妙子の強さを支えているのは、その強靭な精神力であるように思える。自分はクライミングが好きだという一転から揺らぐことがない。妙子は、好きなクライミングをしているかぎり、どんなことでも耐えられるのだ。」
この部分を読んで、涙が止まらなかった。
「好きだ」という思いは何ものにも勝る武器になるのだと胸が熱くなった。
この2人の前では、「プロ」とか「天才」といった言葉さえ霞んでしまう。
「山野井泰史を一言で表すとしたら?」と問われたら、「ヤマノイヤスシだ」と答えるしかないだろう。
妙子についてもまた然りだ。
山野井泰史をヤマノイヤスシたらしめているのは、何より妙子の存在であり、山野井妙子をヤマノイタエコたらしめているのは泰史の存在であることが、本書からひしひしと伝わってくる。
危機的状況に陥れば陥るほど、相手に対する絶対的信頼はさらに強度を増す。
ソウルメイトとはこのような二人のことを言うのだろう。
相手の存在が、自分の中にある力を何倍も何倍も強くしている。
私が言うのも変だが、彼らが出会えたことを心から神様に感謝したい。
しつこいようだが、これほど感銘を受けた本は久しぶりだった。
それは私が山岳シロウトだからで、初めて海を見たモンゴル人のように、新しく知った世界に驚いているだけなのかな、とも思ったのだが、私の盟友であり数多の山岳ものを読破している「気分はギャチュンカン」男も、本書は山岳ものの中でも一頭地を抜いていると絶賛していた。
そうか、やはりこの本は本物だったのだ、と分かって嬉しかった。
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