9月1日(月)

『中世人の経済感覚 (NHKブックス)』
本郷 恵子
NHK出版
1,124円(税込)
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 子供たちが幼稚園へ出かけている間に、妻の運転練習に付き合う。このまま親ふたりが死んでしまったら、子供たちはどうやって生きていくのだろうと不憫になる。
 保立道久『義経の登場』、本郷恵子『中世人の経済感覚』(ともにNHKブックス)を読む。『中世人の経済感覚』のなかに「徒然草」からの引用があり、第二一七段「ある大福長者」の語った話として、〈人はなによりもまず、ひたすらに金を儲けるべきである。貧しくては生きている甲斐がない。富んだ者だけが人としての扱いをうけるのだ。金を儲けようとすれば、とにかく金儲けの心がけを修行しなければいけない〉としたあとに、大福長者がその心がけのひとつに〈人間常住の意識をしっかりもって、仮にも無常感にとらわれてはならない〉という点を挙げているのが、可笑しかった。貧乏の原因は、無常感だったのだ。まったく、無常感にとらわれていたから、今こうして貧乏になってしまったのであることよ。
 
 本日0時の早明浦ダムの利水貯水量0.0%。
 ない。どうするんだ、早明浦ダム。

9月2日(火)

 今日も朝イチで、妻の運転練習。手に汗握る。
 それはそれは恐ろしいけれども、3回目で私も少し余裕がでてきた。公園の駐車場で、木漏れ陽のなか、車庫入れの練習をしていると、これまでの生活に妻の運転という要素はなかったのが、こうして妻がチャレンジすることで、多少でも生活に新しいパターンが付け加わるのは、ささやかだけれども心機一転だと思い、子供ら同様これから二学期が始まるような新しい気分がほんの少しだけした。
 心機一転という意味では、いつも子供と妻が寝ている和室の畳も、新しく張り替えた。少々出費になるが、今までのは、い草が剥げて下地のコルクみたいなものが見えていたうえに、そうでないところもささくれて床全体がトゲトゲの凶器みたいになっていたので、ついに根負けして替えたのである。まだまだ網戸や襖には穴が開いているし、押入れの棚も落ちているし、廊下の戸板は下のほうがめくれていたりで、廃屋風味はぬぐえないものの、これで少しは快適な家になるだろう。新しいい草の香りが高級旅館にでも来たようで、しばし嗅ぐ。
 ところでネットで確認すると、早明浦ダムの貯水率が、−0.4%になっている。
 なんだ、それ。まだあるんじゃないか。つまり、緊急対応策として発電用に取っておいた水を放流しているのらしい。ますますうちの家計に似てきた。他人事とは思えん。

9月3日(水)

 今日も妻の運転練習に付き合ってから、仕事場へ。
 とある会報誌で季節連載しているはめ絵の講評と、模範解答。
 昼間は暑かったが、夜はこの頃だいぶ涼しくなった。

9月4日(木)

 妻の運転練習が朝の日課になってきた。
 その後、明日また高野さんと川下りへ行くので、車のガソリンを満タンにし、さらに街へ出て、銀行で金をおろしたり、本屋で川の資料を立ち読みしたりする。駅前に高層ビルが建設中で、鉄骨の横を工事関係者を乗せたゴンドラが上下していた。保安上、そのゴンドラが動く際には、メロディが流れるようだ。ヘルメットを被り作業服を着た、がたいのいいおっさんたちが、「大きな栗の木の下で」の伴奏付きで高いところへ登っていく堂々とした後姿が、本日の見どころだったように思う。
 仕事場に戻って、書評原稿を書く。

9月5日(金)

 高野さんが、カヌーに乗りに行きましょう、と言うので、那珂川へ行く。
 私は二十年ぐらい前にカヌー(ファルトボート)を持っていたのだが、乗り方も知らないまま3回ぐらい川下りをして死にそうになり、あまりに危険なので、人にあげてしまった過去がある。昨今はやる人も多くなってスクールなども充実しているけれど、当時はファルトボートなんてものはほとんど誰も知らず、インターネットもないし、きちんと学ぶことができなかったのである。そんなわけで約二十年ぶりということになるし、細かいこともさっぱり忘れているが、面白そうなので出かけた。本の雑誌のニック・ステファノスさんがファルトボートを貸してくれた。
 二十年前は黒羽というところから下ったが、今回は少し下流の下野大橋のたもとをスタート地点にして、ファルトボートを組み立てた。カヌーは2艇しかなく、ニック・ステファノスさんは今回はサポートに徹してくれるという。ゴール地点まで車で移動して、カレーでも作って待っていてくれるそうで大変ありがたい。
 まずは私から、かなり流速のある流れに漕ぎ出すと、すぐさま流れにもっていかれて、カヌーは快調に滑り出した。高野さんもすぐについてくる。
 まあ一応は私が那珂川経験者ということで、ルートを選ぶ役目を担って先に行ったわけだが、二十年前のルートなど覚えているはずもない。適当に下る。それでも天気もいいし、あたりには誰もいないし、技術的に不安なところもとくになく、大変気持ちよくなって、鼻唄まじりで下っていった。そうして1時間ぐらい下っただろうか、ふり返ると高野さんがいなかった。
 いったん岸に上陸し、後方を眺めやると、大きな橋の下の葦の茂みで何か未確認生物のようなものが動いている。よく見えないが、高野さんに似ていた。高野さんに似た謎の生物は、カヌーを逆さにして中の水を排出していた。まさか早稲田探検部出身で、世界をまたにかける冒険家の高野秀行が、こんな初心者向けの川で沈するわけがないので、あれは高野さんに似てはいても、別の生物だろう。
 それでまたしばらくいくと、いつしか高野さんも戻り、大自然のなかをふたりで下っていった。ところが、大きな波が立っているところをガンガン漕いでクリアしてから、なんとなくふり返ると、高野さんがまたいなくなっていた。なぜか逆さになったカヌーの底だけがプカプカ浮いている。那珂川で転覆する確率は、初心者でも5%程度とニック・ステファノスさんも言っていたので、よもや早稲田探検部出身で、世界をまたにかける冒険家の高野秀行が転覆したはずはない。きっとそれは高野さんのようで高野さんではなく、未確認生物だったのだろう。本物の高野さんはきっと別にいるのだ。
 そうして、3時間ほども下ったろうか、後半はどんどん流れもゆるくなってきて、高野さんに似た生物はどこかへ行ってしまい、私はひとり青い空を見上げながら、のんびりと蝉の声を聴いていた。
  
