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8月1日(金)

 新幹線で福岡の妻の実家へ。
 山陽新幹線はトンネルが多くて、景色をじっくり眺めにくい。子供たちはシールに夢中で、景色どころではない様子。子供が本当にシールが好きだ。よく本屋へ行くとレジの横に小さなシールブックを置いているところがあり、いったい誰がこんなもの買うんだろうと思っていたが、こういうことだったか。
 福岡は何度来ても住みやすそうな街である。国際空港と、新幹線の駅と、都心とが地下鉄一本でつながれているのが便利だし、海もあるし、山も近いし、外国も近い。引っ越してもいいぐらいだけど、妻は、社会人になるまでずっと住んで、もう住み飽きたというのだった。

8月2日(土)

 アジアのお化けの絵の展覧会があるというので、福岡アジア美術館へ出かけていった。美術館にはお化けの絵とは別に絵本が多く展示されており、どれも手にとって、そのへんに座り込んで読めるようになっていたので、意図したわけではないが、子供を連れていくのにちょうどよかった。
 万華鏡をつくるワークショップがあって、それに子供を参加させてみる。というか、そこで作る万華鏡に私自身が惹かれたのである。それはよくある筒状のものではなく、立方体の万華鏡で、中が六面とも鏡であるために、のぞくと無限に像が浮かんで、とても幻想的なのだ。筒状のものはすぐに飽きてしまうが、これは中に宇宙が、あるいは深海が、もしくは香港の夜景が封じ込められているかのようだった。
 この年齢になって万華鏡に心ときめくとは意外である。

8月3日(日)

 福岡の郊外にある海水浴場へ行く。
 海の家がある海水浴場に子供を連れて行くのは初めてで、海の家ってなあに? と聞くので、夏になるとな、海水浴場に食事をとったり休憩したりシャワー浴びたりできる家が、海の中からざばああんと現れるんや、大きな海老の背中に乗ってな。それが海の家や。うっかりそこで休んだりすると、そのまま家ごと海の中へ連れ去られて帰ってこられなくなる、それはそれはおそろしい家なんや。と語り聞かす。
 つまるところ、私は海の家が嫌いなのだった。今日の海水浴場でも、ひとり1500円とか言い出す始末で、しかもシャワーは別でコインシャワーだという、シャワー代込みの値段じゃないのか。腹が立ったので、海の家は生涯利用すまいとあらためて胸に誓う。海の家なんぞ、みんな大波にさらわれてしまえばいい。
 ビーチはさすがに日曜とあって多くの人出があり、水が濁っていた。しかもしばらくすると雨が降り出したので、さっさと引き上げることにする。それでも波にゆらゆら揺られて、子供たちは満足そうだった。

8月4日(月)

 ひとり新幹線で東京へ戻る。もちろんこの程度の距離で飛行機は使わない。
 途中山口県のどこかで、車窓から、大きな谷間の奥に岩肌のむき出した荒々しい山がそびえているのが見え、おお、こういう場所に住みたいぞ、と色めきたったが、あっという間に通り過ぎて地名も何もわからなかった。
 新幹線で読んだのは宮崎賢太郎『カクレキリシタンの信仰世界』(東京大学出版会)。
 9日ぶりのスットコランドに帰り、これからしばらくひとり暮らしである。さっそく届いていた新聞連載のゲラを確認。米を炊いて、買ってきた惣菜とともに食べた。

8月5日(火)

 昨夜炊いた米でおにぎりを作り、それを持って仕事場へ。半日かけてサブカルコラムの連載原稿を書く。
 外は雷雨。おかげで仕事がはかどったけれど、この雨が半端じゃない雨だったのであって、夜のニュースによれば二十三区内では冠水している建物もあったようだ。川が氾濫するなんて非日常的な事態のように思うが、最近の東京では珍しいことではなくなった。ヒートアイランドとか、集中豪雨とか、東京は日に日に過酷な気象条件の地に様変わりしていく。このままいくと、10年20年後にはとても人が住めない金星みたいな土地になってるんじゃないか。そうして郊外のコロニーから、灼熱と洪水の大地に、サラリーマンが宇宙服を着て、決死の覚悟で通勤していくのだ。
  
 夜BSで四国遍路の番組をやっていたので見た。見ていると、自分も早く続きを歩きたくなったけれども、そんなことより雷で映像がびわびわになって、3分の1ぐらい何がなんだかわからなかった。
 その後今度は宮崎駿のドキュメンタリーを見る。これは非常に面白かった。人を喜ばせていないと、自分に生きている価値がないような気がするという抑圧が、宮崎駿の心の中にはあるらしい。その抑圧こそが仕事へのドライブになっているのだ。
 ならば私の中にどんな抑圧が潜んでいるかと考えてみた。抑圧ならたくさんある。飛行機怖い、食事が面倒くさい、ひとつの場所にじっとしていられない……ってなんかちがう気がするな、そういうストレスみたいな話ではないのだ。もっと生きる意味とか、そういう方面で何かないのか、劣等感とかトラウマとか、そういうのをバネにして作家はものをつくるんじゃないのか、んんん……劣等感? そうだなあ、○○ポコが小さいとか? 全然だめだ、小説になりそうにない。それに、歳とって、もうあんまり気にしてないぞ。

8月6日(水)

