どういうわけかほとんど眠れないまま夜が明けたので、そのまま起きることにした。テレビをつけると、「渡辺篤史の建もの探訪」をやっていた。変な家が出てくるのを期待したが、普通におしゃれな家でつまらなかった。外壁も内装も真っ白で、まったく凡庸だ。
私は、いつの日か渡辺篤史が絶対来ないような家を建てたい。もし渡辺篤史が来てしまったら、落とし階段で迎え討つ。それでも這い上がってきたら、吊り天井でとどめだ。そうして、いやー、鳥肌がたちますね、と言わせたい。
黙々と四国遍路。なんだかずっとこの原稿をいじっているような気がする。いつものことだが、新連載の第1回は、全体の流れやトーンを支配するため、考えすぎて、めちゃめちゃ時間がかかる。
8月10日(日)
8月11日(月)
朝起きたらもう11時すぎだった。なにげなくテレビをつけたら、偶然男子100m平泳ぎ決勝で、北島康介が泳いでいた。思わず応援してしまい、ばっちり目が覚めた。北島は世界新で金メダルだった。すばらしい。危うくそのまま表彰式まで見そうになったが、心を鬼にしてテレビを消す。この夏は執筆に全力をあげることになっているのだ。
ついまたテレビをつけてしまわないよう、DVDを借りに行く。それじゃ意味ないだろうという意見もあろうが、それとこれとは全然ちがうのである。DVDは2時間なら2時間観たらそれで終わりだが、オリンピックは一度観始めると、とめどなく観てしまう。とくに観たいとも思っていない野球とかソフトボールとかホッケーとか卓球とか、挙句の果ては日本が出ていない試合まで、なんとなくズルズル観てしまうのが、オリンピックの恐ろしさなのだ。したがってDVDを観るのは、肉を切らせて骨を絶つ捨て身の戦法なのである。
というわけで、四国遍路の映画「ロード88」を観た。
主人公が白血病というので、またそれかよ、と思ったが、最後は死なずに治ったのでよかった。映画でもなんでも、難病は治らなきゃいかん。
夜のニュースで、女子バトミントンのペアが、第1シードの中国ペアを破ったというニュースを知り、つい見入ってしまった(夜のニュースは見てもよい)。北島や柔道とちがって、普段ほとんど注目されないバドミントンだし、聞いたことのない選手たちだったので、かえって気になる。そういう、期待されていなかった選手が予想外に活躍する、という展開に私は弱いのだ。
弱いといえば、とくにオリンピックで弱いのは、NHKのアナウンサーの声が裏返る瞬間だ。ときどき自分は、競技ではなくて、実況に感動しているんじゃないかと思うほどである。アナウンサーの声が裏返るのは、たいてい対戦競技かレース競技なので、夏はやはり水泳と陸上に期待が持てる。ちなみに、これまでで感動した実況ベスト3は以下の通り。
3位「速い!速い!これが清水の滑りだ!」
2位「鈴木大地追ってきた!追ってきた追ってきた!」
1位「高野!高野!高野は世界の8位かあ!」
って、書いてるだけで泣きそうである。
それにひきかえ、金メダルをとったアテネ男子体操の団体で、最終演技者の富田選手(だったかな?)が鉄棒でフィニッシュする際、アナウンサーが「栄光への架け橋だあ!」とか何とか言っていたのは、興ざめだった。レトリックで言うな。かっこつけてないで、我を忘れて絶叫せんかい。本人も何言ってるのかわかってないような、ちょっと破綻したぐらいの実況が、観るものの心を打つのである。
8月12日(火)
ニック・ステファノスさんと久々に会い、書評連載用の本を渡す。オリンピックの話になり、私がこんな時期に佐藤多佳子『夏から夏へ』(集英社)を読んでしまい大失敗だと話すと、同じ作家の『一瞬の風になれ』(講談社)もいいですから、今度送りますよと意地悪なことを言う。「やめてください、そんな本読んでる場合じゃないのです、だいたい、スポーツはノンフィクションですよ。どんなによくできた小説もノンフィクションにはかなわないでしょう」と切り返すと、「でも、これは4継の話ですよ。しかも、主人公は高校から陸上を始めるんです。宮田さんと同じじゃないですか」と言われ、大迷惑。読んでしまいそうではないか。