 ところで、今度ニック・ステファノスさんは初めての本を出す。それはそれはおめでたい話かと思いきや、そこには、吾はいかにして妻をだしぬき熱愛する浦和レッズの試合観戦に極秘裏に出かけたか、というような内容が赤裸々に書かれているそうで、妻に読まれるのが恐ろしい、と本人は今から震えているのだった。なんでぇそんなこと、と思えば、いやあ、それは恐ろしい、と高野さんも一緒に震えている。わけわからん。
 今回こないだのハイドロスピードの写真ができてきたので、高野さんに渡したところ、それが私の友人(女性ふたり)と私と高野さんが和気あいあいと、浮き輪につかまって川に浮かんでいる写真で、高野さんは見るなり背筋が冷たくなったと言う。男女ふたりずつの写真が、まるでお忍びナンパ旅行のように見えるというのだ。これは妻に見せられない、と高野さんは震えだし、私が奥さんに説明しますよ、とフォロー態勢に入ったにもかかわらず、いや、これは黙って捨てたほうがいい、と頭を抱えていた。
 まったくふたりとも何をビビっておるのか。そうやってコソコソするから、かえって痛くもない肚を探られるのだ。堂々といかんかい、堂々と。
 しかし一度夫婦関係がそうなってしまったら、たとえば今後この2人が何かのはずみでノーベル賞をとるようなことがあったとしても、その関係は一生挽回できないであろう。夫婦の関係は、上司と部下、いや、それどころか、株主と社員のようなもので、何があっても永遠に立場は変わらないのだ。
 おふたりの今後の冥福を…じゃなかった、幸運を祈りたい。

9月6日(土)

 家族で、市営の温水プールへ。
 200m泳いだだけで、へとへとになった。海でシュノーケリングしているときは、どれだけ泳いでもちっとも疲れないのに、マスクをはずすと途端に疲れるのは、下手くそな息継ぎで体力を消耗しているのにちがいない。一度本格的に誰かに教わりたいが、今回はそんなことより久々に使ってみたゴーグルに難儀した。どういうわけか、ゴーグルに目が収まりきらん。私は比較的目が大きいほうだが、ゴーグルに入りきらないとは思わなかった。目を細めても、ゴーグルの縁が眼球の上下にえぐれこんできて、その圧力で目玉が飛び出しそうなのである。あんまり痛いので、次は顔の半分が収まる水中メガネで泳ごうと思うが、目立ちそうな気がする。
 
 早明浦ダムの貯水率は、ついに計測不能の**になってしまった。

9月7日(日)

『「古事記」の真実 (文春新書 649)』
長部 日出雄
文藝春秋
893円(税込)
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 滋賀県の彦根へ行って、勝手に関西世界遺産の取材。
 今回のテーマは、なぜか彦根でだけ流行っているボードゲーム、カロム。おはじきとビリヤードをミックスしたようなゲームで、私も初めて挑戦したが、これはハマれば抜けられなくなりそうな面白さ。昭和初期までは日本全国で流行っていたというが、さっぱり知らなかった。
 長部日出雄『「古事記」の真実』(文春新書)を読む。帯の裏に「たとえいかなる批判を受けようとも、これは日本人のだれかがやらねばならない仕事であったのだ」とあったので、これは大変なことが書いてあるに違いないと読んでみたのだが、そういえば、私は古事記について何も知らず、いったいこの本の内容のどこが画期であったのか、まるで判別できなかった。情けない。

9月8日(月)