 書評原稿を書くつもりで仕事場へ行くが、どうにも書き始められない。とりあげる本も、書く内容もとっくに決めてあるのに、しかも締め切りは明日だというのに、どういうわけか気が乗らないのだ。
 どうしてなのか自分の胸のうちを分析するに、どうやらそれは、今度友人たちと行こうと企画している川下りのことばかり考えているせいであることがわかった。というか最初からわかっていた。
 だって、私が幹事なのだ。まだ予約が取れていないこととか、集合場所のこととかいろいろ気になって仕方がない。それに、みんなで川下りしている楽しげな映像が頭の中にちらついて、どうにも落ち着かないのだ。
 それで昨日の抑圧の件について思ったのだが、私の胸の中には、子供の頃思う存分野山で遊べなかったという意識がある。夏休みで、しかもいい天気なのに、家にこもって宿題をやっていたり、出かけてもすぐ近所の公園でしかなかったりで、あああ、もったいないもったいない、夏が過ぎていく! と子供の私はいつも唇を噛んでいた。なんだか膨大な量のミネラルウォーターが、工場廃水で汚れたドブ川にどぼどぼ流れ込むのを、指をくわえて眺めているような、そんな虚しさを常に感じていたのである。その思いが、こうして今の私のドライブになっているというか、仕事の邪魔になっているというか、これをなんとか仕事に役立てることができればと思うのだが、どうすればいいのだろうか。やはりまずは思う存分野山に遊び、そのトラウマを癒すことが大事なのでは?
 そうそう、書けない理由がもうひとつあった。現在アメリカツアー中のジェットコ仲間の日記が、WEBにアップされていて、見たくないのについ見てしまうのだ。くっそう、腹が立って腹が立って腹が立つ。なぜ私がそこにいないのか。今からでも行って合流したいぞ。なんかもう長いことジェットコースターに乗ってないような気がする。数えてみると、もう5ヶ月ぐらい乗っていない。ちまたではジェットコースター評論家とさえ呼ばれることのある私が、そんなことでいいのだろうか。
 働け。
 不意に、カースン・ネーピアさんの声が、エアコンの吹出口から聞えた。

8月7日(木)

 昨日の日記の続きではないが、この日記を連載している関係上、本の雑誌のWEBをよく見るようになり、大変困惑している。というのも、「帰ってきた炎の営業日誌」で紹介される本が、いちいち読みたくなるのである。どの本も絶賛しすぎではないか。私は本なんか読むより、原稿を書かねばと思っているのに、日に日に読みたい本が増えていく。
 だいたい明日から北京オリンピックが始まるけれども、うっかり見てしまわないよう、新聞も止めて情報をシャットアウトしているぐらいの私なのだ。それなのに、紹介されていた佐藤多佳子『夏から夏へ』(集英社)をついアマゾンで注文してしまい、本日無事届いたではないか。
 この本は、陸上日本男子の4×100mリレー男子チームのノンフィクションだそうで、かつて高校、大学と、まさしくその4×100mリレーの選手だった私は、買わずにおれなかったのである。知らなければスルーしていたのに、まったく大迷惑にもほどがある。読むぞ。読まいでか。そして読んだらきっと、オリンピックも見たくなる。陸上はいつからだ。100、200と、この4継、そして女子マラソンだけは見ていいことに今決めた。
 
 立秋だからというわけでもないだろうが、夜になって涼しくなった。
 家中の窓を開け放ち、室内の灯りを全部消して素っ裸になって涼んでいると、ほのかに牛糞の匂いが香り、不意に、学生時代に旅した東北地方のことを思い出した。牧場にあるユースホステルに数日間滞在し、羊の世話をしたのである。あのときは、羊って、鳴き声がまるで人間なんだな、と感心したのだった。
 将来自分はどんな仕事につき、どんな人と結婚するのだろうか、どんな人生になるんだろうか、子供はいるんだろうか。
 そんなことを漠然と思っていたあの頃の、何もしなくてもすべてが自動的に前に転がっていくような日常を、懐かしく思い出す。
 突然、そうだ、ドライブしよう、とひらめいた。夜のドライブなんて、久しぶりではないか。どこかもっともっと涼しい場所まで走って行こう。
 さっそく車に乗り込んだら、ガソリンがなかったので、まずはガソリンを入れに行った。夜に車を走らせていると、学生時代の気分がよみがえるようだった。今なら何時まで外出していても、妻に嫌な顔されることもない。オレは自由だ。ああ、オレにはまだまだ未来がある。これからどんなことだってできるぞぉ!
 ところで、ガソリンは183円もした。
 やっぱり夜のドライブは、ほどほどにしておくことにした。

8月8日(金)

 しばらく放ったらかしになっていた四国遍路を書く。だいぶ前からかかっているのに、途中さまざまな仕事が入って中断し、時間がかかっている。
 すでに冒頭の20枚ぐらいは書いてあるのだが、どうも自分で納得がいかない。何度書き直しても納得がいかない。とくに冒頭の10枚は、もう5,6回はゼロから書き直している。それでも納得いかない。困った困った。
 
 佐藤多佳子『夏から夏へ』を読む。
 4継日本代表メンバーのノンフィクション。選手たちの苦悩や、走るときの感触など、経験者である私には、いちいち実感としてわかってしまい、読んでいるうちに、自分も明日からでも陸上を再開したいぐらいの気持ちになった。体調が悪いときにいい記録が出たり、その逆もあったり、というところなど、そうだったそうだったとうなづいたり。まあ、もちろん彼らと私ではレベルが全然違うわけだけれども、やっぱりスポーツっていいよなとあらためて思う。
 そしてそんな今日は、まさにオリンピックの開会式だったりして、まずいときに読んでしまった、まずいまずいと頭を抱えた。私はこの夏に四国遍路を離陸させ、できれば小説も再開したいと思っているのだ。開会式など見てしまったら、気分が高揚して、なし崩し的にテレビべったりの生活になってしまう。そこで心を鬼にして、レンタルビデオを借りに行った。
 開会式の時間帯に当てて「パンズ・ラビリンス」を観る。悲しい。悲しすぎる映画であった

8月9日(土)

