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5月18日(日)

 雲梯ができるようになったから見て、と息子が言うので近所の公園へ出かけた。見て見て、と言って得意げに往復する息子。すごいなあ、と調子を合わせてやると、何度も何度も往復。
 やがて、お父さんできる? と挑発するので、なもん楽勝やがなと、ぶらさがったところ、何らかの超自然的な作用により、腕が雲梯に貼りついて動かなくなった。体面上そのままというわけにはいかず、なんとか最後まで平然と渡り切ったけれど、平気なのは顔だけだったのである。
 おかしい。
 雲梯ってこんな重労働だったか?
 私はべつに太っているわけでもないのに、こんなに重いのは変だ。近所に墓地があるので、悪霊の仕業かもしれない。

 それにしても、医者でもらった薬を飲んでいるのに、ちっとも咳がとまらなくて腹が立つ。
 トローチもだ。ちっとも効かないじゃないか。
 思えばこれまで、せき止め効果を謳っているトローチやのど飴をなめて、少しでも咳が収まったためしがない。ハーブの効能とかいろいろ書いてあるけれど、どれひとつ納得のいく効果がなかった。喉がスースーして気持ちいいものはあるものの、それにしたって、スースーしてほしいのはもっと喉の奥のほうなのに、ずっと手前の、ほぼ口の中といってもいいあたりしか気持ちよくならないのだ。
 咳が出るのは気管や肺に異常があるのだから、飴なんかなめても効果ないんじゃないか。咳止めは気体であるべきではないか。酸素ボンベみたいな咳止めがなぜ売っていないのか。

5月19日(月)

 今日も一日紀行エッセイのためし書き。
 どうもうまく書けない、と頭を抱えていると、妻が突然「やめたら」と言う。やめたらってああた、仕事でがんす、ととっさに言い返したのだが「今のあなたは、書くことにほとほと疲れているように見える」と指摘された。そして「しばらく書くのやめたほうがいいよ」と大胆なことを言う。
 何と答えていいかわからず、黙っていると、
「あなた、過労死するサラリーマンのことを、なんでそこまで働くかな、自分ならさっさと会社辞めて逃げるのに、って言ってたけど、今のあなたもそんなサラリーマンと同じじゃないの」
 ……。
 どういうことだ? 自分ではそんなに働いているようには思えない。むしろちっとも働かない怠け者のように感じているのだが。
「休んだほうがいいよ。休まないから書けないのよ」
 休む? もともと遅筆なのに、さらに休む?
 ありえない気がする。
 とっさにL社のカースン・ネーピアさんの顔が浮かんだ。私はカースン・ネーピアさんに書き下ろしを頼まれたまま、もう何年も待たせており、さらにしばらく休みますとは言えない気がする。カースン・ネーピアさんは、私が今までもずっと休んでいたぐらいに思っているだろう。
「小説だって全然進んでないでしょ。本当は今何も書きたくないのよ」
 返す言葉がなかった。
 私が過労死するサラリーマンと同じぐらい働いているかといえば、それは断じてNOであって、肉体的に疲れてるってことはないと思うが、心の中で書くことに飽き飽きしているのかどうか、そこまではわからない。どう考えたものかすぐに判断できない。
 それにしても、収入がなくなることを屁とも思っていない妻の態度には、いつも感心させられる。

5月20日(火)

 昨夜ひどい雨と風が吹き荒れていたが、だんだん止んで、仕事場へ出勤する頃には傘がいらなくなっていた。かき乱された大気のおかげで、住宅街を貫く幹線道路にも、むっと草の匂いがたちこめて、山の中か? と感じるほどだ。そんなとき私は、かつて歩いた東南アジアの熱帯雨林やヒマラヤ山麓の情景を、胸いっぱいに甦らせて、束の間の開放感に浸る。

 ちっとも捗らない紀行エッセイはいったん置いて、少し早いが、来月頭締めの連載原稿を書く。

5月21日(水)