 朝起きると全身の筋肉が痛かったのは、カヌーもしくはプールのせいか。ずいぶんなタイムラグだ。おそるべきは、寄る年波である。
 昨日のうちに日帰りしようと思えばできたが、関西の実家に泊まって、今日は観光して帰る。
 昨夜までは義経ゆかりの京都の鞍馬寺に行くつもりでいた。しかし、突然気が変わり、静岡へ行ってみることにした。静岡は伊豆や浜名湖には行ったことがあるけれど、静岡駅で降りたことがない。それでどんな街か見てみたくなったのだ。
 静岡駅前はなかなかアカ抜けていた。人通りも多すぎず、少なすぎず、私好みである。一度ぐらい住んでみてもいい街に思えた。
 どこか観光しようと思ったものの、何があるのかよく知らないので、観光案内所でパンフレットを漁る。検討の結果、久能山東照宮へ行ってみることにした。徳川家康の墓がある。徳川家康にとくに関心はないけれども、ロープウェイがあったりして、鄙びた観光地っぽい風情が味わえそうな気がしたからだ。
 最近私は、ごく普通の観光地を訪ねるのが好きになってきた。この前までは、巨大な仏像とか、ちょっとB級センスの香る場所に惹かれていたが、だんだん興味が移り変わって、B級でないそれなりにちゃんとした由緒のある観光地が今は気になる。現在そういう観光地の多くは、設備や環境が時代遅れになっており、観光バスなんかは来ていても、寂びゆく風情はいかんともしがたい状況にある。よほどの好事家か専門家でなければ、そこで大きく心揺さぶられるような感動や発見に出会うことは、期待できないだろうし、見終わって、まあ、こんなもんか、なんて思えたならばまだいいほうで、え、これでおしまい? みたいな落胆を味わうこともしばしばだ。そういうもはや観光地としての役割は終わってしまったような場所、もちろん家康の墓はいつまでも厳然と家康の墓として残るわけだが、そのことに観光価値が置かれなくなってしまったような場所に、私はつい引き寄せられる。そこで何かB級センスあふれる物件を探そうという魂胆ももはやなく、その終わった感じを終わったままに味わい、束の間の安寧を得る、というようなじじむさい嗜好が私の中に湧き上がってきているのだった。これはいったいどういう心境の変化なんだろうか。
 久能山東照宮は、期待にたがわぬ盛り下がり具合で、今にも廃止されそうな気配漂うロープウェイとか、なあんにも見たいものがなかった博物館とか、いちいち味わい深かった。山本勘助の井戸があったので見に行ったが、気がつけばそんな井戸のことはさっぱり忘れて山門から海を眺めており、満足してロープウェイの駅に戻ったあとに、そういえば山本勘助、と思い出したものの、もう戻るのも面倒くさくてそのまま、みたいななげやりな観光に、どういうわけかしみじみとした懐かしさと温かみを感じる。そうして何の発見も感動も出会いもないまま、おおいに満足して帰ってきた。
 新奇なもの、珍なるもの、イベント、発見、出会い、感動、そういうものにほとほと飽きているのかもしれない。

9月9日(火)

 今日も妻の運転練習に付き合ってから仕事場へ。
 彦根カロムの原稿書こうとするも、途中で寝てしまう。
 四国遍路の原稿を送ってあるQ社テナーさんから、ちっとも連絡が来ないので、このところ、なんとなく気持ちが宙ぶらりんのままである。早く第2弾に出かけたいが、計画も立てられない。だからというわけでもないけれど、なんとなく仕事に集中できないというか、これをさっさと終わらせて次へ行こうという気が起きてこない。ガッツが不足している。
 だが、そんなのは言い訳で、きっと四国遍路の連載が決まったとしても、なんだかんだ言ってガッツを不足させている自分の姿が、容易に思い浮かぶ。
 
 ところで、子供の幼稚園仲間のお父さん(以前バーベキューをダンドリしてくれた。B型)が、近所の公園でものすごい泥団子を作ったと話題になっている。それは砲丸のように完璧な球体で、黒光りし、豪雨のなか置き晒してあったのに、翌日まったく型崩れしないで残っていたという。私は、やられた!と思った。いい大人が泥団子なんて、なんてくだらないんだ。くだらなすぎて、うらやましい。くだらないことほど、人に負けたくないではないか。しかし今から泥団子を勉強するのも二番煎じだし、何かもっともっとくだらないもので、世間をあっと言わせたい。

9月10日(水)

 彦根カロム、原稿アップ。
 この原稿を渡してしまえば、しばらく締め切りがないので、小説を書くチャンスなんだが、この頃は気候がよくなって、本当に気持ちいいので困る。自分はど〜んとでっかい夏を求めているとこないだ書いたけれど、そういえば昔から、爽やかな秋も求めていたような気がする。だからできれば夏と秋は大事に使いたい。大事にというのは、季節感をじっくり味わえる環境にいたいというか、大自然とともに過ごしたいというか、つまり外出したいというか......、きっと冬になればバリバリ働けるだろう。
 ふと、カースン・ネーピアさんから電話がかかってきそうな不穏な気配がした。

9月11日(木)

娘、幼稚園さぼる。

9月12日(金)