 家族がいないので、週末も仕事場へ。
 四国遍路の原稿にいいリズムが出来てこないので、カーテンを閉め切り、現地で撮ってきた写真をパソコンのディスプレイでスライドショーにして、ずっと音楽を聴いていた。原稿のことはいったん忘れ、歩いていたときの感じを思い起こす。
 倉橋由美子『酔郷譚』(河出書房新社)を読んだ。女の人はエロスが自由に描けていい。男がエロスを描いたものは、どうしても言い訳くさい気がする。

8月10日(日)

 どういうわけかほとんど眠れないまま夜が明けたので、そのまま起きることにした。テレビをつけると、「渡辺篤史の建もの探訪」をやっていた。変な家が出てくるのを期待したが、普通におしゃれな家でつまらなかった。外壁も内装も真っ白で、まったく凡庸だ。
 私は、いつの日か渡辺篤史が絶対来ないような家を建てたい。もし渡辺篤史が来てしまったら、落とし階段で迎え討つ。それでも這い上がってきたら、吊り天井でとどめだ。そうして、いやー、鳥肌がたちますね、と言わせたい。
 黙々と四国遍路。なんだかずっとこの原稿をいじっているような気がする。いつものことだが、新連載の第1回は、全体の流れやトーンを支配するため、考えすぎて、めちゃめちゃ時間がかかる。

8月11日(月)

 朝起きたらもう11時すぎだった。なにげなくテレビをつけたら、偶然男子100m平泳ぎ決勝で、北島康介が泳いでいた。思わず応援してしまい、ばっちり目が覚めた。北島は世界新で金メダルだった。すばらしい。危うくそのまま表彰式まで見そうになったが、心を鬼にしてテレビを消す。この夏は執筆に全力をあげることになっているのだ。
 ついまたテレビをつけてしまわないよう、DVDを借りに行く。それじゃ意味ないだろうという意見もあろうが、それとこれとは全然ちがうのである。DVDは2時間なら2時間観たらそれで終わりだが、オリンピックは一度観始めると、とめどなく観てしまう。とくに観たいとも思っていない野球とかソフトボールとかホッケーとか卓球とか、挙句の果ては日本が出ていない試合まで、なんとなくズルズル観てしまうのが、オリンピックの恐ろしさなのだ。したがってDVDを観るのは、肉を切らせて骨を絶つ捨て身の戦法なのである。
 というわけで、四国遍路の映画「ロード88」を観た。
 主人公が白血病というので、またそれかよ、と思ったが、最後は死なずに治ったのでよかった。映画でもなんでも、難病は治らなきゃいかん。

 夜のニュースで、女子バトミントンのペアが、第1シードの中国ペアを破ったというニュースを知り、つい見入ってしまった(夜のニュースは見てもよい)。北島や柔道とちがって、普段ほとんど注目されないバドミントンだし、聞いたことのない選手たちだったので、かえって気になる。そういう、期待されていなかった選手が予想外に活躍する、という展開に私は弱いのだ。
 弱いといえば、とくにオリンピックで弱いのは、NHKのアナウンサーの声が裏返る瞬間だ。ときどき自分は、競技ではなくて、実況に感動しているんじゃないかと思うほどである。アナウンサーの声が裏返るのは、たいてい対戦競技かレース競技なので、夏はやはり水泳と陸上に期待が持てる。ちなみに、これまでで感動した実況ベスト3は以下の通り。
 3位「速い!速い!これが清水の滑りだ!」
 2位「鈴木大地追ってきた!追ってきた追ってきた!」
 1位「高野!高野!高野は世界の8位かあ!」
 って、書いてるだけで泣きそうである。
 それにひきかえ、金メダルをとったアテネ男子体操の団体で、最終演技者の富田選手(だったかな?)が鉄棒でフィニッシュする際、アナウンサーが「栄光への架け橋だあ!」とか何とか言っていたのは、興ざめだった。レトリックで言うな。かっこつけてないで、我を忘れて絶叫せんかい。本人も何言ってるのかわかってないような、ちょっと破綻したぐらいの実況が、観るものの心を打つのである。

8月12日(火)

 ニック・ステファノスさんと久々に会い、書評連載用の本を渡す。オリンピックの話になり、私がこんな時期に佐藤多佳子『夏から夏へ』(集英社)を読んでしまい大失敗だと話すと、同じ作家の『一瞬の風になれ』(講談社)もいいですから、今度送りますよと意地悪なことを言う。「やめてください、そんな本読んでる場合じゃないのです、だいたい、スポーツはノンフィクションですよ。どんなによくできた小説もノンフィクションにはかなわないでしょう」と切り返すと、「でも、これは4継の話ですよ。しかも、主人公は高校から陸上を始めるんです。宮田さんと同じじゃないですか」と言われ、大迷惑。読んでしまいそうではないか。

8月13日(水)

 オリンピックに流されそうな頭を、ゼロクリアすべく、千葉県の佐倉にある国立歴史民俗博物館へ行く。大阪の万博公園にある国立民族学博物館に名前が似ているので、ぜひ一度行ってみたいと思っていた。ずいぶん遠いために、なかなか行けないでいたのである。
 はるばる訪れた博物館は、規模もでかく期待できそうだったが、一番見てみたいと思っていた鎌倉時代の展示が少ししかなく、がっかりした。逆にすばらしかったのは、絵馬が大量に展示してある場所に、エイの描かれた絵馬があったことだ。絵馬にエイ? しかもとてもマヌケで味わい深く、これは当然ミュージアムショップでポストカードになって売っているだろうと思ったら、売っていなかった。あれをポストカードにしないでどうする。
 そんなわけで全体として、民族学博物館に比べて迫力に欠け、質、量ともに、遠く及ばない印象であった。これなら江戸東京博物館のほうが面白い。トイレの蛇口が、自動でなく昔ながらの手でひねるタイプだったのも、古臭い感じがした。
 晩飯は外食して帰宅は夜になり、今日は原稿書かず。

