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8月17日(日)

 曇って涼しくなった。
 散髪に行く。美容院に行ってみたり、1000円カットで済ませたり、何のコンセプトもない私の髪型であるが、今日は美容院。
 隣で髪を切ってもらっている若い男性が、美容師の女性に「彼氏できたんですね。おめでとうございます」なんて言っている。「ショックでした。今日来るのやめようかなあ、とか思ったんですけど」
「え、そんなこと言わないでくださいよ。いっしょにお笑いコンビ組みましょうよ」
「無理ですよ。おれ、○○さんほど面白くないですから」
「またまたあ」
「その面白さは、彼氏がひとりじめなんですよね、うらやましいなあ」
 きっと常連客なのだろう。今までに、お互い、○○さんておかしいよね、お笑いに向いてますよ、なんて会話したことがあるのかもしれない。他人事だけど、私は、妙に恥ずかしくなった。
 ずっとずっと若い頃、女の子を、君面白いね(関西だったので正確には、○○やん〔女の子のあだな〕て、おもろいな)なんて言って、気に入っている素振りを見せるのは、真剣に好きなわけじゃないけど、やりたいときの常套句であった。余裕を見せてるようで、本当は、あわよくば、と思っているのである。全力で口説いていないけど、物欲しいのである。そして、そんな中途半端で腰の引けたアプローチは、決して成功しないのだ。という事実を、思い出したからである。
 若い男性は、なかなかのイケメンだった。しかし美容師のほうは、そんな男、どうでもいいのであった。
 そうやって勝手に聞き耳立てて恥ずかしがっているうちに、髪はめっちゃ短くなっていた。

8月18日(月)

 昨日ぱらついた雨のせいで、かなり涼しい。
 仕事場にて、3時間かけて小説を6枚書く。
 まだまだ書けそうな気がしたが、これ以上仕事すると苦痛になってきそうな気がしたので、そこでやめる。がんばりすぎると明日以降、仕事するのが嫌になってしまうので、毎日続けられる量でやめたのである。たったの6枚であるが、このところあれこれ悩んで前に進んでいなかったので、よしとする。
 
 ところで、オリンピックについては、かなり平常心で対応できるようになってきた。ニュースだけで生きていける強い心が育ってきた。
 夜、突然思い立って、万華鏡を作る。

8月19日(火)

 昨日、私は気がついたのである。
 これまで、毎日朝から晩まで働かなければいけないと過剰に思いこんでいた(本当)から、きつかったのだと。それよりも、1日の仕事は3時間までにして、そのかわり毎日必ずきっちり書くということにすれば、負担感も少なく、かえって筆がはかどるのではないか。3時間といえば、かつてのサラリーマン時代の往復通勤時間だ。あの地獄の満員電車に毎日乗っていたことに比べれば、はるかに精神的にも楽である。
 というわけで、今日は午後2時から5時まで働けばいいやと思い、午前中寝ていた。

 J社マドンナさんから電話。先日メールしておいたハワイの直しが通った。
「今週末頃にゲラ送ります」というので、「今週末は川下りに行くので、確認は来週頭でいいですか」と尋ねると、「めいっぱい遊んでますね、宮田さん」と呆れられ、身に覚えがなかった。むしろ自分としては、この夏初めての本格的な遊びだと思っていたのだが。
「沖縄行ったりとか帰省したりとかしてたじゃないですか」
「あれは家族サービスで、遊びではありませんよ。日常の一環です。むしろ仕事と言ってもいい」
 なんて答えながら、つまり私が求めているのは、でっかい夏なんだ、と思ったのだった。
 どーんと、でっかい夏。
 子供が幼稚園では、まだまだ子連れででっかい夏は難しい。たとえ子供にはでっかくても、自分にはでっかくない。ただ宮古島に行ったという程度ではだめで、体を使って未体験の世界へ飛び込むこと。今までの自分の経験を上回る夏。それでこそ、でっかい夏だ。
 そろそろ子供にそれを味わわせてやるべき年齢に達しているにもかかわらず、いまだ胸の奥に、かつてドブに垂れ流した夏を取り返したい、という思いが残っている。子供の頃ひもじい思いをした人間は、大人になって十分食べられるようになってからも食べ物に執着する、とどこかで聞いたことがあるが、それと同じだ。大人になっても、まだ遊び足りない遊び足りないと、心が執着しているのだ。

