| 待望の沢木耕太郎の新作。私が取り上げなくても誰かが紹介するだろう(紹介された)。しかし、それでもここは通したい。推したい。
ほら、あるでしょう。麻雀やっていて、この牌を捨てると、リーチかけたヤツに当たるかもしれないと思っても、こちらの手もイイ、ツッパラずにはいられない、えいっ! っていうときが。
なにしろ、この『凍』は倍満級の山岳ノンフィクションだ。
麻雀の役が重なると満貫といって点数が高くなるのだが、倍満というのはそれが2つ、倍満貫ということだから、そのすごさがわかるだろう。
麻雀用語続いたので、本を例に取る。
まず、夢枕獏の『神々の山嶺』(集英社文庫)。エヴェレストの難関ルートを冬季しかも単独で山頂を目指すクライマー。はたして彼は登頂することができるのか。後半の登頂シーンがドキドキの山岳小説の傑作だ。
そして、もう一冊が『エンデュアランス号漂流』(新潮文庫)。こちらはサバイバルノンフィクションの傑作。1914年、南極大陸横断を目指していたイギリス探検隊の船が流氷に閉じこめられ動けなくなってしまう。南極での越冬の様子がすさまじい。
そうなのだ。『凍』は、『神々の山嶺』のクライミングシーンのドキドキさと『エンデュアランス号漂流』の生還に向けてのすさまじさを併せ持つ作品だ。
山野井泰史、妙子夫妻がギャチュンカンというヒマラヤの高峰に挑む。しかし、この山行はトップクライマーである二人を持ってしても困難を極める壮絶なものとなる…。
この作品は、沢木が単なる話の聞き手を超えて「私」として作品中に登場する「私ノンフィクション」(代表作『一瞬の夏』新潮文庫)のスタイルを取っていない。山野井夫妻が、ギャチュンカンを登り、降りる。それがすべてといってよい。
この点を物足りなく感じる沢木ファンはいると思う。もし著者を知らされず、この本を読んだら、沢木耕太郎の作品と気が付かないかもしれない。しかし、すごい作品だ、書いたのは誰だ、と問うことになるだろう。それとも、事実に圧倒され著者をまったく気にもとめなくなるか。
ドラマ性を抑え、静かに事実を積み重ねていく。それが迫力を生む。 |