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9月28日(日)

 今日は白根山まで足を伸ばして、湯釜を見て帰るつもりだったが、昨夜の寒さでへこたれ、天気もどんよりとしてつまらないので、キャンプ場周辺の牧場とか鉄道村へ行って、子供を遊ばせ、お茶を濁す。それでも今回は浅間山の雄大な裾野を眺めることができ、のびやかな気持ちになった。
 帰り道、関越に乗る際、鶴ヶ島付近で渋滞20キロと出ていて、腰が砕けそうになるが、しばらく走っているうちに表示は12キロになり、8キロになり、次は3キロと徐々に減っていって、現場に着いた頃には、渋滞など跡形もなかった。渋滞とはこんなにみるみる解消するものなのか。怪しい。なんだか話がうますぎる。夜空を見上げると、どんよりとした雨雲の下を、長さ20キロぐらいありそうな龍のようなものが、目から真っ赤な光を放ってのたくりながらどこかへ飛んでいくのが見えた。
 帰宅してメールチェックすると、Q社テナーさんから、四国遍路連載をいよいよ始めましょうとのメールが入っていた。1ヶ月以上も何の音沙汰もなかったので、もうこの話はなくなったんじゃないかと思っていた。

9月29日(月)

 車谷長吉『四国八十八ヶ所感情巡礼』(文藝春秋)を読む。さすがに車谷長吉だけあって、嫌味な本だった。嫌味もここまでくれば芸か。
 あらためて四国遍路にかかる取材費を試算してみると、膨大な費用になる。Q社は本当にそんな大金を出してくれるのだろうか。さすがにそこまでは出すまいと思う金額だ。では自腹で行くかと考えると、行きたくても金がない以上そう簡単には行けない。金の余裕があるときだけ出かけて、チビチビと回ることになろう。四国遍路は、実は金持ちの道楽なのだ。車谷長吉は、みんな急いで歩いてバカだ、自分なんかこんなにゆっくり歩いているなんて得意げに書いているが、みんな急いで歩いているのは、時間をかければかけるほどお金がかかるからであって、誰だってそりゃあゆっくり歩きたいのである。

9月30日(火)

 本の雑誌のニック・ステファノスさんの企画で、高野さんの著書『ワセダ三畳青春記』の舞台となったアパート野々村荘において、高野さんと対談。高野さんは、今またその部屋を借りて、離れのように使おうとしている。
 新居祝いに、何を持っていったものか悩んだ。なにしろ3畳だ。大きなガラスケースに入った陶製の博多人形なんかがいいのではないか。いいアイデアだと思ったが、重たいので、あきらめてタイ焼きを持っていった。本を読んだ印象では、どんなボロアパートかと思っていたら、なかなか清潔で居心地が良さそうな部屋だった。私が住んでもいいぐらいだ。
 高野さんとニックさんのふたりは、那珂川でカヌーに乗った9月5日の日記に、妻を恐れている話を私が暴露したといって、今日もうっかり何を書かれるかわからないと、口元を引き締めて警戒していた。そこで私はこう言って諭した。「この日記に高野さんの写真の件を書いたのは、うっかりあの写真が奥さんに見つかって疑われるのを未然に防止するために、私があらかじめ高野さんの無実を証明しておこうという親切心から書いたものなのです。いざ見つかったとき、この宮田の日記を見てくれ、と言って妻に見せればすべての疑いは晴れて夫婦円満めでたしめでたし......と、私はそこまで考えていたのです」
 ふたりはそれを聞いて感激し、自分たちの考えは間違っていましたと涙を流した。そうして深く頭を垂れ、「だいたい、自分は妻子が帰省中に女の子と遊びに行って、なんとも思わないんですか」とさらなる教えを乞うたので、「そんなことに変に気を回すから話がこじれるのです。心にやましいものがないのなら、何でも堂々とやればいいのです」と言い聞かせ給うた。ふたりはますます感激して涙を流し、畳に手をついて、後光の差しはじめたお姿を拝みながら「なんか宮田さんて、いじめキャラですよね。自分は何も悪くないみたいな顔して、ずるいっすよ」と感謝の気持ちを語り、この教えを孫の代まで語り伝えていこうと心に誓ったのだった。この日以来、その三畳間では、ひとたび念仏を唱えれば、どんなに雨が降らない時でもこんこんと泉が湧き出るようになったという。あな、めでたや。南無大師遍照金剛。

