学生の頃、歴史学の授業を受けていたことがあった。中世ヨーロッパの民衆について記述した本(そんなに難しいものではなくあくまで一般的な)を輪読しながら歴史学の初歩的な概論を学ぶというものだった。本にはその当時流行った病気について民衆はそれを何かの呪いであるという民俗的な捉え方をしていたが、科学的にはこれこれ云々という原因があったと考えられる、と言及されていた。発表者はそれをすんなり受け入れ、この病気の原因は科学的に説明できるので民衆の捉え方は間違っている、と言った。
さて、「科学的」であることは果たして「真実」と言えるのだろうか?
私は「超能力」といった類のものを結構信じている。今現在の科学では解明されていない部分というのは思う以上にあるものでニュートン力学に適わないからといって無下に否定してしまう、というのはどうかと。とは思いつつもやはりそこは常人では嘘か本当か判断がつきにくいところ。そんな超常の力を持つとされる3人のエスパーたち(しかしその中の一人は能力ではなく技術だというが)の日常を切り取って書いたのが本書『職業欄はエスパー』。これは森達也氏がテレビ用のドキュメントを撮るために3人のエスパーたちと接した記録でもある。
3人のエスパーたちの日常は想像以上に普通。食事をしたり、友達と飲んだり、結婚したり、日曜には子どもと遊んだり、父兄会で手品を披露したり。なんら一般の人と変わることのない生活をしているのだけど一般の人が持っていない能力を持っているがためにテレビに出ればインチキだと罵られ、「科学的ではない」と声高々に否定される。科学的ではないといって否定するのはとても簡単だが、では彼らの存在は何なのか?森達也氏は悩む。
テレビ番組の作り手は超能力の存在に対して「はい」か「いいえ」の選択を迫られ、「はい」なら超能力賛美に「いいえ」なら超能力全否定のテレビ番組を作る。それは視聴者がグレーゾーンを望まないから。考える行程を飛ばして結果を、明確な答えを知りたい。あるかもしれないし、ないかもしれない、そんなあいまいさを許せない視聴者のために。そんな世情を理解し森達也氏は悩む。
自分は信じるか信じないか。目の前でスプーン曲げやダウジングを見ても悩む。超能力は嘘か本当かずっと悩む。そして悩んだまま本書は終わる。
超能力が本当かインチキかは実は誰にもわからない。でも、「科学的」ではないから超能力は全て嘘だというのは大いに疑問。「科学的」であること=「真実」であることを疑わないこの世界はあまりに狭く、面白くないよねっ。
とまあこんな堅苦しいことを言っているけれど、本書の随所に見られるエスパー界の裏話はかなり面白いです。
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