 娘はこのごろ、幼稚園に嫌がらずに通うようになった。
 そのかわり、毎晩悪夢にうなされている。何か意味のとれないことを口走りながら、のけぞったりするのだ。抱っこすれば収まるかと思いきや、殴られたこともある。どういうことだ。そんなに恐ろしいところなのか幼稚園は。
 
 紀行エッセイについて、中国や台湾、韓国そして日本といった漢字文化圏をめぐる旅を書くつもりで、テナーさんにもそう伝えてあるのだが、自分で言い出しておきながら気持ちが変わってきており、いったん全部リセットして考え直してみた。
 今一番行ってみたい場所はどこか。現実的に本当に行きたいところ。即座に四国八十八ヶ所という答えが出た。信仰心とか、せっぱつまった悩みがあるわけではないが、体を動かしたいし、何より八十八ヶ所の朱印を全部集めて、悦に入ってみたい。それに前々から四国の自然が気になっていたし、今の気分にぴったりだ。
 
 咳がやっとひいてきた。

5月22日(木)

 A社テムジンさんと、新宿で単行本の打ち合わせ。
 初めての紀行でないエッセイを出す予定。あちこちで書いたものをまとめたものだが、内容が多岐にわたっており、ひとつにうまくまとまってくれるか心配だ。
 新宿に出たついでに紀伊国屋で、四国八十八ヶ所のガイドブックと『中世の東海道をゆく 京から鎌倉へ、旅路の風景』榎原雅治著(中公新書)という本を買う。実はちょうどこの前、鎌倉時代の日本の風景ってどんなだったんかなと思い、『東関紀行・海道記』玉井幸助校訂(岩波文庫)を買って読み始めたら、古文だからイメージが湧いて来ず、放り出したばかりだったのだ。なんというタイムリーな本。こんな本が出ていたのか。まさに私のために書かれたとしか思えない。
 この頃、どうも昔の風景が気になる。世間では昭和ブームなんていってるけど、そんな最近のじゃなくて、写真などなかった時代の風景。今見ることができたら、どんなにエキゾチックだろうかと思うのだ。映画「紀元前一万年」なんかも実は気になっており、どう考えても映画的にはつまんなそうなんだけど、一万年前の風景を見るためだけに観ようかと思ったりする。
 今回の本といい、「紀元前一万年」といい、ひょっとして、今、昔の風景ブームがきてるんじゃないだろうか。
「紀元前一万年」は関係ないか。

5月23日(金)

 ハワイの記事を書かないかとの打診があり、J社へ行って打ち合わせ。
 いつも出版社と打ち合わるときは、とくに服装など考えずに普段着で出かけるが、この日はアメリカで買ったジェットコースターの絵柄のTシャツを着ていた。出版業界では編集者でさえスーツなんか着ていない場合も多いので、なんでもありなのである。ところが、考えてみるとJ社は出版社ではなかったのだった。
 ガラス張りの洗練された社屋の受付で、周囲がみなぴっちりとしたスーツ姿ばかりだったときには、せめて襟のついたシャツを着てくるべきだったと頭を抱えた。おまけにリュック背負って運動靴という、この年でそれが普段着というのもどうかと言われそうな恰好だった私は、不審者と思われないようさりげない態度で受付を済ませ、さらに警備員に阻止されないよう胸のまんなかに堂々と入館証をちらつかせつつ、エレベーターへ突入した。
 そうして、そうだったそうだった、会社っつうのはそういうものだった、と後悔とともに昔を思い出しながら、事情を知らん人にいったい私は何者と思われているだろうかと考えた。一流企業のオフィスに突如Tシャツで現れる男。宅配業者はそんなところまで入らないだろうし、掃除や工事の人は作業服着てるだろう。もちろん商談相手は論外。とすると残るは……親戚? 
 いやあ、たまたま近くまで来たんで顔でも見ようと思ってね、どう、元気? お母さんの調子はもういいの? って東南アジアのタクシーか。

5月24日(土)

 娘に水ぼうそうらしき水疱が出た。
 夏の宮古島を阻止してやろうという敵の陰謀と思われるが、時期早尚だったようだ。今頃水ぼうそうに罹っても、夏までに治ってしまうだろう。ぶはは。平気平気。
 

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