 早明浦ダム貯水量11.0%。じわじわ回復中。

10月1日(水)

 朝、子供らがちっとも幼稚園へ行かないので、どうしたことかと思っていたら、今日は都民の日で休みだという。都民の日? 東京都だけ休みなのか。そんな休日があるなんて、知らなかった。平日に遊んでばかりいる間に、何が休みで何がそうでないのか、よくわからなくなってしまった。ひょっとして世間は、私の知らないところで休みまくっているのではないか。
 もちろん私は仕事場に行った。そして一日うんうん唸って、結局エッセイは書けなかった。いったいこの5枚のために何日費やしてるんだろう。

10月2日(木)

 昨夜考えて、よし、自分は酒が飲めないというテーマのエッセイにしようと決めたにもかかわらず、書いてみると、どうにも書けなかった。時間が指の間からこぼれ落ちていく無駄な日々。
 打ちひしがれて仕事場を出ると、夕闇にキンモクセイが香っていた。
 ふと、一句詠もうと思った。
 秋の夜の......なんとかかんとか......金木犀。
 金木犀......なんとかかんとか、なんとかよ......。
 以後、何も浮かばず。

10月3日(金)

 原稿が書けたら、ど〜んとプールだ! と思ってここ数日やってきたが、ちっとも書けないので、まず先にど〜んとプールで泳いだ。泳いでいるうちに何かアイデアが浮かぶのを期待したが、プールの底を見ても何も思わない。自分が何メートル泳いだのかも途中でわからなくなった。これは850のターンだったか、それとももう900過ぎたっけ?
 仕事場へ移り、もし今日書かなければ、今週の土日は仕事だ。そう自分を急き立ててゴリゴリ書く。すると、ゴリゴリしたものが書けた。そこで、それをメールで送ったのだが、ゴリゴリしているので、回線をなかなか通らない。ゴリゴリゴリゴリ......。後は野となれ山となれ。

10月4日(土)

 今日は福岡のラジオ番組に電話で生出演することになっていて、仕事場で待機するつもりだったが、いい天気だったので、家族で立川の昭和記念公園へ出かけた。
 電話は携帯にかけてもらうことにして、出演15分前にひとり静かな場所へ移動。
 ところが今日の昭和記念公園はコスモスが満開のため、大勢の人出でにぎわっていて、どこへ行っても人がいる。広場では、でかい音でコンサートしてたり、上空にはヘリが飛んでたりして、肝心なときにえらい場所に来てしまったと後悔した。静寂を求めて林の奥深くへ分け入り、ようやくここならと思える場所を見つけて電話を受ける。
 ところが、しゃべってるうちに顔や手がかゆくなってきて、見れば自分は蚊柱のなかにいるではないか! げげ、と思ったけど出演中だから、声だけはしっかり平静を保ちながら、蚊柱から逃げる。機内誌でハワイのことも書かれてましたね、宮田さんも機内誌に書くときは真面目なんですね、みたいなことを言われたので、そうなんです、金玉って書いたらカットされてしまいました、と言いそうになったが、生放送であったと思い直し、瞬時の判断で金玉は思いとどまる。あぶないあぶない。そうして金玉はなんとかクリアしたものの、蚊柱は依然ついてきて、さらに逃げる。あんまり走って、ハァハァ言うのも考えものだから、全力では逃げられない。でも半端な逃げ方ではついてくるので、時々フェイントで急に曲がったりして、おのれ、蚊柱! 人の弱みにつけこむたぁ、ええ度胸しとるやんけ! ってはらわた煮えくり返りつつ、林の中をますます高速で移動。
 ラジオを聴いてる人も、まさか私が林を疾走しながら出演しているとは、思いもよらなかっただろう。
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