 今日は一日仕事を休んで、妻の運転教習に付き合う。3連休の最後の月曜日とバーターしたのだ。
 息子のサッカースクールの送迎、幼稚園の送迎、小児科への送迎ルートを、基本として押さえるわけだが、小児科の駐車場の出し入れが、男の私でも少々面倒で、案の定妻はブロック塀に正面から突入し、さっそくバンパー左部分とウィンカーランプを破損していた。んんん、まあ、自損でよかった。
 その後、息子をサッカースクールへ迎えに行き、その足で図書館へ行って、恒例の絵本20冊借り。いつもいつも借りまくって、もう目新しい絵本はないだろうと思うけれども、じっくり探すと、まだまだ面白そうなものが見つかる。息子は最近、活字にハマりだし、絵本でも何でも片っ端から読みまくっている。早くも活字中毒か。
 19日に発売予定の単行本『なみのひとなみのいとなみ』の見本が届く。
 初めての紀行以外のエッセイである。はじめは自伝的エッセイを書こうとしたのだが、私の過去などまったく平凡で、とりたててトピックになるような事件もなかったし、仮にあったとしても、「むかしは無茶無茶してましたヤンチャな俺」みたいな自己陶酔本を書いてしまったら目も当てられないので、いつしか自伝エッセイから大きく逸脱して、現在のだらしない日常を描くエッセイになっていた。だがまあ、少しはサラリーマン時代のことも書いてある。誰かの参考になることはないと思うが、共感してくれる人も少しはいるんじゃないかと思っている。
 自分の本ができるというのは、やっぱり気持ちのいいものだ。このところ、あんまり筆が捗っていないなあと思っていたこともあり、ちょっとだけ前向きな気持ちが増進した。

9月13日(土)

 横須賀にある叔父の家へ、家族で遊びに行く。
 途中、観音崎の海水浴場に寄って、子供を遊ばせた。
 三浦半島は、都心に出るにも遠くないし、私のような稼業の者には、距離的にちょうどいいので、引越し先候補として考えることもあるのだが、海が汚いのが残念である。これまでシュノーケリングやシーカヤック
で、油壺や城ヶ島などあちこちの海で遊んだものの、伊豆半島などと比べてしまうと、この海ではつらいな、と思う。案外ウミウシは多いのだけど。しかし子供たちは、海であれば満足で、喜んでいた。
 ところで叔父の話によると、私の祖父は甲子園に出たのだという。そんな話はまったく知らなかった。私の名前の"珠己"は、父が野球好きで球と木(バット)から命名したのである。それで球木だったのだが、それでは名前らしくなくてかわいそうだというので、祖母が珠己という字を当てたのである。おかげで私はすっかり野球嫌いになってしまい、珠己という字は、珠のように輝かしいオレ、という意味に勝手に解釈している。祖父はあの世で何と思っているか。


 夜、叔父の家で、NHKスペシャルを観る。北京オリンピック、男子400リレーの朝原選手を特集していたのだ。400リレーというだけで泣きそうになったが、番組の内容自体はやや薄かった。誰も、オリンピック前に、彼らを追いかけていなかったのだろう。オリンピック後に収録されたインタビューばかりだったのが、残念。惜しい。

9月14日(日)

 従姉妹や叔母さんが、横須賀沖に浮かぶ猿島に連れて行ってくれる。
 連休とあって連絡船は超満員。東京湾にこんな島があったとは、まったく知らなかったし、それがこんなに人気だということにも驚く。人が大挙して押しかけるほどの魅力は感じなかったが、島に残る要塞跡の秘密基地的な味わいが面白かった。
 ビーチはバーベキュー客でいっぱい。子供たちが海の中から、明らかにバーベキューの食いかすと思われる貝殻を拾ってきては、こんな貝見つけたぁ、とうれしそうな声をあげるので、力が抜ける。息子よ、それはゴミだ。
 しばらく遊んで横須賀に戻る。ファミリーレストランに入り、ここんとこ野菜を食べてないので、昼食に大きなサラダと冷製スープを注文すると、叔母さんに「まあ、おしゃれ」と面白がられ、それが妙にツボにはまって可笑しかった。
 ファミリーレストランで、おしゃれなメニューを頼んでいる(尾崎放哉)
 精一杯な注文が、人生の妙味を感じさせて深い。
 
 帰りに、かつての上司Mさんの家を戸塚に訪ねる。
 Mさんは再発したガンの治療中で、お見舞いに行ったのである。本人は日焼けしていて、まるで健康そうであった。闘病記とかをお見舞いにもらうんだけど、違う病気じゃ参考にならないんだよ、と言っていたのが印象的だった。私がガンになったら、きっと気持ちの支えが欲しくて、どんな闘病記でもむさぼり読んでしまうだろう。それだけに、合理的な思考ができている点で、Mさんは精神的にタフなんじゃないかと思ったのである。
 生きている以上はいずれ誰でも、病気や怪我で死と隣り合わせになりながら、それでも生きていく時間というのが訪れるはずで、そのときに、できるだけ平常心で穏やかに生きていたいと思うのだけれど、果たして自分はそんなタフさを持っているかといえば、まったく自信がない。
 そんなとき人は、どうやって自分の心をまっすぐ立たせるのか。治ると信じて歯を食いしばって根性で心を奮い立たせるのか、それとも逆に敢えてあきらめることによって平常心を回復させるのか、趣味に没頭してそんなことも全て忘れ去ったほうがかえっていいのか。私の性格では、きっとこの趣味療法で乗り切ろうとするだろうけど、心の底には不安が常にどっしりと根を下ろしているはずだから、忘れるなんてことは一瞬たりともできない自分でありそうな気がする。
 たとえば医者に、わずかな可能性を信じて副作用の厳しい治療を続けるか、あるいは、緩和治療を施して寿命を待つか、と問われたときに、緩和治療でお願いします、と即答できるような覚悟が欲しい。その覚悟ができれば、人生はなんて輝くことだろう。Mさんはそんな覚悟ぐらいとっくにできているようなことを言っていた。
 私は、励まそうとすると何か白々しいことを言ってしまいそうで、かえって無口になり、これじゃちっともお見舞いになってないなと思い、申し訳ない気持ちであった。