8月14日(木)

 理由はとくないが、今日一日の動きを逐一書いてみる。
 朝9時半頃起きて、朝食。本当はごはんに味噌汁、浅漬けと煮干ぐらい食べたいが、準備が面倒なので、コーンフレークに牛乳かけて食う。
 その後洗濯と掃除をし、テレビをつけたら北島康介の200m平泳ぎをやっていたので、それだけ観て消す。この後も日本選手が登場するようだったが、ぐっとこらえて仕事場へ行く。家族がいないので、仕事場に行かずとも自宅で仕事はできるけれども、自宅にはテレビがありインターネットがあって、危険きわまりない。外を見ると、ギラギラとした快晴というか激晴もしくは酷晴とでもいうべき空で、このなかをわざわざ15分も歩いていく必要があるのだろうかと疑問に思う。が、意を決し、帽子を被って出発した。
 自宅横の公園の木陰を歩いていると、セミの大合唱に包まれた。夏はこのぐらいのほうがきっぱりしてていいんじゃないか、と寛容な気分になり、木陰を出た途端、激烈な日射しに、ふざけんな、やっぱり自宅で仕事したほうがよかったと怒ったり、揺れる心で白く輝く街を歩いていった。
 暑さで全身型崩れしながら11時半頃仕事場に到着。即座にクーラーをかけて、部屋が十分に冷やされるまで、裸になってたたずむ。冷たい麦茶なんか飲んだりして、ぷはぁー。ここまでで今日の仕事は終わったような心地がした。
 久々に小説を再開。
 午後になって、空がみるみる暗くなったかと思うと、遠雷が轟きはじめた。雷鳴好きの私は、はじめ喜んでいたが、そういえば自宅のベランダに洗濯物をたっぷり干してきたのを思い出した。今さら戻っても間に合うまい。洗濯物はあきらめて、雷雨を楽しむことにする。
 窓際のイスに腰掛け、雲と雷を見物。
 次々と下から巻き込むような黒雲を見上げていると、不意に、雲の裂け目に湖が見えた。湖? 
 やがて降り出したのは、あられで、小石ぐらいのひょうがバチバチ窓ガラスを弾いて、割れるんじゃないかと気が気でなかった。
 夜7時頃仕事場を出る。帰りにスーパーで買出し。さきのあられのせいで、道路には木の枝や葉っぱが散乱していた。ずいぶん太い枝も落ちていたから、かなりの嵐だったようだ。帰宅するとベランダの洗濯物は物干し台ごと倒れて、ドボドボになっていた。
 今日の夕食は、ごはんと、刺身、トマトまるかじり、もずく、ゆで卵、タマネギ炒め、梨。卵をゆで、タマネギを炒めた以外、まったく調理もしていないが十分に食える夕食だった。タマネギを炒めたのは、妻が、弱火で長く炒めるとタマネギは甘く、かつ、ぐっと量が少なくなってたくさん食えると言っていたので、どのぐらい量が減るのか実験したのだった。1時間炒めたが、驚くほど減ったという感じはしなかった。
 ネットで調べると、ロト6でまた1000円当たっていた。今年4度目。これはひょっとすると、パチンコでいえば、大当たり前のリーチ連発みたいな状況なのでは?
 夜、J社マドンナさんから、ハワイの原稿を大幅に修正してほしいと電話。金玉とか書いた部分が本社広報で通らなかったようだ。そんなことを書く奴が悪いと言われそうだが、ハワイには金玉の出てくる神話があって、それを書いただけなのである。したがって悪いのは神話そのものであり、私のせいではない。
 12時に寝ようと思っていたが、家にあったDVD「天空の城ラピュタ」をつい見てしまう。今日、雲の切れ間に湖を見たせいだ。あれはたしかに湖の青だった。青空の色じゃなかった。チベットで見たヤムドク湖の色だ。雲にたっぷりと含まれた水分が、空に湖をつくったのだろうか。
 寝たのは2時。

8月15日(金)

 頭の中で鈴木大地が追ってきて、仕事が手につかん。
 朝のニュースで昨日のオリンピックを観る。
 水泳女子800m自由形の柴田亜衣選手が予選落ち。
 アテネの金メダリストだったが、今回は予選でも7着という残念な結果。実はアテネで最も印象に残った選手だった。金から予選7着は落ち込みすぎではないかと思うけれど、そこに彼女の人間らしさを感じなくもなかった。
 誰ひとり(自分でさえも)予想していなかった金メダルを前回とってしまい、その後モチベーションを保つことが難しかったのではなかろうか。絶対に手が届かないと思っていた目標に、突然到達してしまったら、私ならその時点で選手を辞めてしまうだろう。だって、金より上はないのだ。2大会連続なんて、そんなにがんばらんでも1番とったがな、と思うにちがいない。何大会も連続して金メダルをとる選手は凄いと思うが、私なら、そのひまがあるなら、まったく別の世界で、新たな目標にチャレンジしたい。性格的に同じことをいつまでもやりたくないのである。
 柴田選手は、責任感なのか惰性なのかわからないけれど、そのまま競技を続けたところが彼女の優しさであり弱さだったような気がする。北京に出たものの、金メダルなんてもう本気でとりたいと思っていなかったんじゃなかろうか。きっと彼女にとって水泳はそのぐらいのものだったのであり、という言い方が失礼なら、世界の頂点に立つ以外の目的のためにあり、そうした気持ちでスポーツをやるということを、私は肯定したい。だったらオリンピックは別の選手出してやれ、という意見もあろうが、日本で一番早いんだからそれはしょうがない。
 