8月13日(水)
オリンピックに流されそうな頭を、ゼロクリアすべく、千葉県の佐倉にある国立歴史民俗博物館へ行く。大阪の万博公園にある国立民族学博物館に名前が似ているので、ぜひ一度行ってみたいと思っていた。ずいぶん遠いために、なかなか行けないでいたのである。
はるばる訪れた博物館は、規模もでかく期待できそうだったが、一番見てみたいと思っていた鎌倉時代の展示が少ししかなく、がっかりした。逆にすばらしかったのは、絵馬が大量に展示してある場所に、エイの描かれた絵馬があったことだ。絵馬にエイ? しかもとてもマヌケで味わい深く、これは当然ミュージアムショップでポストカードになって売っているだろうと思ったら、売っていなかった。あれをポストカードにしないでどうする。
そんなわけで全体として、民族学博物館に比べて迫力に欠け、質、量ともに、遠く及ばない印象であった。これなら江戸東京博物館のほうが面白い。トイレの蛇口が、自動でなく昔ながらの手でひねるタイプだったのも、古臭い感じがした。
晩飯は外食して帰宅は夜になり、今日は原稿書かず。
8月14日(木)
理由はとくないが、今日一日の動きを逐一書いてみる。
朝9時半頃起きて、朝食。本当はごはんに味噌汁、浅漬けと煮干ぐらい食べたいが、準備が面倒なので、コーンフレークに牛乳かけて食う。
その後洗濯と掃除をし、テレビをつけたら北島康介の200m平泳ぎをやっていたので、それだけ観て消す。この後も日本選手が登場するようだったが、ぐっとこらえて仕事場へ行く。家族がいないので、仕事場に行かずとも自宅で仕事はできるけれども、自宅にはテレビがありインターネットがあって、危険きわまりない。外を見ると、ギラギラとした快晴というか激晴もしくは酷晴とでもいうべき空で、このなかをわざわざ15分も歩いていく必要があるのだろうかと疑問に思う。が、意を決し、帽子を被って出発した。
自宅横の公園の木陰を歩いていると、セミの大合唱に包まれた。夏はこのぐらいのほうがきっぱりしてていいんじゃないか、と寛容な気分になり、木陰を出た途端、激烈な日射しに、ふざけんな、やっぱり自宅で仕事したほうがよかったと怒ったり、揺れる心で白く輝く街を歩いていった。
暑さで全身型崩れしながら11時半頃仕事場に到着。即座にクーラーをかけて、部屋が十分に冷やされるまで、裸になってたたずむ。冷たい麦茶なんか飲んだりして、ぷはぁー。ここまでで今日の仕事は終わったような心地がした。
久々に小説を再開。
午後になって、空がみるみる暗くなったかと思うと、遠雷が轟きはじめた。雷鳴好きの私は、はじめ喜んでいたが、そういえば自宅のベランダに洗濯物をたっぷり干してきたのを思い出した。今さら戻っても間に合うまい。洗濯物はあきらめて、雷雨を楽しむことにする。
窓際のイスに腰掛け、雲と雷を見物。
次々と下から巻き込むような黒雲を見上げていると、不意に、雲の裂け目に湖が見えた。湖?
やがて降り出したのは、あられで、小石ぐらいのひょうがバチバチ窓ガラスを弾いて、割れるんじゃないかと気が気でなかった。
夜7時頃仕事場を出る。帰りにスーパーで買出し。さきのあられのせいで、道路には木の枝や葉っぱが散乱していた。ずいぶん太い枝も落ちていたから、かなりの嵐だったようだ。帰宅するとベランダの洗濯物は物干し台ごと倒れて、ドボドボになっていた。
今日の夕食は、ごはんと、刺身、トマトまるかじり、もずく、ゆで卵、タマネギ炒め、梨。卵をゆで、タマネギを炒めた以外、まったく調理もしていないが十分に食える夕食だった。タマネギを炒めたのは、妻が、弱火で長く炒めるとタマネギは甘く、かつ、ぐっと量が少なくなってたくさん食えると言っていたので、どのぐらい量が減るのか実験したのだった。1時間炒めたが、驚くほど減ったという感じはしなかった。
ネットで調べると、ロト6でまた1000円当たっていた。今年4度目。これはひょっとすると、パチンコでいえば、大当たり前のリーチ連発みたいな状況なのでは?