9月15日(月)

 体はもうへとへとだったが、仕事場へ。
 公園を抜けて通勤中、砂場にB型のお父さんがいて、子供たちと泥団子を作っていた。立ち止まって歓談し、あれが砲丸のように黒光りする男の泥団子か、とさりげなく観察した。

9月16日(火)

 仕事場で小説。それにしても、いったいこれはいつ完成するのか。
 自分でも、これが完成して本になり、それを手にとって、できたあ!と喜ぶ自分の姿が、まるでイメージできない。まあ、本なんてものは、たいていそんなもんかと思うが、たとえば私がこれまでに書いた本のなかで、なかなか書き上げられずに苦労したのは、『ウはウミウシのウ』というシュノーケル紀行と、『晴れた日は巨大仏を見に』という風景紀行のふたつなのだが、それらの本も、執筆中は、これはもう書きあがらないんじゃないかという思いにとらわれ、途中で完成イメージなどまったく湧いてこなかった。それでも何とか本になったんだから、今回の小説もいつか本になるだろう、とは、やっぱり思えない。
 というのは、同じように途中でこれはもう書きあがらないんじゃないかと思い、実際に書き上げられなかった本もあるからだ。それは、ひとつはサラリーマン時代の自伝的エッセイであり、もうひとつはユーラシア大陸横断旅行記である。サラリーマン時代のエッセイは、結局一冊の三分の一ぐらい書いたものに、あとは現在の日常のネタや、新聞連載のサブカルネタをくっつけて、このたび『なみのひとなみのいとなみ』という本に、無理やりまとめた。そういう意味では本になったわけだが、当初のサラリーマンネタで一冊書き切るという目標は達成できなかったのである。ユーラシア旅行のほうは、半分ぐらい書いたまま停止している。本来ならとうの昔に書き上げて、カースン・ネーピアさんに渡しているはずだったのだが、挫折した。
 したがって、これまでもなんとかなってきたのだから、これからだってなんとかなるさ、とは思えない。これまでも本にならなかったのだから、今回だってどうにもならんさ、と考えることも可能だ。

9月17日(水)

 朝は妻の運転練習。
 A社テムジンさんから、単発のエッセイの依頼があり、久々に日常エッセイのネタを考える。自分はエッセイを書くのがとても遅いので、その点に劣等感というか苦手意識があるのだけれど、朝日新聞出版が出している「一冊の本」という小冊子の去年の11月号の巻頭随筆で、作家の松浦理英子が「六、七枚のエッセー一本書くのに早くても五日から十日、遅ければもっとかかり...」と書いているのを読んで、少しばかりホッとした。そうだろ、そうだろ、そういうもんだよエッセイは。
 
 早明浦ダムが熱い。なんでも管理が始まって以来の大渇水であるらしい。貯水率は依然**のままだ。現在、発電用の水を上水道用に緊急放流しているが、それも底をついたらどうするのか見てみたいような、そんなこと言っちゃいけないような気分である。ホームページに、連日、特に土曜、日曜等の休日には大変多くの方が見学に来られて路上駐車しまくって大迷惑だコラ! というような意味の注意書きが書いてあった。やはりみんな注目していたのだ。目下台風が接近中で、ここからどのぐらい挽回するかが、今週の見所。
 一方で、今週末にキャンプに行こうと画策しており、天気が心配である。台風には、四国で早明浦ダムを満杯にしたあと、また九州のほうへ戻ってほしい。

9月18日(木)

 宮田登『ヒメの民俗学』(ちくま学芸文庫)読了。並行してミシェル・レリス『幻のアフリカ』(河出書房新社)を読んでいるのだが、こっちはなかなか終わらない。
 引き続きエッセイのネタを考えるが、これまた何も浮かばない。私にとって、日常エッセイは鬼門だ。考えてみれば、この日記が日常エッセイみたいなもので、これ以上とくに日常について書くことなんかないのである。この日記でさえ、今日は普通だった。以上。で終わってしまいたい日が、しょっちゅうある。日記はそれでも成り立たないことはないが、エッセイとなると、それなりにオチもいるし、枚数もあるので、大変である。週刊誌などにエッセイを書くときは、10回に3回面白ければいい、打率3割でいいんだ、という心づもりで書くのがコツだそうだが、毎週書いていたら3割でも難しい気がする。
 それにそろそろ来月のサブカルコラムに何を書くかあたりをつけて、取材に行くなら行かなければいけないし、勝手に関西世界遺産の次のネタもまだ決まっていない。どれも締め切りは来月ではあるものの、だんだん気持ちがせわしなくなってきた。そうやって小説はいつも後回しになっていくという悪循環。
 