8月20日(水)

『往生要集〈上〉 (岩波文庫)』
源信
岩波書店
945円(税込)
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 午前中は、定期的に行っている病院へ。
 午後から、新宿へ行き、源信の『往生要集(上・下)』(岩波文庫)が再版になっていたので買う。ここしばらく古書でないと手に入らなかったのだ。ついでに島尾敏雄『「死の棘」日記』(新潮文庫)、丹生谷哲一『検非違使』(平凡社ライブラリー)も買った。 せっかく新宿に出てきたので、評判のいい映画「ダークナイト」を観に行った。最初から最後まで息をもつかせぬ展開で、少々疲れた。何でそんなに評判がいいのかと思ったら、原因はチャンバラだった。ヒーローものは、なんだかんだいってもハッピーエンドというのがハリウッドだったのに、これは全然違って、チャンバラの美学で作られていた。すなわち主人公がどうにもならない境遇で、悪を背負って、それでも生きていくという。日本映画に学んだのか、あるいは9・11を経験してアメリカも変わったのか。
 ところで、途中で座席が揺れだしたので、おお、さすが新しい映画館は違う、画面と連動して動いているぞ、と感心していたら、地震だった。
 
 そして、なんと! ウサイン・ボルト、男子200m決勝、19秒30。
 マイケル・ジョンソンの世界記録を更新した。大きなストライドの走りが見ていて気持ちいい。往年のマイケル・ジョンソンのペンギンのような走りと、並んで競走するところが見てみたくなった。

8月21日(木)

 C社のデジャー・ソリスさんからインタビューの依頼があり、近所のカフェで受ける。内容は子育て。子育てといっても、私にはたいした理念もないので、とくに話すことはなかったが、子供が親と遊んでくれるのは中学生になる前までだとすると、息子は6歳だからもう半分が過ぎたということに最近気づき、もっと遊んでおかねば、と少し焦っている。そんなことをしゃべった。
 またしてもロト6で1000円当たる。言っておくが毎週1000円分しか買っていないのである。それで2週連続で全額回収した。これは、かなり来ているのではないか。買っても買わなくても一緒だったという意見もあろうが、この場合は、何らかの前兆現象と考えるほうが理にかなっていると思う。

8月22日(金)

 群馬の水上温泉へ、川下りに行く。
 ハイドロスピードという、浮き輪のようなビート板のようなものにつかまって激流を下る目新しいアトラクション。いつだったかテレビで見て、ずっとやりたいと思っていた。いつも一緒に海に行くシュノーケル仲間とともに参加したのだが、辺境作家の高野さんも好きなんじゃないかと思い、誘ってみたら、腰痛にいいかもしれんとか言いながら、やってきた。腰痛にいいとはちっとも思えないが、本人がそう言うなら、私の関知するところではないので、合流。
 見た目は危険そうだが、実際はウェットスーツとライフジャケット、さらにヘルメットまで被ってやるので安全で、しかもカヌーのようにひっくり返る心配もないので、荷物がなければ一番合理的な川下り方法に思える。
 カヌーではとても下りたくないような、ラフティング向きの急流をほとんど体ひとつで流されていった。階段状になった激流に頭から突っ込んだり、高速の流れのなかで上流を向いて波に乗ったりするのは、問答無用の面白さ。全身に、激しい「うりゃうりゃ」が駆け抜けた。このままどこまでも下っていきたいぐらいだ。しかし、流れがゆるいとバタ足しなければならず、そうなるときっときついのだった。
 さんざん楽しんだあと、温泉に入って、高野さんと温泉談義。
 べつに温泉に入ることに異存はないけれども、それはあくまでスポーツとか探検をやった後に風呂として入るものであって、最初から温泉に入るために出かける人間の気が知れないという点で、意見が一致した。さらに高野さんは、ただ飲むためだけの飲み会も不毛だ、と言っておられた。私は飲まないので詳しくはわからないが、その不毛さは容易に想像できる。みんなで何かをやって、その夜に飲む、というのが正しい飲み会であろう。温泉や飲み会が、それ自体目的になっているようでは、時間が薄いよ。
 