 今日から陸上が始まり、今日は100mの1次予選、2次予選があった。塚原選手が準決勝に残る。
 日本人はどうしても体が軽いため、スタートはよくても後半にスピードが乗らず、いつもだんだん抜かれてしまうのだが、最近は日本人選手もなかなか体格がいい。そのうち後半も世界とわたりあえる選手が出てくるかもしれない。
 というか陸上も水泳みたいに、50mをやったらどうなのか。50mなら、日本人は強い。金メダルの可能性がかなりある。

8月16日(土)

 ハワイの原稿を直す。
 夕方になって涼しい風が吹き、ようやく夏もひと段落かと思わせた。
 今日は夜に男子100mの準決勝と決勝。カレーを作って準備万端で見物した。塚原選手は決勝に残れなかったが、日本人らしからぬ力強い走りっぷりが見事だった。
 そして決勝のウサイン・ボルト9秒69。
 たまげたのである。
 100mといえば、思い出すのはソウル・オリンピックのカール・ルイスとベン・ジョンソンの一騎打ちで、あのときはベン・ジョンソンが9秒79という驚異的なタイムで優勝し、世界の度肝を抜いたのだった。しかし、その後彼はドーピングでメダルを剥奪されたのである。9秒79など、ドーピングなしにはありえないというのが、当時の印象だった。カール・ルイスだってベストは9秒86だったのだ。
 それがいつの間にこんな凄いことになっていたか。しかもラストは、両手を広げて流していた。このままいくと西暦3000年頃には、8秒台が当たり前になってたりするのか。西暦10000年頃には5秒台とか。それは人間だろうか。

8月17日(日)

 曇って涼しくなった。
 散髪に行く。美容院に行ってみたり、1000円カットで済ませたり、何のコンセプトもない私の髪型であるが、今日は美容院。
 隣で髪を切ってもらっている若い男性が、美容師の女性に「彼氏できたんですね。おめでとうございます」なんて言っている。「ショックでした。今日来るのやめようかなあ、とか思ったんですけど」
「え、そんなこと言わないでくださいよ。いっしょにお笑いコンビ組みましょうよ」
「無理ですよ。おれ、○○さんほど面白くないですから」
「またまたあ」
「その面白さは、彼氏がひとりじめなんですよね、うらやましいなあ」
 きっと常連客なのだろう。今までに、お互い、○○さんておかしいよね、お笑いに向いてますよ、なんて会話したことがあるのかもしれない。他人事だけど、私は、妙に恥ずかしくなった。
 ずっとずっと若い頃、女の子を、君面白いね(関西だったので正確には、○○やん〔女の子のあだな〕て、おもろいな)なんて言って、気に入っている素振りを見せるのは、真剣に好きなわけじゃないけど、やりたいときの常套句であった。余裕を見せてるようで、本当は、あわよくば、と思っているのである。全力で口説いていないけど、物欲しいのである。そして、そんな中途半端で腰の引けたアプローチは、決して成功しないのだ。という事実を、思い出したからである。
 若い男性は、なかなかのイケメンだった。しかし美容師のほうは、そんな男、どうでもいいのであった。
 そうやって勝手に聞き耳立てて恥ずかしがっているうちに、髪はめっちゃ短くなっていた。

8月18日(月)

 昨日ぱらついた雨のせいで、かなり涼しい。
 仕事場にて、3時間かけて小説を6枚書く。
 まだまだ書けそうな気がしたが、これ以上仕事すると苦痛になってきそうな気がしたので、そこでやめる。がんばりすぎると明日以降、仕事するのが嫌になってしまうので、毎日続けられる量でやめたのである。たったの6枚であるが、このところあれこれ悩んで前に進んでいなかったので、よしとする。
 
 ところで、オリンピックについては、かなり平常心で対応できるようになってきた。ニュースだけで生きていける強い心が育ってきた。
 夜、突然思い立って、万華鏡を作る。

8月19日(火)

 昨日、私は気がついたのである。
 これまで、毎日朝から晩まで働かなければいけないと過剰に思いこんでいた(本当)から、きつかったのだと。それよりも、1日の仕事は3時間までにして、そのかわり毎日必ずきっちり書くということにすれば、負担感も少なく、かえって筆がはかどるのではないか。3時間といえば、かつてのサラリーマン時代の往復通勤時間だ。あの地獄の満員電車に毎日乗っていたことに比べれば、はるかに精神的にも楽である。
 というわけで、今日は午後2時から5時まで働けばいいやと思い、午前中寝ていた。

 J社マドンナさんから電話。先日メールしておいたハワイの直しが通った。
「今週末頃にゲラ送ります」というので、「今週末は川下りに行くので、確認は来週頭でいいですか」と尋ねると、「めいっぱい遊んでますね、宮田さん」と呆れられ、身に覚えがなかった。むしろ自分としては、この夏初めての本格的な遊びだと思っていたのだが。
「沖縄行ったりとか帰省したりとかしてたじゃないですか」
「あれは家族サービスで、遊びではありませんよ。日常の一環です。むしろ仕事と言ってもいい」
 なんて答えながら、つまり私が求めているのは、でっかい夏なんだ、と思ったのだった。
 どーんと、でっかい夏。
 子供が幼稚園では、まだまだ子連れででっかい夏は難しい。たとえ子供にはでっかくても、自分にはでっかくない。ただ宮古島に行ったという程度ではだめで、体を使って未体験の世界へ飛び込むこと。今までの自分の経験を上回る夏。それでこそ、でっかい夏だ。
 そろそろ子供にそれを味わわせてやるべき年齢に達しているにもかかわらず、いまだ胸の奥に、かつてドブに垂れ流した夏を取り返したい、という思いが残っている。子供の頃ひもじい思いをした人間は、大人になって十分食べられるようになってからも食べ物に執着する、とどこかで聞いたことがあるが、それと同じだ。大人になっても、まだ遊び足りない遊び足りないと、心が執着しているのだ。