 巨大なフィールドアスレチックに挑戦する「SASUKE」というテレビ番組があるが、息子はいつも釘付けである。昨夜の分も録画して、今日見たらしい。難関に挑む選手たちの姿を息を殺して見つめ、最後の選手がゴール直前で落下すると、目にいっぱい涙をためて悔しがったという。それからというもの、彼の身にある種の変化が起こって、廊下の壁に両手足をついて登るようになった。いや、そういうことはこれまでにもあったのだが、妻によると、今日は天井を蜘蛛のように移動していたらしい。そんなわけで今夜、彼はときどき天井にいて、じっと息を潜めていた。

9月19日(金)

『なみのひとなみのいとなみ』
宮田 珠己
朝日新聞出版
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 台風が接近中だというのに、たいして雨が降らない。早明浦ダムも、いまだ**のままで、水位もほとんどあがっていないようだ。
 昨日は一日仕事場にいて何も書けなかった。日常エッセイとなると、途端にそういう日が続いてしまう。今日こそはと思って、昨今の日記とか、記憶とか、今考えていることのなかから、ネタになりそうなものをまさぐるが、何も引っかかってこない。
 足が熱いという謎の症状も、ずっとまつわりついていて、熱いというより火傷の痛みのようになっている。そしてそれが、書けないときや、何かで不安になったときに、強まるのである。逆に外出していい風に吹かれているときや、原稿がすらすら書けているようなときには、あまり気にならない。心因性と言われれば、そうかもなあ、と思う。なにしろ書けない書けないといつも自分を責めているから。
 そして今日もエッセイのネタを思いつけず、時間をこれ以上無駄にしたくなかったので、午後は今度の書評で取り上げようと思っている『幻のアフリカ』を読む日に切り替えた。
 ところで、そういえば今日は『なみのひとなみのいとなみ』の発売日だった。

9月20日(土)

 息子と娘を連れて、映画「大決戦!超ウルトラ8兄弟」を観に行った。
 ところが途中で娘が怖い怖いと泣き出し、息子ひとり館内に残して出ようとしたら、息子も心細くなったのか、いっしょに出てきてしまう。あとからやってきた妻に娘を預け、また息子と館内に戻ったが、途中30分ぐらい抜けたので、事態はいきなりクライマックスになっていた。おかげで、去年観た「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」と何が違うのか全然わからなかった。

9月21日(日)

 この週末はキャンプに行くつもりだったが、台風で中止。
 かわりに、前々から行きたいと思っていたクライミング・ジムへ行ってみた。
 自然の山で行うロッククライミングとちがい、屋内の壁は、最初からザイルは張ってあるし、下にはクッションやマットが敷いてあって、快適このうえなし。これなら何度でも楽しめるとはりきっていたら、5回ぐらい登っただけで、腕が利かなくなってしまった。わからん。昼間に食べた牛丼に禁止薬物が入っていたのではないか。

9月22日(月)

 私はクロールの息継ぎが苦手で、長く泳ごうと思うと、どうしても平泳ぎになる。それをなんとか克服して、クロールで長距離を泳げるようになりたいので、唐突だが、スポーツクラブに入会した。思い立ったら即行動だ。
 で、さっそく着替えて一目散にプールへ向かい、クロールで泳ぎだした。しかし、100mも行かないうちに気がつくと平泳ぎになっていて虚しい。原因はたぶん場の空気が悪かったせいだ。このプールはアウェイだったと思われる。
 
 ところで、スポーツクラブはお金もかかるのに、貧乏な私がなぜクロールしたいというだけの理由で突然入会したかというと、これにはわけがある。単刀直入にいえば、仕事がちっとも捗っていないからだ。
 この日記でも、小説が進まないなどと何度も書いているけれど、小説であれ何であれ、本を一冊書き下ろすときというのは、思い立ったときだけチビチビ書いていては決してゴールにたどり着かない。書くときは、寝ても覚めてもその本のことを考え、朝起きたら朝食もそこそこに机に向かいたいぐらい、就寝中も夢のなかで本に向かって意識が地続きになってるぐらいの、そのぐらいの衝動に駆られていなければだめなのである。
 そして現在の私がそうなっているかといえば、NOなのだ。ということは、現状のままではいつまでたっても次の書き下ろし本は完成しない。
 だったら、ここは心機一転、気持ちを切り替えて全力で執筆に邁進しよう、なんて言うのはたやすいけれど、現実の精神はそう簡単にいかないのであって、心がそういうもやもやとした状態にあるとき、あるいは頭で考えても解決策が見出せないとき、もしくは解決策ははっきりしているにもかかわらずどういうわけかその方向へ踏み出せないとき、そういうときその人に足りないのは、有酸素運動である。それも和気あいあいとみんなでやるような楽しいゲームスポーツではなく、持続的に取り組み、体力をはっきりと増進させてくれるような運動。頭で解決しない問題は、体で解決するべきなのだ。
 そういうわけで、突然のスポーツクラブ入会となったわけだが、この理論の問題点は、この私が本当に持続的に通うのか、ということで、そのためには自己嫌悪で胸いっぱいになるぐらい現状にむしゃくしゃしていたほうがいいのだけれども、幸か不幸か、そこまでむしゃくしゃはしておらず、このところのだらだらした毎日がむしろ結構気に入ってたりするのは、なかなか困難な兆候と言える。まいったまいった。