 宿のテレビで、男子4×100mリレーを観る。
 長くオリンピックを我慢する日々が続いていたが、これだけは見逃せない。
 アメリカが予選落ちして、ひょっとしたらメダルも狙えるんじゃないかと興奮していた矢先、スタート前の1走塚原選手がカメラにメンチ切っていたので、少ししらけてしまった。おかげで平常心で観戦できた。まあ、ああいう気合いの入れ方なのだろう。
 しかし、スタートすると、その塚原選手がかなりいい走りでバトンも見事に渡ったので、見直す。末續選手は最後疲れていたけど、高平選手が粘って粘って粘ってカーブを出てきたあたりで、ぐっと何かがこみあげてきた。2位で来てるじゃないかあ!
 朝原選手にバトンが渡った時点で、よっしゃあ、もう大丈夫だ、と思ったのは、他チームには9秒台のアンカーもいるのに、理屈が通らないと思うかもしれないが、これは条件反射のようなものだった。いつもそうなのだが、朝原選手はどういうわけか、リレーになると、滅法速いのである。
 そして私は、この瞬間、遠くからじっと見ている塚原、末續両選手のことを思った。かつて自分がリレーをやっていたとき、私の定位置は1走で、第2走者にバトンを渡したあと、2、3、4と渡っていくバトンを祈るような気持ちで眺めていた。誰かが落とせば、その瞬間にすべて終わりで、落とさなくても詰まったり届かなかったり、何が起こるかわからない。だから、それが確実にアンカーまで渡った瞬間、まだレースは終わってないのに、よっしゃ、とつい思ってしまう。それほどにバトンは重い。駅伝のたすきとは違うのだ。
 朝原選手がのっけからトップスピード。リレーのアンカーは、自分自身の走力だけで走るわけではなく、それまでの全体の勢いがアンカーを押していく。朝原選手の走りには、後ろから3人に押されている感じが、しっかり出ていた。これは絶対いける! と思った瞬間、トップのジャマイカがあまりに速すぎて、画面から2位以下が消えてしまった。んああああ、見えないじゃないか、ふざけんなぁ!
 と思ったら、朝原選手が、風のようにゴールを駆け抜けていった。
「日本は銅ぉ!」
 
 高野さんや他の仲間もいたので、なみだ目にならないよう我慢した。みんな「すごいなあ」なんて言っている。私は、軽々しく「すごいなあ」なんて言ってほしくない、と思った。そんな通りいっぺんの感動話ではないのだ、ソフトボールの金メダルなんかと一緒にすんな、みんなそこになおれ、黙ってオレの話を聞け、とか言って聞き分けのないおっさんになりそうだったが、ぐっと我慢した。
 レース後の選手たちのコメントも、素晴らしかった。とりわけ末續選手のコメントは、他の競技のメダリストたちのそれとは次元が違っていた。
 やがてテレビはリプレイ映像に変わり、さっきのカメラではなく、朝原選手を正面から撮った映像を観る。朝原選手の、これまでの自分の人生はこの瞬間のためにあったとでもいうような気迫の形相に、みるみる胸が熱くなり、その走りを祈るような気持ちで見ているはずの他の3選手の心のうちを想像して、また涙が出てきた。でもかろうじて涙は目の中にとどまり、流れてはこなかった。
 川下りの疲れもあって、早めにベッドに入った。眠いから、明日ゆっくり感動しようと思ったけど、せっかくだから、朝原選手の走る姿と末續選手のコメントを思い出して、ちょっとだけじわじわ泣いてみた。
 日本人が短距離でメダルを取るなんて、奇跡じゃないか。よかったなあ。本当によかったなあ、みんな。
 って、知り合いのような気分だった。
 今回のオリンピックで唯一泣いた競技だった。

8月23日(土)

 水上温泉からの帰り道、赤城山麓にある、巨大な風船玉みたいなものに人間が入って、斜面をごろごろ転がるゾーブという珍妙なアトラクションを体験しに行ったのだけれど、もうやっていなかった。残念。
 近所に鼻毛石という地名があり、そんな名前の石が実際にあるのかと期待したが、見つけられなかった。にしても鼻毛石って、本気か?

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