8月20日(水)

『往生要集〈上〉 (岩波文庫)』
源信
岩波書店
945円(税込)
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 午前中は、定期的に行っている病院へ。
 午後から、新宿へ行き、源信の『往生要集(上・下)』(岩波文庫)が再版になっていたので買う。ここしばらく古書でないと手に入らなかったのだ。ついでに島尾敏雄『「死の棘」日記』(新潮文庫)、丹生谷哲一『検非違使』(平凡社ライブラリー)も買った。 せっかく新宿に出てきたので、評判のいい映画「ダークナイト」を観に行った。最初から最後まで息をもつかせぬ展開で、少々疲れた。何でそんなに評判がいいのかと思ったら、原因はチャンバラだった。ヒーローものは、なんだかんだいってもハッピーエンドというのがハリウッドだったのに、これは全然違って、チャンバラの美学で作られていた。すなわち主人公がどうにもならない境遇で、悪を背負って、それでも生きていくという。日本映画に学んだのか、あるいは9・11を経験してアメリカも変わったのか。
 ところで、途中で座席が揺れだしたので、おお、さすが新しい映画館は違う、画面と連動して動いているぞ、と感心していたら、地震だった。
 
 そして、なんと! ウサイン・ボルト、男子200m決勝、19秒30。
 マイケル・ジョンソンの世界記録を更新した。大きなストライドの走りが見ていて気持ちいい。往年のマイケル・ジョンソンのペンギンのような走りと、並んで競走するところが見てみたくなった。

8月21日(木)

 C社のデジャー・ソリスさんからインタビューの依頼があり、近所のカフェで受ける。内容は子育て。子育てといっても、私にはたいした理念もないので、とくに話すことはなかったが、子供が親と遊んでくれるのは中学生になる前までだとすると、息子は6歳だからもう半分が過ぎたということに最近気づき、もっと遊んでおかねば、と少し焦っている。そんなことをしゃべった。
 またしてもロト6で1000円当たる。言っておくが毎週1000円分しか買っていないのである。それで2週連続で全額回収した。これは、かなり来ているのではないか。買っても買わなくても一緒だったという意見もあろうが、この場合は、何らかの前兆現象と考えるほうが理にかなっていると思う。

8月22日(金)

 群馬の水上温泉へ、川下りに行く。
 ハイドロスピードという、浮き輪のようなビート板のようなものにつかまって激流を下る目新しいアトラクション。いつだったかテレビで見て、ずっとやりたいと思っていた。いつも一緒に海に行くシュノーケル仲間とともに参加したのだが、辺境作家の高野さんも好きなんじゃないかと思い、誘ってみたら、腰痛にいいかもしれんとか言いながら、やってきた。腰痛にいいとはちっとも思えないが、本人がそう言うなら、私の関知するところではないので、合流。
 見た目は危険そうだが、実際はウェットスーツとライフジャケット、さらにヘルメットまで被ってやるので安全で、しかもカヌーのようにひっくり返る心配もないので、荷物がなければ一番合理的な川下り方法に思える。
 カヌーではとても下りたくないような、ラフティング向きの急流をほとんど体ひとつで流されていった。階段状になった激流に頭から突っ込んだり、高速の流れのなかで上流を向いて波に乗ったりするのは、問答無用の面白さ。全身に、激しい「うりゃうりゃ」が駆け抜けた。このままどこまでも下っていきたいぐらいだ。しかし、流れがゆるいとバタ足しなければならず、そうなるときっときついのだった。
 さんざん楽しんだあと、温泉に入って、高野さんと温泉談義。
 べつに温泉に入ることに異存はないけれども、それはあくまでスポーツとか探検をやった後に風呂として入るものであって、最初から温泉に入るために出かける人間の気が知れないという点で、意見が一致した。さらに高野さんは、ただ飲むためだけの飲み会も不毛だ、と言っておられた。私は飲まないので詳しくはわからないが、その不毛さは容易に想像できる。みんなで何かをやって、その夜に飲む、というのが正しい飲み会であろう。温泉や飲み会が、それ自体目的になっているようでは、時間が薄いよ。
 
 宿のテレビで、男子4×100mリレーを観る。
 長くオリンピックを我慢する日々が続いていたが、これだけは見逃せない。
 アメリカが予選落ちして、ひょっとしたらメダルも狙えるんじゃないかと興奮していた矢先、スタート前の1走塚原選手がカメラにメンチ切っていたので、少ししらけてしまった。おかげで平常心で観戦できた。まあ、ああいう気合いの入れ方なのだろう。
 しかし、スタートすると、その塚原選手がかなりいい走りでバトンも見事に渡ったので、見直す。末續選手は最後疲れていたけど、高平選手が粘って粘って粘ってカーブを出てきたあたりで、ぐっと何かがこみあげてきた。2位で来てるじゃないかあ!
 朝原選手にバトンが渡った時点で、よっしゃあ、もう大丈夫だ、と思ったのは、他チームには9秒台のアンカーもいるのに、理屈が通らないと思うかもしれないが、これは条件反射のようなものだった。いつもそうなのだが、朝原選手はどういうわけか、リレーになると、滅法速いのである。
 そして私は、この瞬間、遠くからじっと見ている塚原、末續両選手のことを思った。かつて自分がリレーをやっていたとき、私の定位置は1走で、第2走者にバトンを渡したあと、2、3、4と渡っていくバトンを祈るような気持ちで眺めていた。誰かが落とせば、その瞬間にすべて終わりで、落とさなくても詰まったり届かなかったり、何が起こるかわからない。だから、それが確実にアンカーまで渡った瞬間、まだレースは終わってないのに、よっしゃ、とつい思ってしまう。それほどにバトンは重い。駅伝のたすきとは違うのだ。
 朝原選手がのっけからトップスピード。リレーのアンカーは、自分自身の走力だけで走るわけではなく、それまでの全体の勢いがアンカーを押していく。朝原選手の走りには、後ろから3人に押されている感じが、しっかり出ていた。これは絶対いける! と思った瞬間、トップのジャマイカがあまりに速すぎて、画面から2位以下が消えてしまった。んああああ、見えないじゃないか、ふざけんなぁ!
 と思ったら、朝原選手が、風のようにゴールを駆け抜けていった。
「日本は銅ぉ!」
 