9月23日(火)

 祝日だけれども、エッセイが書けていないので、仕事日にしようと決心。
 いまだネタを思いつかず、結局今日も何も書けないのではないか、と頭を抱えながら、仕事場へ向かおうとすると、隣の公園で、妻と子供と幼稚園仲間数家族のお父さんお母さんたちが遊んでいるところに遭遇し、少しの間立ち話になる。ついでに息子の木登りを後押ししてやったり、危険な枝を取り除けてやったりしているうちに、気がつくと自分も木に登っており、やがてふと我に返るとバット持って幼稚園児らと野球していたときには、どうしてそういうことになったのか理解に苦しんだ。やがてお母さん連中が買ってきたハンバーガーを、幼稚園児と一緒に食っている自分を発見するに及んでは、己の意志の弱さにほとほとあきれ返った。そうして、お父さんお母さんたちと、キャンプやハイドロスピードの話なんかして、愉快な気分で帰ってきたのである。
 
 いいニュース。早明浦ダムは、少しだが貯水率が回復。本日0時時点で、6.3%。
 ミシェル・レリス『幻のアフリカ』(河出書房新社)読了。時間がかかった。

9月24日(水)

 本屋で、漫画家のしりあがり寿が『人並みといふこと』(大和書房)というエッセイ集を出しているのを知り、『なみのひとなみのいとなみ』(朝日新聞出版)となんだか似ているので、買ってみた。そうしたら、値段も同じで、表紙の配色も似ているうえ、さっそく10年前に会社を辞めたとか書いてあって、そっくりじゃないかと困惑した。私より、しりあがり寿のほうが何万倍も有名であり、まるで私の本が二番煎じみたいである。納得いかないので、読者は、ぜひうっかり間違えて私の本を買って欲しい。
 ちなみに、『なみのひとなみのいとなみ』のタイトルを考えたときには、次のような案もあったのだった。
「なみなみならぬひとなみ」
「中型で並みの強さの平社員」
「明日への不手際」
「どこかにある誰も働かなくていいの国」
 この最後のは、願望でもある。
 
 午後から鎌倉へ。会社勤め時代の後輩に女の子が産まれ、そのお祝いにかつての同僚と連れ立って出かけた。今年38になる彼女は、ずっと前にバツイチになって以降いい人がいないと嘆いていたが、去年ひとりで小笠原旅行に出かけ、旅先で男を見つけて速攻で結婚、もう出産である。いまだ知り合ってから一年たっていないというから、早い。旦那にしてみれば突然の竜巻に襲われたようなものだろう。人生一寸先は...じゃなかった、何が起こるかわからないものだ。お祝いのお礼に、栗をいっぱいもらった。
 その後、湘南モノレールに乗って帰る。
 懸垂式のモノレールは、駅や車体が見るからにハリボテっぽく、おもちゃのようでもあり、またSFっぽくもあり、交通機関のなかで一番好きかもしれない。女子高生がいっぱい乗っていた。アパートの屋根すれすれを通りながら、自分の真下を車が走っているのを見下ろしたり、路地みたいな狭い路の上をゴトゴト運ばれていく風情は、シュールで素敵。この味わいは、ウルトラセブンの背景にぴったりという気がする。そうして、ゴトゴトゴトゴト古い車体を軋ませながら、みんなで夕暮れの空をパラレルワールドへ移動していった。

9月25日(木)

 昨夜、傑作と名高い飯嶋和一『始祖鳥記』(小学館文庫)を読んで興奮。おかげで頭が冴え、眠れなくなってうんざりしていると、不意に脈絡もなく、サブカル・コラムのアイデアを思いつく。ナイス『始祖鳥記』!
 眠い頭で朝仕事場へ行き、さっそくサブカル・コラムの下書き。
 午後、スポーツクラブへ行って泳ぐ。1200m泳いだが、クロールで泳いだのはやっぱり最初の100mだけで、あとはずっと平泳ぎだった。どうしてもそうなる。どうやら私は、クロールで泳いでいると、見える景色が狭く、とても窮屈なところに押し込められているような気がしてきて、ぶはあっ、と顔を出したくなるようだ。その点、平泳ぎは、ぶはあっ、ぶはあって視界良好なのがいい。

9月26日(金)

『幻のアフリカ』をネタに、書評原稿を書く。近年稀に見るスピードで書き上げ、自分でも驚く。昨日のサブカル・コラムもいっしょにフィニッシュ。めざましい一日だった。早くも有酸素運動の効果か。
 本日0時の早明浦ダム貯水率、8.7%。

9月27日(土)