夜、J社マドンナさんから、ハワイの原稿を大幅に修正してほしいと電話。金玉とか書いた部分が本社広報で通らなかったようだ。そんなことを書く奴が悪いと言われそうだが、ハワイには金玉の出てくる神話があって、それを書いただけなのである。したがって悪いのは神話そのものであり、私のせいではない。
12時に寝ようと思っていたが、家にあったDVD「天空の城ラピュタ」をつい見てしまう。今日、雲の切れ間に湖を見たせいだ。あれはたしかに湖の青だった。青空の色じゃなかった。チベットで見たヤムドク湖の色だ。雲にたっぷりと含まれた水分が、空に湖をつくったのだろうか。
寝たのは2時。
8月15日(金)
頭の中で鈴木大地が追ってきて、仕事が手につかん。
朝のニュースで昨日のオリンピックを観る。
水泳女子800m自由形の柴田亜衣選手が予選落ち。
アテネの金メダリストだったが、今回は予選でも7着という残念な結果。実はアテネで最も印象に残った選手だった。金から予選7着は落ち込みすぎではないかと思うけれど、そこに彼女の人間らしさを感じなくもなかった。
誰ひとり(自分でさえも)予想していなかった金メダルを前回とってしまい、その後モチベーションを保つことが難しかったのではなかろうか。絶対に手が届かないと思っていた目標に、突然到達してしまったら、私ならその時点で選手を辞めてしまうだろう。だって、金より上はないのだ。2大会連続なんて、そんなにがんばらんでも1番とったがな、と思うにちがいない。何大会も連続して金メダルをとる選手は凄いと思うが、私なら、そのひまがあるなら、まったく別の世界で、新たな目標にチャレンジしたい。性格的に同じことをいつまでもやりたくないのである。
柴田選手は、責任感なのか惰性なのかわからないけれど、そのまま競技を続けたところが彼女の優しさであり弱さだったような気がする。北京に出たものの、金メダルなんてもう本気でとりたいと思っていなかったんじゃなかろうか。きっと彼女にとって水泳はそのぐらいのものだったのであり、という言い方が失礼なら、世界の頂点に立つ以外の目的のためにあり、そうした気持ちでスポーツをやるということを、私は肯定したい。だったらオリンピックは別の選手出してやれ、という意見もあろうが、日本で一番早いんだからそれはしょうがない。
今日から陸上が始まり、今日は100mの1次予選、2次予選があった。塚原選手が準決勝に残る。
日本人はどうしても体が軽いため、スタートはよくても後半にスピードが乗らず、いつもだんだん抜かれてしまうのだが、最近は日本人選手もなかなか体格がいい。そのうち後半も世界とわたりあえる選手が出てくるかもしれない。
というか陸上も水泳みたいに、50mをやったらどうなのか。50mなら、日本人は強い。金メダルの可能性がかなりある。
8月16日(土)
ハワイの原稿を直す。
夕方になって涼しい風が吹き、ようやく夏もひと段落かと思わせた。
今日は夜に男子100mの準決勝と決勝。カレーを作って準備万端で見物した。塚原選手は決勝に残れなかったが、日本人らしからぬ力強い走りっぷりが見事だった。
そして決勝のウサイン・ボルト9秒69。
たまげたのである。
100mといえば、思い出すのはソウル・オリンピックのカール・ルイスとベン・ジョンソンの一騎打ちで、あのときはベン・ジョンソンが9秒79という驚異的なタイムで優勝し、世界の度肝を抜いたのだった。しかし、その後彼はドーピングでメダルを剥奪されたのである。9秒79など、ドーピングなしにはありえないというのが、当時の印象だった。カール・ルイスだってベストは9秒86だったのだ。
それがいつの間にこんな凄いことになっていたか。しかもラストは、両手を広げて流していた。このままいくと西暦3000年頃には、8秒台が当たり前になってたりするのか。西暦10000年頃には5秒台とか。それは人間だろうか。