 高野さんや他の仲間もいたので、なみだ目にならないよう我慢した。みんな「すごいなあ」なんて言っている。私は、軽々しく「すごいなあ」なんて言ってほしくない、と思った。そんな通りいっぺんの感動話ではないのだ、ソフトボールの金メダルなんかと一緒にすんな、みんなそこになおれ、黙ってオレの話を聞け、とか言って聞き分けのないおっさんになりそうだったが、ぐっと我慢した。
 レース後の選手たちのコメントも、素晴らしかった。とりわけ末續選手のコメントは、他の競技のメダリストたちのそれとは次元が違っていた。
 やがてテレビはリプレイ映像に変わり、さっきのカメラではなく、朝原選手を正面から撮った映像を観る。朝原選手の、これまでの自分の人生はこの瞬間のためにあったとでもいうような気迫の形相に、みるみる胸が熱くなり、その走りを祈るような気持ちで見ているはずの他の3選手の心のうちを想像して、また涙が出てきた。でもかろうじて涙は目の中にとどまり、流れてはこなかった。
 川下りの疲れもあって、早めにベッドに入った。眠いから、明日ゆっくり感動しようと思ったけど、せっかくだから、朝原選手の走る姿と末續選手のコメントを思い出して、ちょっとだけじわじわ泣いてみた。
 日本人が短距離でメダルを取るなんて、奇跡じゃないか。よかったなあ。本当によかったなあ、みんな。
 って、知り合いのような気分だった。
 今回のオリンピックで唯一泣いた競技だった。

8月23日(土)

 水上温泉からの帰り道、赤城山麓にある、巨大な風船玉みたいなものに人間が入って、斜面をごろごろ転がるゾーブという珍妙なアトラクションを体験しに行ったのだけれど、もうやっていなかった。残念。
 近所に鼻毛石という地名があり、そんな名前の石が実際にあるのかと期待したが、見つけられなかった。にしても鼻毛石って、本気か?

8月24日(日)

『アカペラ』
山本 文緒
新潮社
1,470円(税込)
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 雨が降り続き、まだ8月なのに秋の涼しさ。
 季節が前倒しになっているのか。しかし雨が降っているのは東日本だけらしい。帰省したりオリンピックを観たりして、すっかりチェックし忘れていたが、気がつくと四国の早明浦ダムが渇水になっている。貯水率10%を切ったようだ。ダムの水位好きの私としては、しばらく早明浦ダムから目が離せなくなった。
 山本文緒『アカペラ』(新潮社)を読む。これも『WEB本の雑誌』の「帰ってきた炎の営業日誌」で絶賛されていたもの。ちょうどこの日記を書きはじめた頃に山本文緒のうつ病の日記『再婚生活』(角川書店)を読んでおり、そのうつから復帰して最初の作品というので読んでみたくなったのである。「人生がきらきらしないように、明日に期待しすぎないように、生きている彼らのために」という帯のフレーズも魅力的。うつからの復帰作に、地味に生きている市井の人々を描いているのは、かつて作者自身がそうした人々に対して心のどこかで優越感を抱いていてその贖罪のために書いたのでは、と思わせなくもない。うがった見方かもしれないが。
 全然関係ないけど、ふと、堺雅人の正体は太川陽介ではないか、という疑念が脳裏をよぎった。

8月25日(月)

 オリンピックをふり返るニュースがあるたびに、陸上男子400リレーを見ては泣く。レース後の末續選手のコメントを聞いてまた泣く。阿呆のようにくりかえし泣きつつ、掃除。今日は、家族が帰省先から戻ってくる。なぜかはわからんが、お父さんはがんばったぞ、と偉そうな気持ちなのは、たぶん自分が銅メダルを取った気分なのであろう。本当にちょっと阿呆になっている。
 オリンピックが終わって、阿呆になっている(尾崎放哉)←ウソ

8月26日(火)

 アマゾンで8000円も出して購入したバーバラ・M・スタフォード『実体への旅』(産業図書)を読みはじめたのだが、研究書だけに文章がまどろっこしくて中途で挫折。これを次の書評連載のネタに思っていたので、あてがはずれてしまった。
 ところで、先日高野さんに聞いたのだが、本の雑誌のニック・ステファノスさんは、野菜が食べられないそうである。驚いた。そんなのは中田やイチロー、それにうちの娘だけかと思っていた。しかも、本人に確認したところ、さらに生魚も乳製品も食べられないという。いったい何を食べて生きているのだろうか。本と雑誌かな。
 聞くところによれば、人間の体は欠乏にはわりと強いらしい。逆に過剰摂取には弱いのだそうだ。過ぎたるは及ばざるに及ばざる、というわけである。

8月27日(水)