 浅間山麓へキャンプ場に行く。
 前々から群馬県でキャンプしたいと思っていたのだ。
 関越を北上し、上信越に入ると、前方に峨々たる山々が山水画のような風景が見えてきた。これこれ、これが見たかったのである。日本でホンノンボ的な風景といえば、まず妙義山であろう。ベトナムの盆栽ホンノンボに入れ込んでいる私としては、この山だけは見ておきたかった。いずれ、登りたい。
 そうしてさらに、これも一度行きたいと思っていた鬼押し出し園にも行く。さびれまくった観光地で、時代から周回遅れの風情があり、心和んだ。ずっと昔からやっているしょぼい観光地の魅力に、最近ハマっている。貧乏が高じて、つげ義春のような性格になってきたのだろうか。中国人観光客がいっぱい来ていた。
 ところで、オートキャンプというと、昔はたいそう毛嫌いしていたものである。車の横でキャンプ? けっ、それは男のすることなのか? みたいな気分だった。しかし今ではそういう考えはすっかり改めた。もはや男のすることであろうとなかろうとどうでもよく、ホテルや民宿に泊まるより断然安いという点で、オートキャンプは買いだ。家族4人で1泊3000円!
 夜になり、寒い寒いと思っていたら、隣のキャンパーは、寒さ対策としてテントの下にダンボールを敷いていた。なるほど。ダンボールハウスまであと一歩だ。

9月28日(日)

 今日は白根山まで足を伸ばして、湯釜を見て帰るつもりだったが、昨夜の寒さでへこたれ、天気もどんよりとしてつまらないので、キャンプ場周辺の牧場とか鉄道村へ行って、子供を遊ばせ、お茶を濁す。それでも今回は浅間山の雄大な裾野を眺めることができ、のびやかな気持ちになった。
 帰り道、関越に乗る際、鶴ヶ島付近で渋滞20キロと出ていて、腰が砕けそうになるが、しばらく走っているうちに表示は12キロになり、8キロになり、次は3キロと徐々に減っていって、現場に着いた頃には、渋滞など跡形もなかった。渋滞とはこんなにみるみる解消するものなのか。怪しい。なんだか話がうますぎる。夜空を見上げると、どんよりとした雨雲の下を、長さ20キロぐらいありそうな龍のようなものが、目から真っ赤な光を放ってのたくりながらどこかへ飛んでいくのが見えた。
 帰宅してメールチェックすると、Q社テナーさんから、四国遍路連載をいよいよ始めましょうとのメールが入っていた。1ヶ月以上も何の音沙汰もなかったので、もうこの話はなくなったんじゃないかと思っていた。

9月29日(月)

 車谷長吉『四国八十八ヶ所感情巡礼』(文藝春秋)を読む。さすがに車谷長吉だけあって、嫌味な本だった。嫌味もここまでくれば芸か。
 あらためて四国遍路にかかる取材費を試算してみると、膨大な費用になる。Q社は本当にそんな大金を出してくれるのだろうか。さすがにそこまでは出すまいと思う金額だ。では自腹で行くかと考えると、行きたくても金がない以上そう簡単には行けない。金の余裕があるときだけ出かけて、チビチビと回ることになろう。四国遍路は、実は金持ちの道楽なのだ。車谷長吉は、みんな急いで歩いてバカだ、自分なんかこんなにゆっくり歩いているなんて得意げに書いているが、みんな急いで歩いているのは、時間をかければかけるほどお金がかかるからであって、誰だってそりゃあゆっくり歩きたいのである。

9月30日(火)

 本の雑誌のニック・ステファノスさんの企画で、高野さんの著書『ワセダ三畳青春記』の舞台となったアパート野々村荘において、高野さんと対談。高野さんは、今またその部屋を借りて、離れのように使おうとしている。
 新居祝いに、何を持っていったものか悩んだ。なにしろ3畳だ。大きなガラスケースに入った陶製の博多人形なんかがいいのではないか。いいアイデアだと思ったが、重たいので、あきらめてタイ焼きを持っていった。本を読んだ印象では、どんなボロアパートかと思っていたら、なかなか清潔で居心地が良さそうな部屋だった。私が住んでもいいぐらいだ。
 高野さんとニックさんのふたりは、那珂川でカヌーに乗った9月5日の日記に、妻を恐れている話を私が暴露したといって、今日もうっかり何を書かれるかわからないと、口元を引き締めて警戒していた。そこで私はこう言って諭した。「この日記に高野さんの写真の件を書いたのは、うっかりあの写真が奥さんに見つかって疑われるのを未然に防止するために、私があらかじめ高野さんの無実を証明しておこうという親切心から書いたものなのです。いざ見つかったとき、この宮田の日記を見てくれ、と言って妻に見せればすべての疑いは晴れて夫婦円満めでたしめでたし......と、私はそこまで考えていたのです」
 ふたりはそれを聞いて感激し、自分たちの考えは間違っていましたと涙を流した。そうして深く頭を垂れ、「だいたい、自分は妻子が帰省中に女の子と遊びに行って、なんとも思わないんですか」とさらなる教えを乞うたので、「そんなことに変に気を回すから話がこじれるのです。心にやましいものがないのなら、何でも堂々とやればいいのです」と言い聞かせ給うた。ふたりはますます感激して涙を流し、畳に手をついて、後光の差しはじめたお姿を拝みながら「なんか宮田さんて、いじめキャラですよね。自分は何も悪くないみたいな顔して、ずるいっすよ」と感謝の気持ちを語り、この教えを孫の代まで語り伝えていこうと心に誓ったのだった。この日以来、その三畳間では、ひとたび念仏を唱えれば、どんなに雨が降らない時でもこんこんと泉が湧き出るようになったという。あな、めでたや。南無大師遍照金剛。

 早明浦ダム貯水量11.0%。じわじわ回復中。