 久々に少しだけ晴れ間がのぞく。
 たっぷりと水を含んだ地面から、もあっとした蒸気がたちのぼり、世界がなんだか重たい。それでも晴れは晴れであって、仕事しつつも、どこかへ行きたくなった。
 仕事を終えて自宅へ帰ると、なにやら大きな箱が届いていた。差出人は、ニック・ステファノス。不吉な予感がし、開けてみると、佐藤多佳子『一瞬の風になれ』全3巻(講談社)が入っていた。やっぱり。おそるべし、ニック・ステファノス。私に仕事をさせないつもりらしい。しかし私は読まないぞ。それより『夏から夏へ』(集英社)の続編を希望だ。あと4継メンバーのNHKスペシャルも希望だ。
 
 本日0時の早明浦ダムの利水貯水量5.2%。

8月28日(木)

 新聞連載のサブカルに関するコラム。万華鏡について書く。
 これまで、万華鏡なんて少女趣味で、ちっとも面白くないと思っていたが、先日福岡のワークショップで出会った万華鏡には感動した。その万華鏡は従来のものとは全然ちがって、鏡の箱なのである。つまり鏡を向かい合わせに六面貼りあわせて立方体にした、天井と壁と床が全部鏡でできた部屋みたいなもの。そこに、小さな窓を開けてセロハンなどで色をつけると、その窓の模様が無限に反射されて、それはそれは美しいのだ。簡単に作れるので、子供の夏休みの工作に最適だが、子供じゃなくても十分面白い。こないだ妻子が帰省している間に、ひとりで黙々と作ってしまった。もし誰かが見ていたら、ひとり暮らしのおっさんが、夜中に黙々と万華鏡を作る姿は、さぞかし不気味であったろう。
 昔からよくこういうことを考える。
 光の速度にも限界があるのなら、鏡の部屋のなかに一条の光を射し、その部屋をぴったり閉じると、光が閉じ込められるのではないか。光が無限に乱反射している間に、出口を塞いでしまうのだ。もしそうなれば、閉じ込められた光が、いつまでも無限の鏡に反射して、部屋の中を明るく照らすだろう。部屋の中は、光源もないのに、明るいのである。そういうことが起こり得るのか得ないのか。

8月29日(金)

『完本 八犬伝の世界 (ちくま学芸文庫)』
高田 衛
筑摩書房
1,575円(税込)
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>> 本やタウン

 昨日から今朝にかけて、東京は豪雨になり、土砂崩れで電車が脱線したりして、それはそれでちょっと面白い。息子が、土砂崩れ見に行きたい、というので、そういう子供が氾濫した川に流されて死んだりするのだ、と諌めたけれど、本当は自分も行きたい。
 しかし、日本各地でこれだけ雨が降って被害も出ているのに、四国の早明浦ダムは渇水である。 
 本日0時の早明浦ダムの利水貯水量2.6%。 
 日毎にみるみる減っている。まるで自分の貯金を見るようだ。
 高田衛『完本 八犬伝の世界』(ちくま学芸文庫)を読む。かつて中公新書版を読んでいたが、内容が増えていて、読み応えがあった。

8月30日(土)

 雨。
 もうなんだか、ここんとこずっと雨だ。
 しかし私は、出かける用事さえなければ雨も結構好きで、強い雨が降ると、窓辺へ行って、じっと眺めていたりする。家にウッドデッキみたいなものがあれば(屋根付き)、外に出て、デッキに寝転んで身近に雨を感じていたい。外出好きの私ではあるけれど、雨ならあきらめもつくし、雨にはどこか異国情緒のようなものを感じる。かつて東南アジアをぶらぶらと旅していたとき、よく突然の雨に見舞われ停滞を余儀なくされたが、足止めをくっていまいましく思う反面、開き直ってしまえば、かえって心安らぐときもあって、ゲストハウスのデッキや廊下で、意味もなく雨を眺めたものだった。雨のしぶきや、それに伴う風を浴びていると、ああ、自分はここにいるという実感が強く意識されて、それが充実なのだった。今思うと、東南アジアでの雨やどりは至福の時間だった。ただし小雨はつまらない。雨はザーザー垂直に降るのがいい。
 ペーパードライバーの妻が二十年ぶりに車を運転したいというので、練習に付き合う。子供を置いていくわけにはいかないので、家族みんなで妻の運転する車に乗って、一家心中するような気持ちで車線変更。
 
 本日0時の早明浦ダムの利水貯水量0.6%。 
 もうないじゃん。

8月31日(日)

『源平合戦の虚像を剥ぐ―治承・寿永内乱史研究 (講談社選書メチエ)』
川合 康
講談社
1,785円(税込)
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 妻を家に置いて、子供たちを温水プールへ連れて行く。
 わが家の子供たちは水が苦手で、ちっとも泳ぎが上達しない。だいたい妻は今でもほとんど泳げないといってもいいし、私も今でこそそこそこ泳げるものの、子供の頃は水泳が苦手だった。小学生のとき、見かねた父に、足のたたないプールの真ん中に放り込まれ無理やり泳がせられたが、結局泳げず溺れそうになって、通りがかりのおっさんに助けられたのである。おかげで大変な苦手意識と劣等感を持っていたのだが、後で父もたいして泳げなかったことを知り、ふざけんな、と思ったのだった。自分ができないことを、息子にスパルタするか。
 だから自分の子供たちには恐怖心を煽らないよう教えてやろうと思っているのだけれど、結局私の水泳が格段に進歩したのは、学生のときに、海の生きものに出会ってからで、ヘンな生きものが見たいばっかりに、どかどか海を潜りまわって、気がつくと苦手意識が消え去っていたのだった。したがって、子供にはプールでごちゃごちゃ教えるより、自分が泳いでいることを忘れるぐらい、水中の生きものに親しませることではないかと、心のどこかで思っている。プールの底にも、せめて海老・蟹・ヒトデなんかがいると、子供も上達が早いと思うのだが、そんなプールはないだろうな。
 ファミレスで昼めし食って、図書館で絵本を借りて帰る。
 夜、川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ』(講談社選書メチエ)を読む。

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